異世界行ったら勇者と魔王が従者になった僕は平和に暮らしたい

ぎんぺい

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一章 はじまり

第四話 魔王を名乗る者

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「カーカッカッカッ! これは良い」

 鎧騎士が兜ごしに高々と笑う。ここで初めて無苦朗は鎧騎士の声をまともに聞いた。
 兜を被っているせいかくぐもっているが、発せられる言葉のひとつひとつはまるで刃物でも叩きつけるかのように無苦朗を威圧する。

「どんな下郎が迷い混んできたかと思ったが――強者つわものとあれば話しは別よッ!」

 鎧騎士はそう言い終わるか終わらないかで無苦朗めがけて飛びかかった。

「待ってください! まずは話し合いを!」
「問答、無用ォ!」

 鎧騎士に向かって啖呵を切ったのは無苦朗の方であるが、それはあくまで争いを止めようとして言ったこと。本心ではできれば穏便に事態を収めたかった。

「くッ!」

 しかし今まさに無苦朗へ向かって来るこの鎧騎士は、それを望んではないらしかった。
 鎧騎士が無苦朗へと迫る。
 ガキンッ! と硬いもの同士が打ち合わされる音と共に地響きが起こる。
 迎撃どころか避ける動作すら見せなかった無苦朗に、鎧騎士は実力をはかり間違えたかと思う。

「ハンッ、見誤ったか――ぬうッ⁉」

 しかし剣の切っ先をいざ見ると鎧騎士は驚きで呻いた。
 なんと仕留めたはずの無苦朗があろうことか己の剣を――片腕だけで止めていたのだ。
 バカな、と鎧騎士が思う。自身の振るう剣はそんじょそこらの剣とわけが違う。一度振るえば山をも斬ると言われているし実際斬った事もあるこの剣は、ある目的の為だけに鍛え上げられた『聖剣』と謳われる至極の逸品。
 いや違う、剣などさほど重要ではない。問題なのは自身の攻撃が防がれた、ましてや素手で止めるられるなど誰一人としていなかった。
 鎧騎士はショックを受けたのか無苦朗を見ながら呆然としている。
 しかしそれは無苦朗も同じであった。
 あ、危なかった。と無苦朗は額に冷や汗を流していた。どうして止められたのか無苦朗自身も分かっていない。なぜなら全く鎧騎士の姿を追えていなかったからだ。見えていたのはこちらに飛び込んで来たというところまで。
 無苦朗は剣がいつ振られたのかすら分かっていなかった。
 剣を防げたのはたまたま勝手に体が動いたと言うしかない。なんにせよ偶然だった。
 しかし防いだのもまた事実。これはチャンスなのではなかろうか。
 鎧騎士が追撃してこないこのうちに、無苦朗は少女へ逃げるよう促すべきだと考えた。

「……クックック」

 すると、無苦朗の背後から聞こえてくる笑い声。

「なるほどなるほど、そういう事か」

 おそらく少女のものだと思われるその声は、何か府に落ちたというような雰囲気だった。
 それに反応してかハッと思い出したかのように鎧騎士が行動を再開する。
 鎧騎士が剣を横凪ぎに振るう。
 もともと速さに差があるうえに集中を欠いていた無苦朗の反応は完全に遅れた。
 無苦朗は自分の首が断たれたように錯覚した。
 しかしそうはならなかった。

「うわっ!」

 誰かが急に無苦朗の体を後ろへ引っ張ったのだ。
 鎧騎士の剣が空を斬る。

「なぜ我だけでなく、アヤツまでがと不思議でならなかったが、クククッ、これで合点がいったぞ」

 引っ張られる感覚が無くなると無苦朗の隣にはいつの間にか少女がいた。
 この少女が助けてくれたのだろうか。

「ありがとう、キミのおかげで助かったよ」

 先程までの少女と鎧騎士のやり取りで、少女が不思議な力を使えるのを知っていた無苦朗は助けてくれた少女へ感謝を告げる。

「だけどここは危ない。ここは僕に任せてキミは早く逃げるんだ」
「ほう、我に逃げろと言うか」

 少女が笑顔を向け、無苦朗の頬を擦るように自分の手を当ててくる。その仕草はとても少女とは思えない妖艶さがあった。

「我に逃げろとはまったく、阿呆か傑物か狂人か、なんにせよ酔狂な男よの」

 少女はさらにもう片方の手も無苦朗の頬へと当てる。
 何を、と無苦朗が不思議に思っていると少女の顔が鼻先まで近づいてきた。
 そして次の瞬間、無苦朗に衝撃が走った。

「ンッ……」
「……⁉」

 無苦朗の唇に柔らかいものが押し当てられる。少女の小さな顔が遠退く。

「ククク、これがキスか……存外悪くはない。なあ――主殿よ」

 少女が自身の唇を指でなぞる。
 そこでやっと無苦朗は一瞬だったが、いま確かに少女の唇と自分の唇が重なっていたことを自覚した。

「キミは、何を」
「その様子では我のことを知らないと見える。よしよし、ならば名乗ろうではないか」

 思考が追いつかない無苦朗を置いて少女が一歩後ろへ下がる。そしてその場でクルリと自身を見せつけるように一回転すると、また無苦朗へと向き直る。

「我が名はヘレナ。ヘレナ・ヒュムネー・アートラ。人は我を『滅亡の魔王』と呼ぶ。いや……呼んでいた」

 自身を魔王と名乗る少女――ヘレナ・ヒュムネー・アートラ。

「これからよろしく頼むぞ。主殿」

 今の彼女からは先程までの妖艶さが無くなり、その顔には見かけ相応の可愛らしい微笑みが浮かべられていた。
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