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リュー

〈10〉

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池間大橋を通り池間島に渡る。車の地図をみても分かるように、池間島は宮古島に比べてかなり小さな島だった。
「二十分あれば島を一周できるんだ」と言われ、朝陽は驚く。
「まあ小さい島ではあるが見所は多くてな」
手慣れたように車を走らせる磯部は、まるでかつてこの島の住人だったかのようだ。
「お前らが行くところは大体分かる。ハート岩と湿原だろ」
リューが二人の会話に口を挟む。
「……ハート岩と湿原ですか?」
リューの言葉を聞いて、朝陽がそう尋ねると
「なんだ、知っていたのか」と磯部が驚いた顔をした。
「な?あたりだろ?」
気を良くしたリューに、「ああ、すごいな」と朝陽が小さい声で褒めた。
「観光客のやることなんて手に取るように分かるんだよ」
そう言ってふふんとリューが自慢げに笑った。

「……おい、朝陽。この辺のはずだよな」
磯部に尋ねられ、
「……ええ、たぶん」と朝陽が地図とにらめっこをしながら答える。
今、二人は池間湿原の入り口を探していた。しかし、地図に載らないような細い道が多すぎてどこが湿原に入る正解の道なのか分からない。下手に入ると道が途中で無くなっていて、車を元の位置に戻さなければならなくなる。
朝陽達は、「この小道が入り口ではないか」と疑りながらも、少し道を進んでは行く勇気を失い、先ほどから様子を見ながら島をぐるぐる回っているのだった。
(これはリューに尋ねた方が早いな)
そう考えた朝陽が、サイドミラーに向かってそっと話しかける。
「リュー、湿原の入り口がどこか教えてくれないか」
少したってから「あ?」と気だるげな声がした。そして今度は大きくあくびをする音がする。
「お前らが同じことを何度も繰り返してるせいで眠くなってきちまったよ」
「悪いな。湿原の入り口が分からないんだ」
朝陽が言うとリューがあきれた顔をした。そして
「まずフナクスまで行け。話はそこからだ」と言った。
朝陽は磯部に頼み、車をフナクスまで戻らせる。
リューはちらっと辺りを見回したあと、
「ほら、そこだ。そこの道にはいれ」と顎でしゃくった。
リューに言われた道を見て朝陽は困惑した。それは道のすぐ横が背の高い草で覆われた、狭い砂利道だった。
「リュー、本当にあの道なのか?」
朝陽が小声で早口で話しかける。
「ああ。なんだよ、俺のことが信じられないのか?」
リューが不満そうな顔をする。
(聞いておいて信じないのは失礼だな)
それに、他に頼れる物もなかったため、朝陽はリューを信じることにした。
磯部に頼み、その道に入ってもらう。
朝陽の言葉を聞いて磯部も少しためらったが、頷くとハンドルを回した。
徐行してその道を進むと、今進んでいる道から、人が一人通れそうな脇道が一本出ている場所についた。
「この脇道の先が池間湿原だよ」
リューの言葉に朝陽はぽかんとする。
「ここで車を置いていけってことか?」
「おう。心配するな、ここはめったに車なんて通らないから、車の往来の邪魔にはならないよ」
リューがそう言い張るので、朝陽はまたもや信じてみることにした。磯部と共に車を降りると、小道におずおずと入っていった。

小道の両側にある背の高い草や木が、朝陽達のほうに手を伸ばしてきていた。
出来るだけ草木に触れないように二人は進む。日差しが強く、暑さのせいで汗が皮膚の表面に滲み出てくるのが分かった。足に貼り付くズボンを不快に思いつつ歩みを進めると、木でこしらえた観察小屋が見えてきた。
そこには二人の他には誰もおらず、朝陽達の貸し切り状態だった。観察小屋にのぼると今まで歩いてきた道や湿原のほうを見渡すことができた。
「何かいるか?」
朝陽の隣に並んだ磯部が視線を巡らせる。
「鳥の声はしますけど、姿は見えませんね」
「隠れているのかもな」と磯部が言った。
「時間帯が悪かったかな。あと視力も」
「双眼鏡でも持ってこれば良かったですね」
朝陽はそう言いつつも、実際双眼鏡があったとしても、鳴き声だけで鳥のいる場所を把握するのは難しいだろうと考えていた。
姿は見えないが、あちこちで様々な鳥の声がする。まるでそれらの鳥が楽器となって音楽を奏でているようで、朝陽はそれを聞いて十分湿原を楽しんでいた。

朝陽達が車に乗り込んだとき、リューが
「何か見えたか?」と尋ねた。
「いいや、残念ながらなにも」
そう首を振りながら言うと、
「あーあ、俺の中にいたらクイナに会えたのにな」とリューが意地悪そうに言った。
「クイナ?」と朝陽が首をかしげる。
「この辺に住んでる飛べない鳥だよ。さっき俺の横をとことこ歩いていったよ」
リューが目を向けた所を朝陽も見る。しかしそこには草が生い茂っているだけで、何も見当たらなかった。
「そうか、見たかったな……」
「ま、こういうところを走ってると嫌でも見かけるようになるよ。今度は障害物としてな」
がっかりしている朝陽を見ながらリューがそう軽口を叩いた。
朝陽は少々残念に思いながら車を発車させた。
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