異世界配信で、役立たずなうっかり役を演じさせられていたボクは、自称姉ポジのもふもふ白猫と共に自分探しの旅に出る。

美杉日和。(旧美杉。)

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005 慢心の先に

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「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、サイラス、サイラス、サイラスぅぅぅぅぅぅ‼」

 ミラがひと際大きな声で泣き叫び、その手を差し伸べた。
 しかしサイラスは声を発することも出来ないまま、みるみる頭から石化していく。

 ああ、最悪だ。

「なんなの、なんなの、なんなのよー!」
「おい、やばいぞ。ルルドをおとりにして逃げるんだ、ミラ!」

 アークはボクを一瞥したが、ミラはただ首を横に振っただけだった。

「嫌よ、アーク。アタシはサイラスを置いてなんて逃げられない!」
「馬鹿野郎、このままじゃおれたちまで死んじまうんだぞ! おれたちじゃあ、石化は治せない。サイラスのことは諦めて捨てていくんだ‼」

 石化したサイラスの向こう側に、そのモンスターはいた。
 先ほど一瞬だけ見たけれど、攻撃方法からしても間違いない。

 ニワトリのような白い鳥の上半身に、長い緑色のヘビの尻尾。
 あれは間違いなくコカトリスだ。

 いくらいい条件を提示されたからといっても、ボクたちはそれに飛びつくべきじゃなかった。
 慢心からくる慣れみたいなもののせいで、みんな感覚が狂っていたんだ。

 あの後、ボクたちはすぐこの森に入って、そして指示された通りに木の実を見つけたボクが、茂みをガサガサ探っているとこいつが出てきた。

 いつもの台本通りだとほくそ笑むサイラスたちは、何をおびき寄せてしまったのか考えてもいなかったのだろう。
 すぐに戦闘態勢に入ったのだが、結果はコレだ。

 このパーティーに、石化を治せる者などいない。
 いやそれ以上に、この上級モンスターを倒せる者だっていない。

 だから非情にも思えるアークの判断は、あながち間違いではなかった。
 倒せないモンスターを相手にしたって、全滅するだけ。

 そうなれば残された者は、いかにして逃げ延びるか。
 普通ならば、そう考えるだろう。

 たとえ何を犠牲にしたって、全滅するよりはマシだから。

「嫌よ、絶対に嫌。あたしは逃げない!」

 だけどミラはそうではないらしい。
 仲間の全滅よりも、自分のその身よりも、サイラスが大切だったのだろう。
 
 その気持ちは分からなくもないけど、この状況でそれは選択すべきではなかった。

「くたばりなさい、コカトリス! ファイアー」

 ミラの長い樫の木で出来た魔法の杖から、ボール大の炎の球がコカトリスの顔面に目がけて放たれた。
 しかしただ首を振っただけのコカトリスに、炎は簡単にかき消されてしまう。

 上級モンスターに、初級の呪文なんて通じるわけがない。
 でも、ミラの一番強い魔法はあれだけ。

 そうなればもう、結果は一つしかない。

「あああ……」

 自分の攻撃の行方を見ていたミラの体が、ゆっくりと石化し始めた。
 こうなってしまえば、もう助けることなど出来ない。

 サイラスだけじゃなくて、ミラもやられてしまった。
 ああ、どうすればいいんだボクは。

「馬鹿が! 殺されてたまるか!」

 ゆっくりと足から石化するミラを見捨て、アークは走り出した。
 しかしまるで誰も逃がさないというように、コカトリスが二足歩行で追いかけ出す。

「ち、ちくしょう! くるなくるなくるなー‼」

 どれだけ速く走っても、距離は縮まることはない。
 むしろすぐ後ろに追いつかれている恐怖からか、アークは振り返ってしまった。

 ボクの位置からはコカトリスの顔など見えはしない。
 だけどなぜか、モンスターが嘲笑っているような気がした。

 逃げなきゃ。
 本当に逃げなきゃ。

 みんなやられてしまった。
 次はボクの番だ。

 放送事故もいいところだった。

 だけど今ここでそんなことを言っても、もうどうにもならない。
 だっていつものように助けてくれる仲間はもういない。

 そう思うと、体が硬くなった。
 頭では逃げなきゃと思うのに、ガタガタと震える体は鉛のように重く動かない。

 ああ、これはもう演技なんかじゃない。
 ボクは怖いんだ。
 このままサイラスたちのように死んでしまうのが。

「まだ何もしてないのに……」

 そう何もしていない。
 せっかく生まれ変わって、こんな情けないまま死ぬんだ。

「やだよ、まだ死にたくない!」

 どんなに醜くたって、汚くたって、惨めだって、ボクは生きていたい。

 ぐちゃぐちゃの顔を腕で一度ぬぐうと、そのまま走り出す。

 コカトリスがボクを追いかけてくるのは分かっている。
 でも森さえ抜けられればいい。
 ボクは、まがりなりにも獣人なんだから足はみんなよりも早いんだ。

 何度も転びそうになり、その度に四足歩行になってもボクはただ走り続けた。

 追いつかれてしまっても、振り返ればみんなのように石にされてしまう。
 だからあいつとの距離なんて、確認することも出来ない。

「ああ、やっと森を抜ける!」

 そう口から言葉を漏らした瞬間、背中に鈍い痛みを感じた。
 まるで鋭い爪を持つ手で背中を鷲掴みされたような感覚のあと、体が宙を浮く。

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼」

 体はその衝撃を受けたまま、道の脇に群生する大木に衝突した。

「かはっ」

 息が出来ない。痛いよ。
 追いつかれたんだ。
 しかもボクが振り返らないから、投げ捨てられた。

 地面に這いつくばるボクの上に、コカトリスの影が出来る。
 見下し、こちらを向けとばかりにコカトリスはその場で足踏みをしていた。

 石化した者たちを壊すのが目的とか、それを食べるんだとか。
 昔そんな話を聞いたことがあったっけ。
 だからこんな風にいたぶっているんだ。

 仰向けになったら、きっとすぐにでも楽になれるんだろうな。
 背中が焼け付くように痛いし、もう体が動かない。

「ううう」

 もうここまでか……。
 本当に?
 そんなに諦められるほど、ボクはちゃんと生きてきた?

「なんだよ」

 こんなになってもまだ、諦められない。
 諦めたくない。
 あんな使えない役を演じたまま死にたくない!
 
 ボクは地面を這いつくばってでも、進む。

 するとコカトリスの足が、ボクの体を押さえつけた。

「ああああ、やめろやめろ! はなせー」

 涙で歪む視界に、小さな白いモノが見えた。

 ああ、なんで来たの?
 ボクじゃ、君を助けられないのに。

 こんななさけないヤツなんて、見捨ててくれて良かったのに。

 そう思っているのにボクは、叫ばずにいられなかった。

「リーシャぁぁぁ!!」
「ルルド!」

 リーシャは口にくわえていた何かを、ボクめがけて投げた。
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