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第五章

第六十九話 合わせ鏡のような呪縛②

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 自分からこの部屋に入るのはいつぶりぐらいだろうか。

 小さい頃は、どこにでもいる普通の姉妹として二人で遊べていた気がする。

 チェリーが唯奈としての記憶を取り戻したのは、たぶんあの子が10歳になる少し前くらいだろうか。

 あの頃はよく何かに取り憑かれたように泣き叫ぶことが多く、いろんなお医者様に父たちが診せていた気がする。

 私にべったりとくっついて、いつも気付くとベッドにもぐりこんで来ていた。

 縋りつかれてかわいいと思う反面、父と母を独り占めにしているようなチェリーが、私はやはり嫌いだった。

 そんなことでも、きっと過去を引きずっていたのね、きっと。

 過去にとらわれているという点では、私もチェリーも大差ない気がする。

 いや、私の方がもしかしたらひどいかもしれないわね。

 だからこそ、もう終わらせよう。
 
 それがお互いのためだもの。


「チェリー、入ってもいいかしら」

「どうぞ、姉ぇさま。お入りになって」


 ペンダントを一度ぎゅっと握りしめ、深呼吸をしてから私はドアを開けた。

 チェリーの部屋は全てをピンクで統一されていた。

 簡素で実用的な私の部屋と違い、ぬいぐるみやふわふわとしたクッションなどが至る所に置かれている。

 猫足の椅子には、その一つ一つに、リボンまで巻かれる念の入りようだ。

 何から何まで正反対というのは、このことを言うのだろう。


「姉ぇさまが倒れられたと聞いて、びっくりして戻って来たのですよ~。さあ、また具合が悪くなるといけないから、座って座って」


 チェリーがティーテーブルの椅子を勧める。体力がない私は、仕方なくその椅子に座る。

 そしてチェリーがその対面に座った。


「そうね、急に具合が悪くなってしまって」

「何か、変なものでも食べたんですのん?」


 何かって、なんなのよ。

 もしかしてギルドに行っていたのを知っていたから、嫌味でも言いたいのかしら。


「そんなわけないでしょ」

「そう……ですか。それは、うん、よかった」


 なんとも曖昧な変な返事が返ってくる。

 嫌味じゃないなら、何だったのだろう。

 この前からそうだけど、私は何か大切なモノを見落としてしまっているような気もするのよね。

 でも今は、先に進めないとだめね。


「ねえチェリー、あなたグレンと会わなかったかしら? 私が倒れた後、グレンがあなたに会うために領地へ向かったはずなんだけど」

「え、グレン様が……」

「ここから領地までは一本道だったはずだから、あなたがここへ帰って来たなら、どこかで会えたはずなんだと思うんだけど」


 答えが分かっていながらも、あえてチェリーに尋ねる。


「きっと行き違いになってしまったんじゃないかしら」


 視線を合わせることなく、チェリーが答える。

 チェリーは何度か視線を動かし、ティーカップに手をかけてみたり、離してみたりと落ち着きがない。

 まさかグレンが自分を追いかけて領地まで行くなどと、思ってもみなかったのだろう。

 その挙動不審な態度は、嘘を付いてますと言わんばかりだ。


「チェリー、このお茶どうしたの?」


 ルカはあとで茶を持ってきてくれるといっていたのに、すでに私たちの前にはティーカップに注がれたお茶が湯気をたてている。

 まだ淹れたてらしいそのお茶は、何かが私の中に引っかかった。


「こ、これは、わたしが姉さまのために淹れたものですわ。せっかく淹れてみたので飲んでくださいな」


 見たところは本当に普通のお茶のようだが、チェリーがわざわざ私のためにお茶を淹れるなんて。


「でも姉ぇさま、本当にどこも悪くないんです?」

「ええ、もちろんよ。変なこと聞くのね、チェリーは。そうだ、これ、ありがとう。キース様から頂いたわ。私のためにあなたも一緒に選んでくれたなんて、びっくりしちゃった」


 にこりと笑いながら、身に着けたペンダントをチェリーに掲げて見せる。


「キース様に付けていただいたの。どう? 似合う?」

「ええ、とっても……。キース様に付けていただくなんて、それは良かったですわね、姉ぇさま」


 平然とペンダントを身に付けている私に、チェリーは露骨に顔を顰める。

 こんな風に、ペンダントを受け取って身に着ける余裕のある私を、見たかったわけではないはず。

 だからあえてそれを、逆手に取ったのだ。

「幸せそうですね」

「ええ、もちろんよ。何が……誰が大事なのか、よく分かったから。今日、キース様の求婚を受けることにしたの。それもこれも、全部あなたのおかげよチェリー。あなたが私に、分からせてくれたから」

「それはわたしに対する嫌味ですか?」

「なに言っているの。これは、本心よ。だってそうでしょう? 私に、欲しいものは欲しいとちゃんと言わないとダメだって、あなたが教えてくれたんだもの」

「なんなんですか、それ」


 机をバンっと叩き、チェリーが立ち上がる。

 その顔は今までの余裕など微塵もない。


「なんで今なの? なんで今頃になって、そんな目でわたしを見るの? わたしが求めていた時は、見てもくれなかったくせに」

「チェリー、あなたの言ってる言葉の意味が私には分からないわ」

「わたしはずっと、姉ぇさまのことを思って行動してあげたのに。権力にまみれて、人とも扱われない場所にいる方が幸せだと言うのね」

「権力? 人とも扱われない場所? さっきから何を言ってるのか、さっぱり分からないわ。私が殿下と結婚をし、王妃になるかもしれないことに嫉妬でもしているの?」


 何がこれほどまでにチェリーの怒りを買っているのか、私にはさっぱり分からない。
 
 身分や結婚を勝ち負けの対象にでもしているのかしら。

 私がキースと結婚すれば、もう二度とマウントを取ることも出来ないから。


「そうやって上から見下している姉さまには、わたしの気持ちなんて絶対に分からないわ」

「私がいつ、あなたを見下したというの」


 いつでも私は見下される存在だったというのに、チェリーの瞳に私はどう写っていたのだろうか。

 もうこれ以上の話し合いは喧嘩になるだけだ。

 私はティーカップに手をかける。

 チェリーが淹れてくれたというお茶だけ飲んで、退出しよう。


「もうこれ以上は二人で話すのは無意味だわ。明日以降で、グレンかお母様のいる時にまた話ましょう。お茶、ご馳走様でした」


 私はそのまま、ぐっとお茶を流し込む。


「?」


 匂いは確かにいつもの紅茶だった。

 ただ一気に流し込んだお茶は、明らかに味がおかしい。

 すぐに口の中や喉、その全てが焼け付くような痛みが走る。


「ゲホっ」


 思わず吐いた物に血が混じる。

 まさかこれ、毒?


「なにこれ、なんでこんなことに、嘘でしょ」


 ひどい吐き気とむせ込みから、しゃべることが出来ない私をチェリーが真っ青な顔で見ていた。


「わたし、こんな、うそだ……。こんなの知らない!」


 ガタガタと震え、訳の分からないことをチェリーが繰り返す。

 私は倒れこみながらも、テーブルの上のティーカップを叩き落とした。


「だ、誰かー! お姉さま、しっかりして下さい。誰か、誰かきて! 医者を呼んでー」


 ティーカップの割れる音で我に返ったようなチェリーが、倒れこむ私を抱きかかえ、大声で叫んだ。

 遠くから、バタバタと走る足音が聞こえてくる。


「なんでこんなことに……。姉さま、しっかりしてください! ああ、こんなことになるならもっと早く……」

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