或る紅月の世界に叛逆を

餡黒

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第一章

6.悪友、そして

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「ひえー。今朝の月村先生、なんだかご機嫌斜め?」
「散々迷惑かけた俺がこうしてまた登校してきたんだ。目の上のたん瘤にいい顔はしないだろ」

 始業式の会場になっている体育館に入ると、瑩はすぐさま同級生に囲まれてしまった。何か悠に言いたげだった瑩だが、顔見知りと簡単な挨拶を交わしている内にどんどん人が集まり始めた。悠はそんな人気者の瑩を横目に、自身のクラスである二組の列からそっと離れた所で壁に背中を預けた。

 辺りを見回すと、少し離れたところに同級生と談笑している亜紀の姿も見える。

「おら悠! 久しぶりじゃねぇかよ!」

 周囲の静寂を切り裂く馬鹿デカい声。同時に悠の首へ真横から衝撃が走った。分厚い腕が肩に回される。

「いてぇな、久しぶりでもないだろ千鶴。てかお前、キョウ先生の説教を受けたのにまだその痛々しいピアス学校にしてきてるのか?」

 同級生には到底見えない、老け顔の厳つい堀の深い顔。ブレザーなど着ず、着崩したワイシャツの胸元は大きく開き、分厚い胸板がチラッと露わになっている。頭は金色の坊主で、耳には幾つも凶器のようなピアス。
 そんな日本人離れしている柄の悪さが極まった男子生徒は、小学校から付き合いのある悠の数少ない悪友だった。

 名を、獅子神千鶴ししがみ ちづる。彼の到来により、周囲の人間は二人の存在に気が付き一斉に距離を取り始める。

「オイコラ、名前で呼ぶんじゃねぇって何度言わせやがる。昔馴染みだろうがブッ飛ばすぞ? てめぇだってピアスしてんじゃねぇかよ」
「別にピアスは校則で禁止されてはねぇっての。俺が言ってるのは、その非常識なトゲトゲピアスを言ってんの。始業式くらい少しは気を遣えよな、キョウ先生だって出席するんだぞ?」
「……確かに。またあの回し蹴りは食らいたくはねぇわな」

 青い顔をして身震いすると、千鶴は付けていたピアスを外しワイシャツのボタンを止め始めた。

『好きな格好してテメェに何か不都合でもあるのか?』

 丁度一年前の入学式。
 まだ月村鏡のことを一介の教師としてしか認知していなかった千鶴の放ったこの言葉。
 御もっともだが、直後に始業式の華やかな場で舐めた口を利いた千鶴の首に月村女史の回し蹴りがクリティカルヒット。彼の巨体が体育館の宙を舞ったのであった。
 去年の始業式は未来永劫、語り継がれる伝説となるだろう。

「不良のポリシーないのな、お前」
「うっせぇな。ボコボコにされるよりはマシだ。それと、不良不良言うがこれでもお前より年度末の学年成績がいいんだぜ?」
「四ヶ月もお前らより遅れている俺と学年順位が対して変わらないってのは、どうなんだ?」
「う、うるせぇ! 勝ちは勝ちだ!」

 千鶴は悠の背中を大きな手で叩いた。

「痛い、痛いからその馬鹿力で何度も叩くな!」

 腐れ縁とは言え、千鶴も悠のことを待っていてくれている一人だった。瑩と千鶴、二人とも以前と変わらず接してきてくれるのが嬉しく、悠の頬が少し緩んだ。

「あらあら、朝っぱらから仲良いのね。不良君たち」

 気が緩んでいた悠の隙を突くかのように、二人の元へ一人の生徒が近づいてきていた。
 声のする方を向くと、千鶴の色素の抜けた金髪などよりも綺麗な本物のブロンド髪を持つ女の子が立っていた。日本人離れした、西洋人形のように美しい精巧な顔。蒼い瞳はガラスのようで白い肌は絹のようだ。黒タイツを纏った細い足で二人の前に立っている。

「なんだ、乃瀬じゃねぇか。お前から声かけてくるなんて珍しいこともあるもんだ」

 思わず見惚れてしまっていた悠とは違い、千鶴は美人を前にしても身構えることもなく挨拶を交わしていた。
 思わず、悠はフレンドリーな千鶴と肩を組み耳打ちする。

『おい、お前いつの間にこんな美人とお知り合いになったんだよ。転校生か? 留学生?』
『……は? お前、何寝ぼけたこと言ってんだよ。去年も同じクラスだったろうが。学校来なさ過ぎて忘れちまったのか?』

『……は?』

 悠の頭が一瞬で真っ白になる。千鶴の言葉を理解できなかった。

『乃瀬。乃瀬のせエリカだよ。文化祭でお前ら一緒に客引きやってたじゃねぇか。クラス一の美男美女の宣伝効果で俺たちのクラスの出し物は学年トップ……ってお前、本当に覚えてないのか?』
『――』

 確かに、去年の文化祭で悠は客寄せの刑に処されていた。
 しかし、この少女、『乃瀬エリカ』という存在には一切の覚えがない。

 そもそも、その時に悠の隣にいたのは――

「――いッ!」

 記憶を引き出しから引っ張り出そうとした矢先に、激しい頭痛に襲われた。痛みに遮られたからか、どうも記憶に靄がかかってはっきりしない。

「――織笠くん、大丈夫? 顔色悪いわよ?」

 悠の様子がおかしなことに一早く気が付いたのか、乃瀬エリカが悠の顔を覗き込んできた。
 少女の顔は、とても落ち着いていた。まるで悠の様子を観察でもしているかのような、感情の読めない表情。そして、蒼い瞳が仄かに光って見えた。

 瞬間、さらに頭痛が増した。

 痛みに顔を歪ませる悠。苦痛に耐えながら、去年の文化祭の映像が断片的にフラッシュバックする。

 ――宣伝用のプラカードを首から下げ、執事服を着させられ客引きを強要させられた。

“ただの喫茶店だっていうのに……これって詐欺じゃないか?” 

 ――廊下を歩きながらそう言うと、隣のミニスカメイド服を着た少女が、

“ふふ、そうだね。でも集客学年一位のクラスには学校から打ち上げ資金がでるんだって。だから、一緒に頑張ろ! おー!”

――彼女はスカートを両手で押さえている。なかなかに際どい恰好だ。こんな姿で校内を歩きまわるなど恥ずかしいだろう。少女の頬は少し赤みがかっている。

“なあ――。お前は俺と違ってこんなことやる理由はないんだぞ。――が嫌だって言えないのは知ってる。本気で嫌で言い辛いって言うなら俺が言ってやろうか?”
“だ、大丈夫だから! 無理しなくていいって言われてるし。それに、こんなチャンスはもう一生無いと思うから……大丈夫。うん”
“まぁ確かに……こんな格好するなんて一生にあるどうかだな”

 ――高校の制服以上にピッチリした着なれない燕尾服。彼の言うように今後このような格好をする機会など訪れないだろう。

“そうだけど、えっと、違くて……えっと”

 ――もじもじしながら、少女はこちらを見てくる。
 ――キラキラした瞳と目が合った。

 ――濃い、綺麗な黒い瞳。

「――がッ!」

 頭の痛みに、現実へと引き戻される。

 視界が激しく歪んだ。目の中で光が弾け、平衡感覚を失い立っていられない。
 体育館の中がざわついた。遠巻きに何事かと見てくる生徒たちの輪が出来上がっていく。
 悶え苦しむ悠の隣では、彼の体を支える千鶴が何かを叫んでいる。顔面蒼白な瑩が駆け寄ってくるのも朧げな視界の隅に見えた。
 脳が激しくシェイクされたように、視界が回転し激しい吐き気に襲われる。

 そして、悠は完全に意識を失い体育館の冷たい床に倒れ伏してしまったのだった。
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