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ティー〈第一部〉

〈6〉

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今が春休み中であるのと、花見にうってつけの日和なのもあって、平日だというのに多くの人が名古屋城を訪れていた。カップルや親子連れ、外国人など多様な顔ぶれが集っている。彼等は楽しそうにおしゃべりをしたり、風景を写真に収めたりしていた。
朝陽とティーは写真を撮らなかったため、同じタイミングで駐車場を出た人々よりもいつの間にか随分と前方にいた。
城の入り口に設置された窓口に掲示してある料金表を見て、思わず朝陽は唸った。
「中学生以下はタダ、大人は五百円……」
ちらりとティーを見る。どうあがいても彼女は中学生以下には見えない。
「……まあ、五百円くらいいいか」
リオンがついてこなくてよかった、と朝陽は思う。さすがに車のために千円払うのは痛い。

受付でチケットをもらい中に入った。歩きながらパンフレットを鞄にしまっていると、陽気な音楽が耳に届いてきた。
入り口のすぐ近くに人だかりが出来ていた。どうやら大道芸をやっているらしい。
ティーが興味を惹かれて、一生懸命背伸びをして大道芸を垣間見ようと奮闘している。
それがなんだか幼い子供のようで、朝陽は自分の庇護欲がそそられるのを感じた。
「見に行くか?」
朝陽にしては珍しく、優しい声音で言う。
「え、でも、お花見に来たのですから……」
「まあ、急いでいるわけじゃないからな」
そう言って顎をしゃくる。それを見てティーはぱっと顔を輝かせた。そして小走りで人だかりに寄っていき、隙間から中を覗き込んだ。
大道芸の青年が巧みな話術で観客を笑わせながら大玉に乗っていた。バランスの悪い不安定な大玉にティーははらはらしているようで、「危ない!」やら「お、落ちそう」やら呟いていた。
最後の大技が決まった。それを見て、ティーはまるで自分がその芸を成功させたかのようにぴょんぴょん飛び跳ねて青年に大きな拍手を贈った。
芸が終わり人がちらほらと離れていくなか、ティーが興奮冷めやらぬ顔で朝陽の元へ帰ってきた。朝陽をまっすぐに見つめるその顔は紅潮している。
「すごかったですね!さっきの人、人間とは思えませんでした!」
ティーが弾んだ声で言う。ここまでティーが喜ぶとは思わなかったので、朝陽は内心驚いていた。
朝陽の表情を見て、はしゃぎすぎているのに気づいたティーがはっとして顔を赤らめた。
「す、すみません。思わず興奮してしまって……」
恥ずかしそうな顔をしているティーに朝陽は笑いかける。
「お前、ああいうのが好きなのか?サーカスにでも行くと楽しいかもな」
ゆっくり歩き出した朝陽の横に並びながらティーが首をかしげる。
「サーカス、ですか?」
「ああ。さっきの兄ちゃんがやってたような事を大勢でやるんだよ。大玉だけじゃなくて動物とか他の道具とかを使ったりしてな。もしかしたらさっきのよりもすごいことをするかもしれないな」
朝陽の言葉にティーが目を丸くした。
「そ、それはすごいですね……」
ティーはそう呟いて考え込んだ。恐らく彼女なりにサーカスというものを想像しているのだろう。
さて、今の説明でどこまで正しい想像が出来るか、なんて朝陽は意地悪く考えた。

門をくぐると天守が見えてきた。その手前に大きな建物がある。
「これはなんですか?」
「これは本丸御殿だな。焼けてしまってから復元工事をして、少しずついろんな場所が公開されているらしいが……」
ティーの質問に答えながら近くにあったテントを見ると行列が出来ていた。それを見て朝陽は顔をしかめる。
「……ティー、本丸御殿見たいか?」
ティーをちらりと見ながら朝陽が尋ねる。
「どっちでもいいですよ。あなたが見たいのなら……」
それを聞いて朝陽は即座に「よし、やめるぞ」と言った。
「今日は花見に来たんだ。せっかくだから桜を見よう」
「いいのですか?」とティーが心配そうに尋ねる。
「ああ。本丸御殿は一度入ったことがあるしな」
そう言って未練もなくさっさと歩き出した。ティーは本丸御殿の外観を見渡した後、朝陽を慌てて追った。
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