異世界行ったら勇者と魔王が従者になった僕は平和に暮らしたい

ぎんぺい

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一章 はじまり

第五話 勇者と呼ばれる者

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 唇とはあんなに柔らかいものなのか――。
 にこやかに口の端を上げる少女――ヘレナを前に無苦朗は半ば放心していた。

「さて次は主殿のばんぞ。名を教えてもらえぬか?」

 無苦朗はハッと我にかえった。
 いけない。こんな小さな女の子に何を考えているんだ僕は。
 よしんば相手が同年代や歳上ならばともかく、目の前のヘレナはまだ小学校も卒業していなそうな娘だ。
 突然の事といえ何を呆けているんだ、と無苦朗は自分を恥ずかしく思った。
 パンッと一回、自身の頬を軽く叩く。
 無苦朗は改めてヘレナへしっかり目を向けた。

「僕の名前は無苦朗。鹿羽無苦朗って言うんだ」
「シカバムクローか。よぉくおぼえたぞ」

 若干アクセントがおかしいが、ヘレナは嬉しそうに無苦朗の名前を復唱する。
 初めて見たときとは違う可愛らしい雰囲気に、無苦朗もつい微笑ましく思ってしまう。

――ヒュウンッ!

 そこへ空気をぶった斬るように二人めがけて魔力の斬撃が飛んできた。
 あわや直撃――するところだったが即座にヘレナが魔方陣を張る。
 ズガァンという衝撃音。消滅する斬撃。

うぬ戦場いくさばで――否ッ!」

 無苦朗がホッとしたのもつかの間、轟くような声が辺りに響く。
 声の主は誰あろう、とんと存在を無視されていた鎧騎士である。

「この私を前にして、いったいナニを
 し て い る か ッ ッ !」

 吼えるような鎧騎士の一喝。表情は伺えないがその語気だけでそうとう怒っていることが分かった。
 しまったうっかり忘れていた。
 無苦朗は攻撃されてようやく自分の現状を思い出した。

「クククク、ナニをも何も主としもべが仲睦まじくしているだけなのだがの」
「笑止ッ!」

 高々と鎧騎士が剣を頭上へ持ち上げる。
 するとどうだ、掲げた剣が光だすとその剣身がどんどん上へと伸びていくではないか。
 で、でかい。
 無苦朗が眺めているとあっという間にその剣は、その剣先が見えなくなるまでに大きくなった。
 無苦朗は焦った。いくらなんでもあんなもので攻撃されたらひとたまりもない。

うぬを相手に出し惜しみしたのが悪かった。もはや手加減無用ッ!」
「なんだ、てっきり我はお主が起きたばかりで寝ぼけているのかと思おたぞ」

 だがしかし、そのバカでかい剣を前にしてヘレナは怯んでいなかった。それどころか逆に鎧騎士を煽るようなことを口にする。その彼女の周りにはいつの間にか多くの魔方陣が浮かんでおり、今もその数を増やしている。
 まずい――このままでは水が上から下に流れる如く、当然のように二人が激突することになるだろう。
 無苦朗はそう直感的に思った。

「待つんだ二人とも! そもそもどうして二人は争っているんだ⁉」

 無苦朗の当初の目的は鎧騎士の手からヘレナを守ること。それは今でも変わっていない。
 しかし、当のヘレナから自分も戦う気まんまんですという雰囲気を出されては、無苦朗が思った、少女が悪漢に襲われている、という判断が間違っているんじゃないかと疑わざるを得なかった。

「どうして争うか、だと? 戯けたことをッ!
 そんなもの、うぬの隣にいるその女が魔王であることに他ならんッッ!」

 魔王。無苦朗はこの単語に聞き覚えがあった。ゲームや漫画なんかでよく出てくるものだ。
 そう言えばヘレナも自身を魔王だなんて言っていたが――。
 無苦朗はヘレナへと顔を向ける。

「――その通り。先ほども言ったように我は魔王。対してアヤツは魔王に立ち向かう――孤高の勇者と言ったところよ」

 まさかと無苦朗は思ったが、よくよく考えてみればここは異世界。ヘレナたちの人知を超えた能力のことも考えると必ずしも嘘や冗談で言っているとは思えなかった。

「だからと言って争うことにはならないじゃないかッ!」

 この世界のことを無苦朗はまだ何も知らない。しかし。
 勇者だから魔王だから――少なくともそれだけの理由で戦わなければいけないなど、無苦朗にとっては到底、許容できるものではなかった。

「キミもッ」

 無苦朗はヘレナから目を離し鎧騎士の方へ顔を向けた。

「もし勇者であるからなんて理由で彼女と争っているのなら――」
「愚か者ッッ!」

 無苦朗の言葉を遮って鎧騎士が一喝する。

「そんなものだけで戦っているといつ誰が言った!  勇者などとは周りの戯れ言。ただ強者つわものと一戦交えたい。それこそが私の――」


  本 懐 なり !


 鎧騎士は胸を張って言い放つ。

「なっ……!」

 無苦朗は唖然とした。
 ただ戦いたい、まさか理由がそれだけだとは思ってもみなかったからだ。
 どうすればやめさせられるんだ、と無苦朗が思っていると。

「あいも変わらずいくさ狂いの馬鹿者よのお」

 ヘレナが呆れたように、しかしどこか楽しげにそう呟いた。

「……主殿、どうしても我々を戦わせたくないとお望みか?」

 ヘレナが無苦朗へと問う。

「もちろん」

 無苦朗は即座に首を縦にふった。

「ではアヤツを止めて来るが良い」

 無苦朗の答えを聞くとヘレナはいたずらっ子のようにニンマリと笑った。
 無苦朗の頭に疑問符が浮かぶ。彼女には鎧騎士を止める策があるのだろうか。

「それはどう――⁉」

 ヘレナに方法を聞こうとしたその瞬間。
 無苦朗は射出された。
 いや、その例えがあっているのかは分からないがとにかくとんでもない勢いで、おそらくヘレナによって飛ばされた。しかもこのままなら確実に、鎧騎士に当たる軌道でだ。 

「……ッ!」

 だが既に鎧騎士は剣を、あのとてつもなく長い剣を降り下ろしていた。

《斬魔殺法・千魔薙ギ》

 大きさなどまるで関係ないと言うような恐るべき速さで迫ってくる剣。
 このままだと無苦朗は鎧騎士に到達するより前に剣によって潰されてしまうだろう。

ガッッキン!

「⁉」

 すると突然、衝撃音と共に剣の動きが鈍くなる。

 ガキンガキンガキン!

 次々と鳴る衝撃音。
 その音の出所は――無苦朗には分からなかったが――剣を阻むために展開された魔方陣からだった。その魔方陣が次々と展開しては破壊され展開しては破壊されを繰り返していたのだ。
 止まりはしないが目に見えて遅くなった剣速。
 無苦朗が鎧騎士へとたどり着くには十分だった。

「しまッ⁉」

 ズドォンと音をたてて無苦朗と鎧騎士は正面から衝突した。そして折り重なるように倒れこむ二人。

「うわあああああ⁉」
「こっちきだぁあ⁉」

 そのせいか剣もあらぬ方向へと倒れていく。どこからか聞き覚えのある絶叫が聞こえた気がした。

「まったく、あの娘は……ッ、急に何をするんだ」

 無苦朗はいきなり自分を吹き飛ばしたヘレナへの愚痴を口走りながら、手をついて上体を起こす。
 すると手の平にゴツゴツとした感触が。もしかしなくてもそれは鎧騎士が着ているはずの鎧だった。
 無苦朗はゆっくり目線を上げていく。

「くッ! おのれいッ」

 そして鎧騎士と目が合った。と同時に目を見開いた。
 ぶつかったときに外れたのだろうか、鎧騎士は兜をかぶっていなかった。
 そしてそのせいであらわになった素顔はどうみても。
 無苦朗と同年代くらいの少女のものだった。しかも十人が十人とも美人と言うであろうほどの美貌のだ。

「まさか女の子だっ――⁉」

 鎧騎士の正体が分かり驚愕する無苦朗だったが、さらにとんでもない事態が起こった。
 誰かから頭を思いっきり後ろから押されたのだ。
 無苦朗の顔はそのままどんどんと鎧騎士の顔へと近づいていき。

「なッ――ンンッ⁉」

 そして隙間なく。

 完璧に。

 疑う余地なく。

 文句なしに。

 二人の唇が。

 見事に――。

 重なった。


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