或る紅月の世界に叛逆を

餡黒

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第一章

5.恐怖の

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 校門近辺まで悠が冷や汗をかきながら連行されてくると、いつもは居ない数名の教師達がトロトロ歩く遅刻上等な生徒のケツを引っ叩いていた。
 周りの生徒に交じり二人も足早に校門を抜ける。

 すると、すぐに大きな体育館が見えてきた。
 この高校は丘一つを占領しているだけあり、広大な敷地を持っている。この町のイベント事に高校の施設が使われる程だ。
 職員室や図書館、音楽室に保健室、食堂や多目的室など。多岐に渡る特別教室や部室などがある別棟。それと向かい合う様にして一年~三年までのクラスが賑わう本校舎が建っている。
 他にもトラック付きグラウンドに冷暖房完備の巨大な体育館。温水プールや国際会議でも開かれていそうな講堂、弓道場やテニスコートや野球のグラウンドなどなど。
 大学と言われても過言ではないほどの充実した設備がある。

 巨大な別棟と体育館の前を通り過ぎ、二人は本校舎の昇降口横へ向かった。そこには行事のスケジュールや連絡事項などが映し出されている巨大電光掲示板があり、新しいクラス表が映し出されているのだ。
 悠のようにギリギリに登校してきた生徒以外、ほとんどが始業式のある体育館に向かっているのだろう。掲示板の前は閑散としていた。
 掲示板を見ること自体は容易かった。だがいかんせん全校生徒の数が多い為、自分の名前を探すのさえ一苦労。

「いい加減、この時代遅れなクラス替えの発表止めればいいのにな」
「え、そう? 私は新学期って感じがして好きだけどね。あ、私二組だったよ、悠は?」
「――」

 自分の名前は、思ったよりもすぐに見つかった。
 クラスは瑩と同じ二年二組。クラスメイトの名前に目を通したが、彼の少ない顔見知りは見事に別のクラスに散っている。正確には知っている名前くらいは同じクラスにいたが、生憎顔すら思い出せない。話した覚えの無い者たちばかりだ。

千鶴ちづるの奴は――三組か」
「こら、無視するな!」

 不意に、肩へ慣れ知った重みがのしかかってきた。瑩が飛び掛かって全体重を預けてきたのだ。程良い感触すべてが背中に当たる。

「ばッ!」

 慌てて瑩から離れる悠。
 なによ、と不服そうな目で瑩に睨まれた。

「お前な、少しは自分の持っている凶器を自覚してくれ?」

 瑩は悠を異性の対象と見ていないのか、それとも弟のような存在なのか、こういった肉体的スキンシップが昔から今まで全くもって変わらない。
 ただ言えることは、悠の状況が傍から見ればとんでもなく羨ましい光景であるということ。こんなことだから彼の名前が『原園瑩ファンクラブ』のブラックリストに挙げられてしまうのである。

 瑩からじりじりと逃げる悠。しかし、彼も思春期の男子である。女の子からのスキンシップが嫌なわけではない。が、背に腹は代えられなかった。

「無視する悠が悪いんです~。てか、今日の悠はなんかいつもと違う」
「いつもと同じだろうが……はぁ、もういい。疲れた」

 言いかけ、悠は諦めて大人しくなった。こう見えて頑固な彼女には何を言っても無駄なことを思い出す。何よりも、重たい体でこれ以上抗うのがしんどかった。

「んなことより、だ」

 まだ不服そうに頬を膨らませジト目をしてくる瑩から目を反らして掲示板へ目を向ける。

「今年の担任だが――」
「……? どうしたのよ、悠。この世の終わりみたいな顔して――――ぁ」

 固まる悠と同じように、瑩も固まった。

 友人が少ない、むしろ瑩を含めて二人くらいしかいないという現実を悠はしっかり受け止めている。だから今更無理して人付き合いをしようとは思っていないし、同級生はそもそも悠を避けている者が大半だ。
 故に、彼はあまりクラスメイトとの関係を気にはしてはいない。付き合いなどどうせ一年、長くて後二年。一切絡みが無くても問題はないだろう。

 だが、クラス担任の教師というものは彼の学校生活からは切り離せない存在である。

「やっぱり、帰るわ」

 辛い現実が、目の前にあった。

【二年二組 担任 月村 鏡つきむら かがみ

 一年生の時に悠と瑩の担任だった女性教師の名があった。
 彼女が今年も担任だったのを見た途端、悠は登校拒否を発動。

「ちょ、悠! もうここは学校の敷地内だって!」

 踵を返した悠の首へと腕を絡めてくる瑩。背中に当たる立派な双峰が更に押し当てられるが、今はそれどころではない。

「うるせえ! 心機一転、新しい気持ちで来たってのに……これはあんまりだ! 陰謀を感じる!」
「そ、そりゃ、悠を受け持つとなったら月村先生くらいしかいないじゃない?」
「なんで千鶴の方じゃねんだよ! 今年もまた一年怯えて過ごせって!?」

 周囲の目など憚らず騒いでいる二人の背後に、一人の女性が立ち止まった。

「おい織笠、それに華園。何を朝っぱらから暑っ苦しく騒いでいる。ブッ殺すぞ?」

 貫く様なよく通る綺麗な声には似つかわしくない過激な発言。暴れていた二人の身体がピタリと止まった。
 ゆっくりと振り返る悠と瑩。いつの間に近づかれたのか、キッチリとしたスーツ姿の凛々しい女性が腕を組んで立っていた。

「お、おはよう、キョウせんせ」
「お、おはようございます。月村先生」

 身長170cm、と女性にしては高身長。後頭部で髪の毛を一つに纏め、堅気には見えない鋭い剣幕がデフォルト装備。加えて教育者の癖に口が悪いオプション付きときた。
 そんな、悠達が一年のころの担任であり今年も担任になった月村鏡が威風堂々と、王者の如く君臨していたのである。

 名前を『鏡』と書いてそのまま『カガミ』と読むのだが、一部生徒の中には親しみと敬意を、また一部の生徒から畏怖を込めて“キョウ先生”と呼ばれている。
 決して、凶悪の“凶”とか狂人の“狂”を“鏡”を掛けているわけではない。

――決して

「おはよう。まさかとは思うが織笠、自宅療養が終わって早々バックレるつもりだったのか? いい度胸だな。出席日数が足りないお前が進級できたのは誰のお陰だと思っている?」

 悠の心臓が反射的に締め付けられる。今朝の悪夢で感じた物と同等の痛みが心臓を襲った。透き通る綺麗な声だが、なんともいえない迫力を有している。

「ま、まさか……キョウ先生には感謝してます。ただ、まだ死にたくないんで」
「せ、先生! 御心配には及びません! この大馬鹿だって学習する脳味噌くらい入っています! 私が責任もって連行していきます! ご安心を!」

 悠の暴言を掻き消す様に、瑩がド下手糞なフォローをかます。

「ふん――まあいい。クラスは確認したな? さっさと体育館に行け」

 キリッとした目で睨まれ、数歩後退しながら首を縦に振る悠。月村女史は、教師でありながら相変わらず生徒に向ける目をしていなかった。

 こうして、幼なじみの諌める横目と担任の戒めるような視線。そのダブルを受けて悠の逃亡は呆気なく失敗したのだった。
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