殺し屋さんとの最後の一日

シュレディンガーのうさぎ

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(朝か……)
部屋の中に差し込む柔らかい日差しに、今日も昨日と同じくいい天気であることが分かった。しかし、だからといって特別テンションが上がるわけでもない。
いつものように、特に面白みもない、味気のない一日が始まると思っていた。しかし、あくびをして体を起こそうとした私の目に飛び込んできたのは、日常とは程遠い、冷たい銃口だった。
「動くな」
低い男の声で鋭くそう言われ、体を強張らせる。何が起きているのか理解するまでに少し時間がかかった。
なんとか視覚から入ってくる情報だけで状況を飲み込む。どうやら、ベッドに仰向けの姿勢で寝ていた私の上に男がまたがって、額に銃口を突きつけているようだった。
男は綺麗な金髪で、灰色のキャップを目深く被り、口元をマスクで隠していた。キャップのつばとマスクの間からは光のないどこまでも黒い瞳が見える。彼の瞳が全くの無感情で、その冷たさに私はぞくりとした。
「あ……なたは……?」
声がかすれて震える。彼は私に拳銃を突きつけたまま静かに答えた。
「俺はお前を殺すよう雇われた殺し屋だ。お前に恨みはないが、死んでもらう」
まさか、漫画やアニメでしか見たことのない殺し屋に会うなんて、しかも自分がそのターゲットになるなんて思いもしなかった。
「……そんな、一体誰が?どうして私を?」
「依頼主が誰かなんて言えるわけがないだろ。どうしてそいつがお前を殺したいと思ったかは知らないが、とにかく、俺はお前を殺さないといけない」
それを聞いて私はため息をついた。
特に誰かに迷惑をかけることもなく、今日まで一生懸命頑張って生きてきたつもりだ。誰かに特別愛されたことはないのに、殺したいほど憎まれることはあるなんて、人生不公平なものだ。
そう諦めたように目を伏せる私を見て、彼……殺し屋さんが口を開いた。
「逃げる気はないみたいだな。遺言くらいは聞いてやる。言ってみろ」
(遺言……。特にないかなあ)
どうせ生きていても楽しみのない人生だ。別に言い残すことなんてないし、殺されたって特別悔いはない。
(いや……?)
そう思って考え直した。いや、悔いはある。めちゃくちゃ大きな悔いが一つある。
私はちらりと殺し屋さんを見て、遠慮がちに口を開いた。
「あ、あの……」
「なんだ」と有無を言わせないように殺し屋さんが尋ねる。
「私を殺す前に、一つお願いを聞いていただいてもいいですか?」
殺し屋さんは少し考えたあと「言ってみろ」と続きを促した。
私は少しためらったあと、思い切って口を開いた。
「私を殺す前に、一日でいいので彼氏になってください!」
「……」
しばらく沈黙が流れる。恐る恐る殺し屋さんの顔を見ると相変わらず無感情な瞳で私のことを見つめていた。
「……何を言ってるんだ?お前は」
(まあ、それはそうなるよね)
変人扱いされる前に、私はそのお願いをした理由を話すことにした。

私は生まれてから今日まで、一度も男性とお付き合いをしたことがなかった。好きな人ができたとしても、自分ではとても釣り合わないと思って告白する勇気が持てなかったのだ。そんなふうに生きてきてとうとう二十五歳になってしまった。このまま死ぬのはなんだか女として悲しいような気がしてならなかったのだ。
私のことを殺しに来たとはいえ、こんなふうに男性が家に来たことなんて今まで一度もない。これは、男性とデートが出来る最後のチャンスかもしれない。
それに、彼の顔はほとんどマスクで覆われていて詳しくは分からないのだが、目元を見た限りなんとなく私の好みの顔をしているような気がしたのだ。
そう言うと殺し屋さんは少し呆れたような顔をした。
「さすがに駄目でしょうか?」
「当たり前だ。外にでも出られて大声をあげられたら困る」
そう凄むように言われてぶんぶんと首を振る。
「そ、そんなことしませんよ!私は別に殺されたっていいと思ってるんですから!」
殺し屋さんは真意を探るように私の瞳を見つめる。どきどきしながら彼の返事を待っていると、彼が銃口をおろした。少しだけ威圧感が消える。
「……いいだろう。そのかわり、彼氏のふりをするのは今日の夜までだ。今夜、俺は絶対にお前を殺す」
「分かりました」
彼の言葉に私はこくりと頷いた。
殺し屋さんは私の体の上から素早く飛び下りると私に起き上がるよう手で指示した。命令通り体を起こしベッドに腰掛ける。
「えっと……」
「彼氏になれと言ったな。具体的に何をすればいい?」
そう尋ねられ私は考えこむ。恋人っぽいことをするならやはりデートだろうか。しかし、今まで付き合ったことがなければもちろんデートをしたこともない。
(みんな、デートのときどこに行くんだろう……)
そう考えて、隣町に新しく映画館がオープンしたのを思い出した。そこは公園やショッピングモールと一体化したデートスポットとして売ってつけの場所だと同僚が話していたような気がする。
デートとしてそこに行きたいことを殺し屋さんに伝えるとあっさり了承してくれた。
「えっと、じゃあ……。まず朝ごはん食べますね。あの、殺し屋さんは……」
言い終える前に「いらない」と彼が即答した。
(まあ、そうだよね……)
回れ右をすると台所に向かった。殺し屋さんの視線が背中に突き刺さって痛い。包丁でも手にとったら今にも撃ち殺されそうだ。
(別に攻撃なんかしないのになあ)
どうせ彼と戦って私が勝てるはずがない。向こうはプロなのだ。下手に抵抗して中途半端な殺され方をするよりも痛みを感じないようにスマートに殺してもらったほうがいいに決まっている。

トーストを焼いている間に目玉焼きを作りベーコンを油を引いたフライパンに放り込んだ。すぐにこんがりとしたいい匂いが辺りに漂う。それは毎朝感じる、特段空腹を誘う匂いでもなかったが、今日で嗅ぐのが最後だと思うと、なんだか特別なもののように感じた。匂いだけではなく、部屋の中もいつもより輝いている気がする。
(死ぬ前って、こんな感じがするんだ……)
私はまるで違う場所にいるような感覚に思わず呆けたようにあたりを見回した。
(そういや、私が死んだら仕事の方はどうなるんだろう?……まあ、私がいてもいなくてもあんまり変わらないか。お母さんは?お母さんはどう思うかな……)
そう考えながらフライパンを火にかける。
「焦げてるぞ」
ふと気づけば隣に殺し屋さんがいて、ぎょっとして思わず飛びのく。全く気配がなかったのはさすがというべきなのかもしれないが、今は殺すわけでもないのだから足音くらい立ててほしい。
見るとフライパン内のベーコンが焦げて真っ黒になっていた。
「あー……」
そう言って肩を落とす私を相変わらず無感情な瞳で殺し屋さんが見つめていた。

朝食を済ませ、クローゼットを開く。服をあまり買わないため、中身はスカスカだった。
(この服にしようかな)
この前のセールで買った、ずっと欲しかったおしゃれなワンピースを取り出す。ここで着なくて一体いつ着るというのだろう。
ワンピースに合うネックレスやイヤリングまでそろえて、殺し屋さんのほうを振り向いた。彼は片膝をついて、すぐに立ち上がれる格好で私のことを見つめている。
「あの……着替えるので向こうを向いていてもらってもいいですか」
「……」
殺し屋さんは少し考える素振りをしたあと、何も言わず部屋から出ていった。

ワンピースに着替えたあと、鏡台の前に立つ。普段はあまりメイクはしないが、なんせこれから念願の初デートだ。きっちりおしゃれしていこう。
メイクをし、髪をとかす。寝癖がないか丁寧にチェックをしてから気合を入れるように鏡の中の自分と目を合わせ頷いた。
時計を見れば大分時間が経ってしまっている。真面目にセットをするとこんなにも時間がかかるのか、と思い、はっと殺し屋さんのことを思い出した。
(殺し屋さん、怒ってないかな?)
私は早足で玄関に向かった。
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