僕の騎士は剣を持たない

ペッパーミントコーヒー

文字の大きさ
2 / 33

2、ギリギリの生活

しおりを挟む
ミツミと別れて、ヤギが駅に向かう人々に逆らって、うつむいて歩く。
角を曲がり、暗い路地を近道して繁華街に進んだ。
暗い道から前を見ると、道の先の明るい光が、まるで死者が天国でも目指しているような気分になる。

いや、そんな縁起でも無いこと考えるのやめよう。
そうだな、言い方を変えると、まるで光を求めて飛んで行く虫のようだとでも言った方がいい。
死人から虫けらに変わっただけか。
ほんと人生ろくでもない。

ポケットから名刺を出して、会社名に眉をひそめて、またポケットに入れる。
ぬるい名刺に、あいつの胸元の暖かさが手に伝わるようで懐かしい。
恥ずかしさなんて吹っ飛ぶように、手を繋ぐことが普通だった。
フフッと思い出し笑いして、手の平を見る。

もう、あの頃の綺麗な手は消えちゃったけど。
皿洗いも仕事のうちだから、すっかり荒れちゃったよ。

僕のナイト、ずっと守ってくれた。ミツミ…… 
もう会えないと思ってた。
会いたくなかったろうな。フフフ……

すっかり暗くなった道も、繁華街になると気にならない。
昼のように明るく道を照らし、そぞろ歩く人々が食事するには遅い時間だ。
恐らく飲み屋を探しているんだろう。
仲間と楽しそうに語り合い、笑い合いながら騒いでいる。
週末になるともっと人は増える。
その余裕がうらやましいと思っていたのは随分前のことだ。
もう、すでに諦めた。

ミツミ…… 結婚してなかったな……

なぜか、少しホッとしてる。
1人で歩んでくるしかなかった僕は、絶望抱えてホームレスになって、そして福祉の人に助けられてやっとサビだらけのアパートに住んでる。
生活力なんてからっきし駄目でさ。

でもね、ミツミ…… 僕は、死ななかったよ。

立派な社会人の君と、並んで歩いていいのかわからない。
君と友達になれる資格なんて、ないかもしれない。
恥ずかしいなら、嫌なら、いつでも離れていいから。

ギュッと、両手で自分を抱きしめる。
ちっとも温かくないけれど。

君の暖かさが、 ああ、 手を、また手を繋いでよ、ミツミ。

寒いんだ、 とても寒くて、寒くて死にそうなんだ。




バイト先の複合ビルの裏手から階段を上る。
足が重い。一つ目のバイトで、すでにもう疲れ切ってる。
熟睡なんて、出来てるのかもわからない。
短時間2度の睡眠なんて、寝た気がしない。
疲れた、 本当に、疲れた。
最近とみにそう思う。
まかないがあるから飲食業選んだけど、昼は値切ったら余り物ばかりで全然足りない。

スタッフのドアを開けて、ロッカーに行くと着替え始める。
食堂や飲み屋が並ぶこのビルの、4階の一番奥のラウンジ、飲み屋だ。
カーテン引いて、制服のスラックスに履き替える。
バイトで出勤は一番最後、帰りも一番最後。
ラストの掃除と戸締まりを任されている。
帰りが遅いので、電車が無い。
もらった自転車持ってたんだが盗まれた。
最悪だ。おかげで2度レイプされかけて、オーナーに防犯ベル持たされてる。

男が防犯ベルなんて、世も末だ。
ゲイに襲われるなんて寒気がする。
カギを任された時、泊まってもいいとオーナーに許しも貰ったので、たまに泊まってここから午前のバイトに行く。
実際、その方がうんとラクなんだけど、どこで寝ても疲れなんか取れないから、命すり減ってる気がする。
 
ベスト着て髪を後ろで結び、バーテンダーからもらった度の入ってない眼鏡かける。
自分の顔なんて疲れ切った爺さんみたいなのに、女より目立つなとバーテンに言われて眼鏡もらった。
更衣室出て事務室行くと、60代の女性オーナーが珍しくいた。
いつもグレーのスーツに派手なジャンパー着てる。
髪をピシッとまとめて濃い化粧は戦闘モードなのか、カッコいいおばさんだ。

「お疲れです。」

「待ってたわ、ヤギ。」

タイムカード押してると、イスを指される。
座るとやっぱり仕事の話だ。

「今月いっぱいだったわよね。昼も? 」

「いえ、昼だけにしようと思ってます。昼のオーナーが正で雇ってくれるって言うんで。
俺も身体が限界に近いから、丁度良かったというか。最近、夜中帰るのがちょっと。」

「そう、借金見通し立ったの? 」

「銀行には相談済んでます。
無理して死ぬより多少伸びても返して貰った方がいいと。」

ふうんと、オーナーがタバコをくわえる。
ヤギが灰皿を差し出し、傍らのライターで火をつけた。
火をつける、その顔が男女問わずヤギは好きだ。火に照らされ目を伏せる、何処か影があるその顔が。

「くくっ、ありがと。」

フッと煙を吐き、オーナーがクスクス笑う。
俺の都合で時間外になるのに、割り増しオッケーで雇ってくれた、懐の大きい人だ。

「苦労しただけあるわ、あなた。
ヤギ、うちでフルで働かない? 」

「えっ、えーっと、あー、でも帰りがなー」

言うとまた心配かけるけど、最近あとを追われてる気がする。また襲われそうで怖い。

「あら、帰りがやっぱり怖い?
タクシー乗りたいなら店長にチケット貰って頂戴。」

いやいや、店長にドヤされますよ。バイトがタクシーなんて贅沢ですよ。

「まあ、電車待つか、家まで走りますよ。
ただ、なんか足音が気になるんですよね。」

「あらイヤだ、また追いかけられてるの? 
あなた、自覚無いけど、男も女も惹きつけちゃうのよね。
そうね、昼の仕事がどうしてもいいってんなら、海沿いのフレンチのホール、手伝ってくれない?
あなた、最近の若い奴の中でも働きがいいわ、所作が上品なのよ。
フレンチにピッタリ、手放したくないわ。
昼の仕事いくら出すか聞いて来なさい、私が上を出すわ。」

「ハハッ、随分買ってくれますね。」

「当然よ、私は人を見る目はあるのよ。あなたよりね。
でも、もう少し太りなさい。髪もパサパサ。
向こう断ってきたら支度金あげるわ。
話付けるから指定のエステに行って、少し休んで身体を整えて来て。
あなたならきっと向こうの店、流行らせてくれる。」

「なんだ、売り上げ悪いんじゃないですか。ひでぇ」

「だから、店長手伝ってよ。今評価が散々なの。特にホールのね。
あなたのような花が必要よ。」

「俺が花?? 俺、男なんだけどなー 」

プッと吹き出して、笑い合う。
確かに、僕の人を見る目は最悪だ。
でも、ミツミは元々いい奴だった。あいつも騙されて、僕がそれをかぶっただけだ。
僕は、あいつが好きだった。
だから、少しでも力になりたかったんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて鈴木家の住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

処理中です...