僕たちの思い出は価値のない化石になって。

氷上

文字の大きさ
1 / 1

本文

しおりを挟む
「この曲がもしも売れたらさ。どうしようか。」 


とある冬の日。僕の家へと帰る道の途中で、隣に並んで歩く彼女に向けた言葉を、マフラーで隠した口から真っ直ぐに前を向きながら放つ。

「また?いつも同じことを言ってるね。」

クスッと笑いながら、彼女は冗談めいた口調で続けた。

「なんだか、終わらない前奏を鳴らし続けてるみたい。」

わかるようなわからないような、そんな比喩を使いながら軽口を言うのもいつものことで、僕はすっかり慣れている。

「そうかもね。」

音楽を初めてからもう随分経つけれど、これまで僕のかき鳴らした音が陽の目を浴びることは全くなかった。

「流行らないんだよ。きっと。そういう曲は。」

寂しそうにも嬉しそうにも見える複雑な笑顔を柔らかく浮かべたまま、彼女はそう言った。

そんな彼女を見ている僕もきっと、同じように複雑な笑顔をしているんだろうと、見えていないけど自分でもわかる。

「知ってる。」

昔からそうだった。流行りもしない僕の奏でた音楽に隣で拍手を送ってくれるのは彼女だけ。

「いいんだ。別に。君さえわかってくれれば。」

この言葉に嘘はない。他の誰も聞いてくれなくても、誰も好いてくれなくても別にいい。だけど。

「だけど、流行ってもほしいんでしょ?」

そう。彼女さえ好きでいてくれればそれでいい。その思いは嘘じゃないし、本当にそう思っている。でも、多くの人に聞いてほしいし、わかってほしい。そんな思いも僕の中に茫漠と存在している。矛盾したようなこの気持ちをどう言葉にすればいいのかわからなくて、すぐに彼女に返事ができない。

「変わらないよね。本当に。」

僕が言葉に詰まっていると、彼女の方から口を開いてくれる。

「君だって変わらないよ。」

今度はしっかりと言葉が出てきた。

「そう?ありがとう。」

本当に昔から変わらない。先の見えない暗闇の中を、ひたすら踠いているような僕と、僕の音楽と一緒に歩み続けてくれている。暗闇の中でもハッキリと、綺麗な姿のまま。確かにそこにいてくれた。それが君だった。

こんなやり取りもいつも通りのことで、君に感謝するのも、僕の漠然とした思いがまとまらないこともいつも通り。

そんないつも通りの冬の日。


いっそ、変わってしまおうか。町に溢れかえっているような音楽を鳴らしてしまおうか。

いっそ、いなくなってしまおうか。誰にも気付かれずにひっそりと。傷つかないようにこっそりと。

こんな考えをするのはいつも通りじゃなかった。

正しいと思ってがむしゃらにかき鳴らしてきた僕の音楽。

少し歩けば耳に入るほどに溢れている音楽達が、そんな僕を嘲笑っているようにすら感じることもあった。

帰り道の途中で見つけたクリスマスツリーの頂上には、きらびやかに光る星が飾られていた。

僕があの星を取ることができたなら、きっと何かが変わるはずで、今まで僕が鳴らし続けた音楽も、地の底なんかじゃなくて頂上なんだと認められる。そんな日を夢見て今日までやってきた。

彼女の拍手と同じくらい、そんな日が来ることを望んでいた。


家に帰り着いてから、僕たちは二人がけのソファーに並んで座っていた。何をするでもなく、ただ、並んで座っていた。

彼女と過ごしていると時折こんな時間が訪れるけれど、こんな時間も大好きで、沈黙の時間も心地よかった。

今日は珍しく、そんな沈黙を破ったのは僕の方だった。

「今日まで、本当にありがとう。」

この言葉に深い意味はなくて、ただただ感謝を告げただけだった。

「どういたしまして。」

目を細めて笑顔を浮かべながら、彼女はそう返す。

「この先もしも僕の音楽が流行らなかったらさ。どうしようか。」

帰り道の途中で僕が切り出した台詞が、自信を失って再び口から飛び出す。

彼女は笑顔のまま、うーん。と少し考えて、情けない僕の質問に答えた。

「そうなったら、しょうがないね。」

「しょうがない?」

予想していなかった答えが返ってきて、少し戸惑ってしまう。てっきり、弱気な僕をいつものようにからかってくるものだと思っていたから。

「うん。しょうがない。」

彼女は大きく頷きながら、言葉を繰り返して続けた。

「私とあなたの過ごした時間とこの歌が、二人の思い出になって。私たち以外の誰にとっても価値がない、そんな化石の一つになるだけ。」

わかるようなわからないような、そんないつものような比喩を交えながら、しんみりとそれでいて深い吐息と共に力強く僕に語りかける。

「無邪気に駆け回って、がむしゃらに音楽をかき鳴らした思い出は、あなたの音楽が流行っても流行らなくても、他の誰にも価値のないもので、あなたと私にとってしか、きっと価値なんてないものなのよ。だから、流行らなかったとしたら、しょうがない。私たちの思い出の一ページになるだけ。」

彼女の言うことは、いつもわかったりわからなかったりする。きっと、お互いに口下手なんだと思う。でも、何が言いたいかだけはいつもハッキリとわかる。今日も。

「そっか。そうかもね。」

こんな時、いつも僕はこんな返答をしている気がする。でも、このいつもの感じは心地よくて。こんな返答を彼女は望んでるんだと思った。

僕が返答してから少しだけ間を空けて、僕は静かに彼女の膝に乗っていた彼女の手の上に自分の手を重ねた。

僕の手よりも一回り小さいその手はほんのりと温かかった。

こんないつも通りの毎日を、他の人には価値のない化石として、二人の思い出として、紡いでいきたい。そう、彼女の手は僕を勇気づけてくれる。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

離れて後悔するのは、あなたの方

翠月るるな
恋愛
順風満帆だったはずの凛子の人生。それがいつしか狂い始める──緩やかに、転がるように。 岡本財閥が経営する会社グループのひとつに、 医療に長けた会社があった。その中の遺伝子調査部門でコウノトリプロジェクトが始まる。 財閥の跡取り息子である岡本省吾は、いち早くそのプロジェクトを利用し、もっとも遺伝的に相性の良いとされた日和凛子を妻とした。 だが、その結婚は彼女にとって良い選択ではなかった。 結婚してから粗雑な扱いを受ける凛子。夫の省吾に見え隠れする女の気配……相手が分かっていながら、我慢する日々。 しかしそれは、一つの計画の為だった。 そう。彼女が残した最後の贈り物(プレゼント)、それを知った省吾の後悔とは──とあるプロジェクトに翻弄された人々のストーリー。

処理中です...