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第一章
13.誰だ?
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傷の無い胸が痛んだ。
「――」
瑩は明らかな殺意を持っていた。
震えが悠の全身を駆け巡っていく。傷一つない自分の胸を手で押さえた。その間にもどんどんと瑩は近づいてきている。
「――俺は、とうとうおかしくなっちまったのか?」
乾いた笑いが悠の口から漏れた。一度に起こった出来事を脳が上手く処理しきれない。許容量越えた脳が現実を拒否したがる。
瑩が近づいてくる程に、頭痛が引っ切り無しに催してきた。頭の中に響くノイズ音に気持ち悪さが一層酷くなる。
俯いたままだった瑩が、ゆっくりと面を上げた。
瑩の瞳は赤く発光し、いつもの眼鏡もかけていない。まるで別人だ。顔は青白く、一切の生気を感じない。それでも、彼女は間違いなく、華園瑩の姿をしていた。
「瑩……いや……お前は、誰だ?」
いつもの優しそうな瑩は、そこにない。
「コレヨリ――対象ヲ、排除スル」
呆然と立ち尽くしていた悠が聞いたのは、いつも明るい彼女とは無縁の言葉。
二人の視線が交わったのが合図だったかのように、瑩が先に動いた。倒れそうになるほどの前傾姿勢になりながら、右足で地面を力強く蹴る。
「ッ!」
とてつもない瞬発力で、両者の間にあった二〇メートル程の距離が一気に縮まる。悠が動こうとする間も無く、瑩は彼の懐に入り込みナイフを持った右手を突き出してきた。
「あの運動音痴な瑩が、ありえねぇ!」
万年体力測定底辺の華園瑩ができる動きではない。
混乱する悠の思考とは対照的に、殺意を浴びた悠の身体は本能で動いていた。
突き出された彼女の腕を綺麗に払い除ける。だが、タイミングが少し遅かったのか、鋭く尖ったナイフの刃先が悠の右頬を薄く切り裂いていった。
痛い。これは夢ではない。紛れもない現実だ。咄嗟にナイフの軌道をずらせていなければ、悠の首には風穴が空いていただろう。
「!?」
悠は、自分でも何故今の不意打ちに対処できたのか理解できていなかった。
中学まで柔術を嗜み、千鶴に巻き込まれる厄介事で荒事に慣れている。とはいえ、今の動きは自分の意識に反して体が勝手に反応したように感じた。
しかし、悠長に状況を考えている暇など瑩は与えてくれない。容赦の無い斬撃の嵐が悠に再度降りかかる。連続して振られるナイフはどれもが急所を的確に狙ってきていた。軌道を目で追えないほどの連撃、だがその全てを悠は紙一重で躱し続けていく。
だが、当の本人は無理に動き続けて心臓が破裂しそうだった。早鐘を鳴らし続ける心臓と悲鳴を上げる頭痛で悠は顔を歪ませている。
なぜ避け続けられるのか、悠にも理解不能だった。
頭で考えるよりも先に体が勝手に危機を察知し動いているとしか思えない。急に身体能力が向上したわけでもない。肉体が動きに付いてこられていないのは明白で、呼吸は無理な動きで荒れに荒れている。一息するのさえやっとの始末だ。
酸欠になりかける悠に瑩は呼吸する暇などは与えてくれない。彼女は精密機械のようにただただナイフを振るい続けた。
「な、何が起こってんだよ!」
酸素の足りない脳で、悠は考えた。しかし、答えなど出るはずもない。
ただ一つ言えるのは、瑩が間違いなく悠を殺そうとしてくることだけ。幼なじみが自分を殺そうとしてくるという悪夢が悠をジリジリと追い詰めていく。
何度もナイフを受け流した際、交差した瑩が素早くナイフを逆手に持ち直し突き刺してきた。
頭の痛みと呼吸の乱れからか、最初は難なく避けられていた斬撃への反応が一瞬遅れてしまった。
「やっば!」
刃先が届く寸前、悠は機械を纏った瑩の右腕を両手で掴み受け止めてみせた。
しかし、女子高生とは思えない力に押し負け、組み伏せられてしまった。太い刃先が彼の左胸に浅く突き刺さる。
「ッッテェェ! くっそ!!」
勝手に動いてくれていた体は限界に達していた。
瑩の腕を、折りそうなほどの力で対抗する。が、お構いなしに瑩はナイフを押し込んでこようとした。女の子の細い腕からは想像がつかないとんでもない馬鹿力だ。
瑩は空いていた左手もナイフに沿え、両腕でナイフの柄にいっそう力を込めていく。刃が悠の肉をゆっくりと抉っていった。
「あ、瑩! 正気に戻れ!」
生気のない彼女の紅い目が悠の恐怖心を一層募らせる。
「抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺」
マスクの奥から吐かれ続ける言葉はまるで呪いだ。『コレ』は、もはや彼の知っている華園瑩ではない。親しい人間と同じ姿をした化物だ。
「くっ、そが!!」
一瞬でも力を抜けば即座に殺される。そんな極限の状況で、
“コツン”
路地裏に一つの軽い足音が響いた。
悠と瑩の意識がそちらに向いたと同時、彼に馬乗りになっていた瑩の体が吹き飛んだ。彼女の華奢な体はあまりの勢いにビルの塀に叩きつけられる。
「大丈夫かしら? 織笠くん」
音のした路地の奥からする聴き覚えのある声。内臓がひっくり返る思いで悠は視線をそちらへ向けた。
「乃瀬、?」
悠のクラスメイトである乃瀬エリカが制服姿のまま右手を掲げながら姿を現したのであった。
月光を浴び輝く綺麗なブロンド。夜の闇だとより一層目立つ蒼い瞳が不気味に輝いている。
「――」
瑩は明らかな殺意を持っていた。
震えが悠の全身を駆け巡っていく。傷一つない自分の胸を手で押さえた。その間にもどんどんと瑩は近づいてきている。
「――俺は、とうとうおかしくなっちまったのか?」
乾いた笑いが悠の口から漏れた。一度に起こった出来事を脳が上手く処理しきれない。許容量越えた脳が現実を拒否したがる。
瑩が近づいてくる程に、頭痛が引っ切り無しに催してきた。頭の中に響くノイズ音に気持ち悪さが一層酷くなる。
俯いたままだった瑩が、ゆっくりと面を上げた。
瑩の瞳は赤く発光し、いつもの眼鏡もかけていない。まるで別人だ。顔は青白く、一切の生気を感じない。それでも、彼女は間違いなく、華園瑩の姿をしていた。
「瑩……いや……お前は、誰だ?」
いつもの優しそうな瑩は、そこにない。
「コレヨリ――対象ヲ、排除スル」
呆然と立ち尽くしていた悠が聞いたのは、いつも明るい彼女とは無縁の言葉。
二人の視線が交わったのが合図だったかのように、瑩が先に動いた。倒れそうになるほどの前傾姿勢になりながら、右足で地面を力強く蹴る。
「ッ!」
とてつもない瞬発力で、両者の間にあった二〇メートル程の距離が一気に縮まる。悠が動こうとする間も無く、瑩は彼の懐に入り込みナイフを持った右手を突き出してきた。
「あの運動音痴な瑩が、ありえねぇ!」
万年体力測定底辺の華園瑩ができる動きではない。
混乱する悠の思考とは対照的に、殺意を浴びた悠の身体は本能で動いていた。
突き出された彼女の腕を綺麗に払い除ける。だが、タイミングが少し遅かったのか、鋭く尖ったナイフの刃先が悠の右頬を薄く切り裂いていった。
痛い。これは夢ではない。紛れもない現実だ。咄嗟にナイフの軌道をずらせていなければ、悠の首には風穴が空いていただろう。
「!?」
悠は、自分でも何故今の不意打ちに対処できたのか理解できていなかった。
中学まで柔術を嗜み、千鶴に巻き込まれる厄介事で荒事に慣れている。とはいえ、今の動きは自分の意識に反して体が勝手に反応したように感じた。
しかし、悠長に状況を考えている暇など瑩は与えてくれない。容赦の無い斬撃の嵐が悠に再度降りかかる。連続して振られるナイフはどれもが急所を的確に狙ってきていた。軌道を目で追えないほどの連撃、だがその全てを悠は紙一重で躱し続けていく。
だが、当の本人は無理に動き続けて心臓が破裂しそうだった。早鐘を鳴らし続ける心臓と悲鳴を上げる頭痛で悠は顔を歪ませている。
なぜ避け続けられるのか、悠にも理解不能だった。
頭で考えるよりも先に体が勝手に危機を察知し動いているとしか思えない。急に身体能力が向上したわけでもない。肉体が動きに付いてこられていないのは明白で、呼吸は無理な動きで荒れに荒れている。一息するのさえやっとの始末だ。
酸欠になりかける悠に瑩は呼吸する暇などは与えてくれない。彼女は精密機械のようにただただナイフを振るい続けた。
「な、何が起こってんだよ!」
酸素の足りない脳で、悠は考えた。しかし、答えなど出るはずもない。
ただ一つ言えるのは、瑩が間違いなく悠を殺そうとしてくることだけ。幼なじみが自分を殺そうとしてくるという悪夢が悠をジリジリと追い詰めていく。
何度もナイフを受け流した際、交差した瑩が素早くナイフを逆手に持ち直し突き刺してきた。
頭の痛みと呼吸の乱れからか、最初は難なく避けられていた斬撃への反応が一瞬遅れてしまった。
「やっば!」
刃先が届く寸前、悠は機械を纏った瑩の右腕を両手で掴み受け止めてみせた。
しかし、女子高生とは思えない力に押し負け、組み伏せられてしまった。太い刃先が彼の左胸に浅く突き刺さる。
「ッッテェェ! くっそ!!」
勝手に動いてくれていた体は限界に達していた。
瑩の腕を、折りそうなほどの力で対抗する。が、お構いなしに瑩はナイフを押し込んでこようとした。女の子の細い腕からは想像がつかないとんでもない馬鹿力だ。
瑩は空いていた左手もナイフに沿え、両腕でナイフの柄にいっそう力を込めていく。刃が悠の肉をゆっくりと抉っていった。
「あ、瑩! 正気に戻れ!」
生気のない彼女の紅い目が悠の恐怖心を一層募らせる。
「抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺、抹殺」
マスクの奥から吐かれ続ける言葉はまるで呪いだ。『コレ』は、もはや彼の知っている華園瑩ではない。親しい人間と同じ姿をした化物だ。
「くっ、そが!!」
一瞬でも力を抜けば即座に殺される。そんな極限の状況で、
“コツン”
路地裏に一つの軽い足音が響いた。
悠と瑩の意識がそちらに向いたと同時、彼に馬乗りになっていた瑩の体が吹き飛んだ。彼女の華奢な体はあまりの勢いにビルの塀に叩きつけられる。
「大丈夫かしら? 織笠くん」
音のした路地の奥からする聴き覚えのある声。内臓がひっくり返る思いで悠は視線をそちらへ向けた。
「乃瀬、?」
悠のクラスメイトである乃瀬エリカが制服姿のまま右手を掲げながら姿を現したのであった。
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