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『泣き虫な上の心配性だなんて。将来のあなたに見せてあげたいわ。まぁ、それだけ歪むほどのひどい仕打ちだったってことなんだろうけど』

「将来?」

『はいはい。悩むより、行動あるのみ! やってみたら分かるから』

「やってみたらって」

『ドンドン叩くのよ! ほら、さっさとやる』


 誰もいないのに、叩いたとことでどうなるのかしら。
 
 でもそうね。

 グダグダ悩んでも、誰もどうにもしてはくれない。

 それならば、せめてこうやって傍にいてアドバイスをしてくれているシロの言うことだけは信じてみよう。

 そう意を決めて、私は小さく戸を叩いた。

 乾いた小さな音がする。

 思ったより固いせいなのか、それほど音は響かない。

 確かにこんな小さな音では、目の前にいても気づくかどうか。


「思ったより、音って響かないものなのね」

『そーよ。だからドンドンやっても結構大丈夫なのよ』


 そうは言っても、本当に固いわね。

 大きく力を込めて叩いても、やはり小さく乾いた音がかすかにするだけ。

 あんまり効果はなさそう。

 んー。こういう時って、どうすればいいのかしら。


「シロ、私の力ではどうにもなりそうもないんだけど」

『そーね。さすがにこれじゃあ、気づかないかもね。んー。あ、蹴ってみたら?』

「け、蹴る? さ、さすがにそれははしたないと思うんだけど」

『どーせ、ここにはアタシとティアしかいないから大丈夫よ。体当たりするより、マシでしょ』

 
 体当たりとか言われても、どうやるか分からないし。

 確かに手で叩くよりは大きな音がしそうね。

 ただ誰も見ていないとはいえ、一応私は男爵令嬢……。

 そうね。もう、こんな恰好で、こんな姿では令嬢も何もないわよね。

 
「思いっきり蹴っても大丈夫かな?」

『足が痛くならない程度にならいいと思うわ。それにこんな戸は、ティアの力じゃどうにもならないから大丈夫よ』

「……それはいいのか悪いのか……」

「ま。気にせずやっちゃいなさい」

「ええ」


 私は戸から数歩離れ、力を込めて足の裏で戸を蹴った。

 先ほどとは違い、ゴンっというやや鈍い音がする。

 もちろん音がやや大きくなっただけで、戸はびくりとも動くことはない。

 ここまでくると、やる気に火が付くというかなんというか。

 開かないにしても、もう少しこう、音が派手になるとか何とかならないものなのかな。

 せっかく勇気を出して頑張ってるのに、これじゃああまりに意味がない気がする。


「んー」


 私は室内をぐるりと見渡した。

 狭い納屋の中には肥料のような物が入った袋と、掃除用具がある。

 叩いても蹴っても効果がないなら、あのホウキで殴ってみるのはどうかな。

 木と木だし、もしかしたらもっと大きな音が出るかもしれない。

 私は片隅に置かれたホウキを引っ張り出した。

 柄の部分はさほど太くはないが、固くしっかりはしている。


『やる気になってくれたのはいいけど、ティア大丈夫? そんなもん振り回して怪我しないでよ』

「叩くだけだから大丈夫よ。木と木だし、手とか足でやるよりは音が出そうだし」

『まぁそれはそうかもしれないけど、なんか心配だわ』

「あははは。シロは見かけによらず心配性なのね」

『見かけにって、見た目は十分ネコですけど』

「ふふふ。たしかに」


 でもやっぱり精霊様なだけあって、存在感があるっていうか、安心感があるのよね。

 見守ってもらってる。本当にそんな感じ。

 ああ、姉とかいたらこんな感じなのかもしれないわね。

 って、精霊様に姉とか言ったら怒られてしまうかもしれないけど。


「何があると危ないから、シロは下がっててね」


 まさか折れることはないとは思うけど、木の破片とか飛んできても困るし。


『ああ、やっぱり心配だわ。さすがにそれはやめた方が……』


 シロの言葉が終わる前に、私は掲げたホウキを振り下ろしていた。

 音はさほど大きくはないものの、やや高いカツンという音が響き渡る。

 やっぱり思った通り正解ね。

 これなら外の人に辛うじて聞こえるかもしれない。


「シロ、これならいいかも」


 私は足元にいるシロに視線を落としながら、もう一度ホウキを振り下ろした。


『あ、危ない!』

「え?」


 音が鳴ると思っていたのに、ホウキが何もない空間を通り過ぎていく。

 シロの声に驚きつつ急いで視線を前に向けると、それは外から戸が開くタイミングだった。

 ああいけない。

 そう思っても、すでに振り下ろしたホウキはそのまま下降していく。


「わぁぁぁぁぁぁぁ!」


 戸を外から開けていた人が、ホウキを避けるように大きく尻もちをついた。


「きゃぁぁぁぁ、ご、ごめんなさい! ごめんなさい。本当に私、そんなつもりじゃなくて」


 ああ、当たらなくて良かったけど、ひどいことをしてしまったわ。

 せっかく戸を開けて下さった人を攻撃してしまうなんて。

 どうやって謝ればいいか。


「本当にすみません。お怪我はありませんか?」


 私はしゃがみ込み、そして戸を開けた男性に手を差し伸べた。

 そして視線が合う。

 短い焦げ茶色の髪に、深緑の瞳。

 小柄なその体格は、どちらかと言えば女性的だ。

 しかし私はこの人が男性であり、どんな人なのかも知っている。

 ただどうして。

 彼がこんな場所にいるのだろう。


「ウエスト卿……」


 私は小さな声で彼の名前を呼んだ。

 カイルの従者であり、護衛騎士の名前を。
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