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一章 はじまり
第三話 止めようとする者
しおりを挟む腕を上げてみる。動く。手を開閉してみる。動く。足を上げてみる。動く。
無苦朗は、いつの間にやらできていた骨の体を確かめるように動かしていた。
結果、どこも自分が思う通りに動かせた。いや、へたをすると元の体より調子が良いかもしれない。全身がまるで羽根が生えてるように軽かった。
もちろん問題もあった。そもそもこの体の正体が不明であることと、その見かけだった。
無苦朗は改めて体を見下ろす。
シルエットは普通の人間の形だ。だがその体色は、骨が集まって作られたせいか色白と言うには真っ白で、しかも所々から小骨がささくれのように飛び出していた。
正直、生首よりマシとはいえ別の意味で不気味さを醸し出していると言わざるを得なかった。
「やっと落ちてきたと思ったら、なんだよアイツのあの体は⁉」
「俺が知るかッ! てかなに人間相手にビビってんだ。俺たちは魔族なんだぞ」
「そ、それもそうだけどよぉ」
無苦朗が声のした方へ顔を向けると、あの馬男と牛男の姿が見えた。二人が何を言っているのかは分からなかったが、こちらを見てどうやら驚いているようだった。
それはそうだろう。当の本人ですら驚いているのだから。
無苦朗はいったいこれはどういった状態なのだろうと考えてみるが、さっぱり分からなかった。
思い当たるとすれば、さっきの頭の中に響いた声くらいだった。
だがこれはチャンスだと無苦朗は思った。今の内にあの二人から逃げ出そう。
無苦朗にとってはせっかく初めて会った異世界人だったのだが、さっきのあれがこの世界特有の挨拶でもない限り、人の頭を思いっきり蹴飛ばす相手と仲良く話したいとは流石に思えなかった。
無苦朗は踵を返し、二人組が居る方とは反対の方へ駆け出そうとしたその時だ。
「何だッ⁉ うわあぁあ!」
「おいゴーズ! どうなってやがる⁉」
瓦礫で埋もれた地面が唸りをあげたと思ったら突然、地面が下から大きく爆ぜた。
その爆音に無苦朗はつい振り返ってしまい、後悔した。
爆発の影響か、瓦礫や土が天高く舞い上がり、まるで津波のように無苦朗へ覆い被さろうとしていたのだ。
「まずいッ!」
慌てて足に力を入れ逃げようとする無苦朗だったが。
「ちくしょおゴーズ! しっかりしろ!」
「ダメだぁ! 足が動かねぇよぉメーズ、俺を置いて逃げてくれえ」
「アホ抜かせバカ野郎!」
無苦朗の視界にあの二人組が映った。どうやら牛男の方がさっきの爆発で怪我をしたらしく、それを馬男が肩を貸して引きずるように瓦礫の津波から逃げだそうとしていた。
それを見た無苦朗の行動は早かった。いや、本人が思った以上に速かった。
「て、てめえは⁉」
「僕も手を貸そう!」
無苦朗は馬男と反対側の牛男の肩を背負う。
馬男と牛男が目を丸くしてこちらを見てくる。
無苦朗も二人組とは別の意味で驚いていた。けして近くない距離だったはずなのに一瞬で、それこそほんの少し力を入れただけで、文字通りひとっ飛びで来れたからだ。
「おい、テメエなに考えてやがる!」
「良いから今は逃げることだけ考えるんだッ!」
無苦朗が視線を上げると瓦礫の津波はもうすぐそこまで近づいていた。
無苦朗へ突っかかりそうな勢いだった馬男もそれが目に入ったのか、チッと舌打ちをすると渋々といった感じで、だが素早くその場から駆け出そうとした。
無苦朗も同時に駆け出す。
「のわっ⁉」「うおっ⁉」
すると馬男と牛男が驚きの声をあげる。それはそうだろう。なにせ無苦朗が一歩踏み出した瞬間、三人の体がまるで弾丸のように飛び出したのだから。
この感覚はさっきと同じだ、と無苦朗は思った。
無苦朗が着地すると同時に「ぶへっ!」「もへっ!」という痛そうな声がする。どうやら二人組が着地に失敗したらしい。
「イタタタタ、このクソ人間! もう少し丁寧に運びやがれ!」
「メーズあれ見ろ!」
鼻先を押さえて無苦朗へ文句を言う馬男だったが、起き上がっていた牛男の方が何かを見つめたまま指を差していた。
「あん? どうしたゴーズって――⁉」
馬男が牛男の指差した先を見ると、信じられないものを目撃したかのように口をあんぐりと開けた。
気になった無苦朗も二人組と同じ方へ目を向ける。
すでに瓦礫の津波は収まっていた。しかし爆発のあった場所には大きなクレーターが出来ており、指し示された所はどうやらそのクレーターの中心のようだった。
「んっ?」
するとまだ砂ぼこりが舞っていて、ちゃんとは見えないが、中心部に人影が見えた。しかも二つ。
視界が徐々に晴れていく。それと同時に二つの人影もはっきりその姿が見えてきた。
「女の子?」
驚いたことに、無苦朗の間違いでなければ人影の正体の一つは、黒を基調としたドレスを身に付けた、どう見ても小学生くらいの少女だった。
少女は何を思っているのか、その見かけとは不釣り合いな妖艶な笑みを顔に浮かべていた。
一方、もう一つの人影は少女と真逆の印象だった。
頭から爪先まで全身を真っ白な鎧で固め、顔を覆う兜のせいでどんな表情をしているのかも分からない。手には大の大人ほどもある剣身を持つ大剣が構えられていた。
その姿はまるでゲームや漫画で見る西洋の騎士のようだ、と無苦朗は思った。
「メ、メーズ、な、なんであの方が生きてるんだよぉ」
「だから俺に聞くなっての! けどまずいぜ。あの方だけじゃなくってあの野郎までいるとなると……」
顔を向かい合わせた二人組の会話を横で聞いていた無苦朗は、その声がどこか怯えているように感じられた。
この二人組はあの少女と鎧騎士の事を知っているのだろうか。
「キミたち、もしかしてあの二人――ッ⁉」
無苦朗が少女と鎧騎士について聞こうとしたその時。何かが衝突するような大きな音が辺りに響いた。
その音源はあの少女と鎧騎士が居る所からだった。
無苦朗と馬男と牛男の三人がそちらへと一斉に顔を向ける。
その光景に無苦朗は本日何度目になるか分からない衝撃を受けた。
なんとそこでは、少女があの鎧騎士の巨大な剣を素手で受け止めているではないか。
異世界だからと言ってこんな事があり得るのか、と思う無苦朗。しかしよく目を凝らしてみると少女は素手で剣を受け止めたワケではないことが分かった。
少女の手と剣の隙間、そこにはいくつもの幾何学模様を組み合わせたバリアのようなものが張られていたのだ。
魔方陣。無苦朗はファンタジー作品で見かける事がそれを、まさか実際に見る日がこようとは思ってもいなかった。とにかくこうしちゃいられない。
無苦朗はその場から数歩前に出て、改めて体の動きを確認する。
「おいおい何やってんだよお前」
「まさかと思うけど冗談だよな……?」
後ろの二人組が無苦朗へ声をかけてくる。その顔は不可解なものでも見たという表情だった。
「キミたちはここにいてくれ、僕は――あの娘を助けに行ってくるよ」
そう、目の前で少女が襲われているっていうのに見てみぬふりだなんて、無苦朗には到底できなかった。
「いやいやいやバカだろオメエッ!」
「助けに行くとかなに言っちゃってんの⁉ お前が行く意味無いから!」
二人組が心配してくれているのか無苦朗にやめろと言う。その配慮に無苦朗の心は何だかジインと暖かくなった。
「ありがとう。キミたちの心配してくれる気持ちは嬉しいよ。けれど――」
「いや心配とかじゃなくてッ!」
「そもそもあの方はだな!」
「――それでも僕は、行くッ!」
二人組に見送られながら、無苦朗は少女と鎧騎士のもとれへ向かって飛び出した。
無苦朗が飛び出した一方。
己の放った剣撃が少女の魔方陣によって阻まれた鎧騎士は、少女から距離をとると次の攻撃動作へ移行しようとしていた。
「……!」
対する少女も攻撃に備えるためか、はたまた攻撃の準備か自分の周りに魔方陣を展開していた。
双方から出る圧力のせいか、周りの空間が歪んでいるように見える。二人の激突まであと一秒以下。そんな時だった。
「待つんだァッ!」
その雰囲気をぶち壊すように一人の男が二人の間に割って入ってきた。誰あろう無苦朗だ。
「これ以上この女の子に手を出すのはやめるんだ! もしまだやろうと言うのなら――僕が相手になってやるッ!」
無苦朗は少女を背にすると、鎧騎士に向かってそう言い放った。
剣を持っている相手に恐怖を感じないと言えば嘘になるだろう。しかし今の無苦朗は少女を守ろうとする想いの方が恐怖よりずっと勝っていた。
「……!」
「⁉」
少女、鎧騎士ともにその突然の来訪者に驚く。あまりにもなタイミングだったからだ。あまりにも奇跡的であまりにも――悪いタイミングだった。
《魔皇烈光波》
《斬魔殺法・剣気飛ビ》
それぞれの魔方陣と剣からとてつもない熱量の何かが放射される。
無苦朗に知る術は無かったが、それは魔力と呼ばれるこの世界独特のエネルギーであり、攻撃に使われる際の威力はその使い手によって比例する。
少女、鎧騎士ともにお互い相手を狙って、もしくは迎撃するために撃ったのだろう。
しかし間の悪い事に無苦朗はその双方の攻撃がちょうど衝突する地点に入ってしまったのだ。
ドガァアンッ! と瞬く間にぶつかり合う強大な魔力と魔力。
「無粋な真似を……ッ!」
「……夢見の悪いことをしてくれるのお」
鎧騎士と少女がそれぞれ口を開く。一方は吐き出すように、一方は愚痴るように。
しかしお互いともすぐさま気持ちを切り替え、次の動作に移ろうする。
その時、二人はおかしな事に気づいた。普通であれば同程度の魔力がぶつかり合った際、相殺され消滅するものなのだが、放った魔力がいまだに消えていないのである。
「うおぉおおッ!」
雄叫びが辺りに響く。無苦朗の声だった。
なんと無苦朗は双方の魔力に挟まれたにも関わらず、それを耐えたのだ。否、耐えただけではなかった。
「……受け止めておるのか?」
少女が呟く。
そう、無苦朗はただ攻撃を食らったわけではなく、それぞれを左右の手で受け止めいたのだ。
「くぅぅ、ヤァッ!」
無苦朗が気合いを入れながら、自分の両腕に力を込めた。すると瞬く間に受け止められていた魔力の塊が跡形もなく消滅した。
「――ほう!」
「……」
その光景に、鎧騎士は感嘆の声を上げ、少女な訝しげな目を無苦朗へ向ける。
ハッハッと乱れた息を整える無苦朗。
これが三人の初めての邂逅であった。
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