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リュー

〈11〉

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カーナビの案内に従って朝陽は車を走らせる。助手席では磯部が船をこいでいた。
(もう少しで橋か……)
カーナビの音声に従って左折する。車の地図ではそこから橋のはずだった。
しかし、入ったところは船の停泊場のようなところであった。
(あれ?)
朝陽は思わず目をぱちくりさせる。ゆっくり車を動かしながら橋を探すが、見えるのは大海原だけだ。
妙な運転をする朝陽に、「どうしたんだよ」とリューが荒っぽく尋ねる。
「おい、この近くに橋なんてないぞ」
朝陽の言葉にリューが怪訝そうに言う。
「馬鹿いえ、俺のカーナビはここに橋があるって言ってんだよ」
確かに地図にはここが橋だと表示してある。しかし、カーナビ通りに進んだら海に落ちてしまう。
朝陽が困っていると、磯部がゆっくりと目を開けた。そして伸びをする。
「おう、ついたか?」
「いえ、橋がどこか分からなくて」
磯部が不思議そうな顔をしてカーナビを見る。そして回りを見渡してから、一拍おいて合点がいったように声をあげて笑った。
「ああ、そうだ。昔の車だとこういうことがあるんだ」
きょとんとしている朝陽の横で磯部が携帯電話でマップを開く。
「こっちの地図のほうが正確なはずだ」
「橋の場所が移転したのですか?」と朝陽が尋ねる。
「詳しいことはよく分からない。だが、一つ分かることは、この車みたいに昔の車だと、カーナビが間違っていることがよくあるってことだ」
「あやうく車に殺されるところだったな」と磯部が笑った。
それに対して「笑い事じゃねえよ」とリューが舌打ち混じりに言った。

ようやく伊良部大橋を見つけて、朝陽はほっとした。
しばらくして橋の中程に来たとき、磯部が
「ちょっと車から降りようぜ」と朝陽に声をかけた。
何台かの車が、道幅の少し広いところで歩道にそって停まっているのが目に入る。
朝陽は頷くとウィンカーを出しゆっくりと車を停めた。
外に出ると強い風が顔に吹き付けてきた。顔にピシパシとあたる髪に痛みを感じる。
橋の欄干に手をかけ、下を見た。そして歓声を上げる。
橋から見える海は、まるでクリームソーダのようだった。海の水が碧色のソーダ水で、所々に見える白い砂がまるで溶かされて浮いているバニラのアイスクリームのようだ。
「な?すごく綺麗だろ?」
磯部が朝陽に笑いかける。
「ええ、とても」
朝陽は酔いしれたように呟いた。
七ツ釜や西平安名崎で見た海とはまた違う色だ。ため息が出るほど美しい海とは、このような海のことを言うのだろう。
小さな船が海の上を滑っていく。頬杖をついてその船を眺めていると、つまらなさそうにリューがあくびをした。
「ふぁ~あ。必ず観光客ってのはここで止まるな」
朝陽は磯部が少し遠くにいるのを確認してからリューに話しかける。
「今までお前を借りた人たちもここで降りたのか?」
「ああ」とリューが眠たそうに言う。
「そうか」
確かにこんなに綺麗な場所なのだ。横目に見ただけで通り過ぎてしまうのはもったいないだろう。
「お前も見たらどうだ。綺麗だぞ」
朝陽の言葉に「もう見飽きた」とリューが返した。
(なんて贅沢な……)
朝陽はそう思いながらクリームソーダ色の海に目を戻した。もう二度とこんな海は見られないだろうと思っていた。

「この橋、長いだろ?」
ぽつりと磯部が言葉をもらした。
「はい。作るのが大変だったでしょうね」
「だろうな。伊良部大橋は作るのに九年かかったらしいからな」
磯部が手を後頭部で組む。
「それは……かなり大変だったでしょうね」
朝陽が驚いたように言うと
「そうだな」と磯部が笑った。
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