どうか、生きてるだけではなまるを

夏目はるの

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気付けば文化祭が1週間後に迫っていて、準備は大詰めだった。放課後、それぞれの分担に分かれて当日の準備をする。
私は廊下で、喫茶店の看板に色を塗っていた。独特のペンキの匂いが鼻につくけど、こういう作業は嫌いじゃない。外は雨が降っていて、薄暗い雲が広がっていた。

「あ、高坂。これ。」
「ありがとう。」

花村さんともう一人、文化祭実行委員の遠藤えんどうくん鈴を手渡してくれる。ピンク色の鈴。チリン、と手のひらの中で小さく音を立てた。とりあえずポケットに突っ込んで作業を再開した。

あと半分、なんて所まで塗り終えた頃、スマホの着信音が廊下に響いて反射的に顔を上げる。そこに居たのは今日1日忙しそうに歩き回っていた花村さんで、電話口で焦りながら何かを話していた。電話を切った後、彼女は少し慌てたように口を開く。

「業者さんが食材配達に来てくれたって。」
「え、今?」
「そう。もう着くみたい。遠藤くん受け取りに行けたりする?」
「うわー、ごめん。俺これで当日の衛生管理の打ち合わせがあって。」

遠藤くんは遠藤くんでバタついているようで、花村さんと同じように今日1日忙しそうだった。会話が耳に入ってきてしまったからには、無視することは出来なかった。

「あ、私でも大丈夫だったら取りに行くよ。」
「ええ!高坂さん、いいの?」
「うん。どこに行けばいい?」
「ありがとう助かる・・・!正面玄関に来てくれるみたい。」
「承知です。」

いつかのように花村さんが少し笑って頭を深く下げるから、
私も同じようにペコリと頭を下げた。そしたら遠藤くんも真似して大袈裟に頭を下げるから、思わず笑ってしまった。

そのまま正面玄関へ向かおうとした私を、花村さんが呼び留める。

「高坂さん、貧血気味?」
「え、ああ、そんなことは無いと思うけど。」
「ならよかった、少し顔色悪く見えたから。」

無理しないでね、と花村さんが声をかけてくれる。この前海老名にも言われてしまったな。そんなに顔色悪いだろうか。

階段で3階から1階までゆっくりと下る。窓の外はまだ雨が降り続いていた。今年は梅雨が少し長引くみたいで、結構憂鬱だ。ジメジメするし、少し癖のある私の髪の毛は雨とすこぶる相性が悪い。階段を下り終えて、廊下を進む。途中、校庭で人が走り回っているのが見えた。どうやらサッカーをしているようだ。雨降ってるのによくやるなあ、なんて思いながら中庭を通り抜ける。正面玄関に行くにはここを通るのが近道だ。屋根がないから少し濡れるけど、少しだけなら大丈夫だろうと駆け足で進む。不意に顔を挙げれば中庭からも校庭が見えた。見えて、ピタリ、と足が止まる。

雨の中数人の男の子が走り回っていた。その中に彼がいて、思わず目を奪われてしまった。制服姿のままサッカーボールを追いかけて、雨が降っているのにも関わらずケラケラと楽しそうに笑いながら走り回る。途中転んで制服のズボンを汚して、立ち上がってまた笑いながら校庭を駆け抜ける。長めの前髪は雨に濡れてどこかに行ってしまっていて、普段は見えないおでこが見えていた。とても楽しそうだった、楽しそうで自由だった。私にとって、自由な彼はとても眩しかった。気づけば私の制服は重くなっていて、くしゃみが出て慌てて中庭を通り抜けた。

無事業者さんから食材は受け取れたけど、どうしてこんなにびしょ濡れなのか花村さんにはビックリされてしまった。そのままくしゃみと咳が止まらなくなってしまって、慌てて家へ帰った。




セミの声がうるさい。放課後の地学室では冷房を使う事は許されてなくて、一台しかない扇風機で暑さをしのぐ。いつの間にか外は真夏だ。空が眩しいほど青くて、何もしなくても汗が出てくる。

ガラガラ、と扉が開く音がする。いつも通り本を読んでいた私は、よ、と手を挙げた。

「海老名、どうしたのそんな怖い顔して。」

私の挨拶に答えることなく、海老名は入り口に突っ立ったままだった。どうしたの、なんて白々しい事は分かっていたが、しらばっくれる事が自分にとって一番楽だという事も分かっていた。案の定、海老名は眉をひそめたまま近づいてきて、私の前に立つ。

「先輩さあ、今何月何日だと思ってるの?」
「7月24日。」
「文化祭が終わって、もう一か月経つんだよ。」
「・・・あ、そうだね。」
「そうだね、じゃなくて。」

ムッとした表情のまま、彼はガタンと音を立て椅子に腰かける。

「つまり、先輩、1ヵ月以上学校休んでたんだよ。」
「・・・ええ。」
「ええってなんやねん、どういう相槌やねん。」
「なんで関西弁なんだよ。関西の人に怒られろ。」

海老名の言う通り、私は約一か月ぶりの登校だった。文化祭なんてもう話題に上がらないくらい前の話で、そんな事が行われた気配すら、私には感じることが出来なかった。

「先輩が地学室に全然いないから教室にも行ったんだよ。」
「ほう。」
「そしたら休んでるって。理由聞いたら「さあ。」って。え、さあって何?クラスメイトの欠席理由くらい把握しとけよ!!」
「何に対してキレてんだよ。」

・・・ていうか。

「海老名、教室まで探しに行ってくれたんだ。」
「・・・1回だけね、1回だけ。通り道だったから。」

私の教室は3階の一番奥だ。一体なんの通り道になるっていうんだ。ごめんね、と謝れば海老名は大きく首を振る。

「別に謝ってほしいわけじゃないよもちろん。でも寂しいじゃん。いないんだもん。」

あまりにも彼がストレートに気持ちを伝えてくれるから、なんだか私は少し泣きそうになってしまった。でもそんなの絶対にバレたくなくて、唇を強く噛む。もう一度謝って、今日はアイスをおごってあげると約束した。海老名は不意に真面目な顔になって、先輩、私の顔を覗き込む。

「もう、こうやって休んだりしないよね?」
「・・・へへ。」
「へへってなんだ。へへって。」

海老名は小指を出して、ん、と私の方に近づける。

「理由は聞かないよ。聞かないけどさ、今度は事前に教えてよ。先輩が急にいなくなると、俺、寂しいから。」

何も言えなかった。誤魔化すことも、でも受け取ることも、出来なかった。困った、コイツは本当に素直すぎて困る。約束なんかできないはずなのに、気づけば私も小指を出してしまっていた。

指切りげんまん、彼が歌って、私と約束した事に安心したように笑う。苦しくて苦しくて、でもやっぱりバレたくなくて必死で堪えた。繕いたくて慌てて鍵付きの引き出しを開ける。

「・・・海老名、将棋やろ。」
「お、もちろん。今日を初勝利の日にしてやる。」
「口だけは達者だな。」

いつも通り軽口をたたいて、ゲームをして、コンビニによって帰ろう。私にとっては、どうしたってそれが一番幸せだ。
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