5 / 26
一章 はじまり
第五話 勇者と呼ばれる者
しおりを挟む唇とはあんなに柔らかいものなのか――。
にこやかに口の端を上げる少女――ヘレナを前に無苦朗は半ば放心していた。
「さて次は主殿のばんぞ。名を教えてもらえぬか?」
無苦朗はハッと我にかえった。
いけない。こんな小さな女の子に何を考えているんだ僕は。
よしんば相手が同年代や歳上ならばともかく、目の前のヘレナはまだ小学校も卒業していなそうな娘だ。
突然の事といえ何を呆けているんだ、と無苦朗は自分を恥ずかしく思った。
パンッと一回、自身の頬を軽く叩く。
無苦朗は改めてヘレナへしっかり目を向けた。
「僕の名前は無苦朗。鹿羽無苦朗って言うんだ」
「シカバムクローか。よぉくおぼえたぞ」
若干アクセントがおかしいが、ヘレナは嬉しそうに無苦朗の名前を復唱する。
初めて見たときとは違う可愛らしい雰囲気に、無苦朗もつい微笑ましく思ってしまう。
――ヒュウンッ!
そこへ空気をぶった斬るように二人めがけて魔力の斬撃が飛んできた。
あわや直撃――するところだったが即座にヘレナが魔方陣を張る。
ズガァンという衝撃音。消滅する斬撃。
「汝ら戦場で――否ッ!」
無苦朗がホッとしたのもつかの間、轟くような声が辺りに響く。
声の主は誰あろう、とんと存在を無視されていた鎧騎士である。
「この私を前にして、いったいナニを
し て い る か ッ ッ !」
吼えるような鎧騎士の一喝。表情は伺えないがその語気だけでそうとう怒っていることが分かった。
しまったうっかり忘れていた。
無苦朗は攻撃されてようやく自分の現状を思い出した。
「クククク、ナニをも何も主としもべが仲睦まじくしているだけなのだがの」
「笑止ッ!」
高々と鎧騎士が剣を頭上へ持ち上げる。
するとどうだ、掲げた剣が光だすとその剣身がどんどん上へと伸びていくではないか。
で、でかい。
無苦朗が眺めているとあっという間にその剣は、その剣先が見えなくなるまでに大きくなった。
無苦朗は焦った。いくらなんでもあんなもので攻撃されたらひとたまりもない。
「汝を相手に出し惜しみしたのが悪かった。もはや手加減無用ッ!」
「なんだ、てっきり我はお主が起きたばかりで寝ぼけているのかと思おたぞ」
だがしかし、そのバカでかい剣を前にしてヘレナは怯んでいなかった。それどころか逆に鎧騎士を煽るようなことを口にする。その彼女の周りにはいつの間にか多くの魔方陣が浮かんでおり、今もその数を増やしている。
まずい――このままでは水が上から下に流れる如く、当然のように二人が激突することになるだろう。
無苦朗はそう直感的に思った。
「待つんだ二人とも! そもそもどうして二人は争っているんだ⁉」
無苦朗の当初の目的は鎧騎士の手からヘレナを守ること。それは今でも変わっていない。
しかし、当のヘレナから自分も戦う気まんまんですという雰囲気を出されては、無苦朗が思った、少女が悪漢に襲われている、という判断が間違っているんじゃないかと疑わざるを得なかった。
「どうして争うか、だと? 戯けたことをッ!
そんなもの、汝の隣にいるその女が魔王であることに他ならんッッ!」
魔王。無苦朗はこの単語に聞き覚えがあった。ゲームや漫画なんかでよく出てくるものだ。
そう言えばヘレナも自身を魔王だなんて言っていたが――。
無苦朗はヘレナへと顔を向ける。
「――その通り。先ほども言ったように我は魔王。対してアヤツは魔王に立ち向かう――孤高の勇者と言ったところよ」
まさかと無苦朗は思ったが、よくよく考えてみればここは異世界。ヘレナたちの人知を超えた能力のことも考えると必ずしも嘘や冗談で言っているとは思えなかった。
「だからと言って争うことにはならないじゃないかッ!」
この世界のことを無苦朗はまだ何も知らない。しかし。
勇者だから魔王だから――少なくともそれだけの理由で戦わなければいけないなど、無苦朗にとっては到底、許容できるものではなかった。
「キミもッ」
無苦朗はヘレナから目を離し鎧騎士の方へ顔を向けた。
「もし勇者であるからなんて理由で彼女と争っているのなら――」
「愚か者ッッ!」
無苦朗の言葉を遮って鎧騎士が一喝する。
「そんなものだけで戦っているといつ誰が言った! 勇者などとは周りの戯れ言。ただ強者と一戦交えたい。それこそが私の――」
本 懐 也 !
鎧騎士は胸を張って言い放つ。
「なっ……!」
無苦朗は唖然とした。
ただ戦いたい、まさか理由がそれだけだとは思ってもみなかったからだ。
どうすればやめさせられるんだ、と無苦朗が思っていると。
「あいも変わらず戦狂いの馬鹿者よのお」
ヘレナが呆れたように、しかしどこか楽しげにそう呟いた。
「……主殿、どうしても我々を戦わせたくないとお望みか?」
ヘレナが無苦朗へと問う。
「もちろん」
無苦朗は即座に首を縦にふった。
「ではアヤツを止めて来るが良い」
無苦朗の答えを聞くとヘレナはいたずらっ子のようにニンマリと笑った。
無苦朗の頭に疑問符が浮かぶ。彼女には鎧騎士を止める策があるのだろうか。
「それはどう――⁉」
ヘレナに方法を聞こうとしたその瞬間。
無苦朗は射出された。
いや、その例えがあっているのかは分からないがとにかくとんでもない勢いで、おそらくヘレナによって飛ばされた。しかもこのままなら確実に、鎧騎士に当たる軌道でだ。
「……ッ!」
だが既に鎧騎士は剣を、あのとてつもなく長い剣を降り下ろしていた。
《斬魔殺法・千魔薙ギ》
大きさなどまるで関係ないと言うような恐るべき速さで迫ってくる剣。
このままだと無苦朗は鎧騎士に到達するより前に剣によって潰されてしまうだろう。
ガッッキン!
「⁉」
すると突然、衝撃音と共に剣の動きが鈍くなる。
ガキンガキンガキン!
次々と鳴る衝撃音。
その音の出所は――無苦朗には分からなかったが――剣を阻むために展開された魔方陣からだった。その魔方陣が次々と展開しては破壊され展開しては破壊されを繰り返していたのだ。
止まりはしないが目に見えて遅くなった剣速。
無苦朗が鎧騎士へとたどり着くには十分だった。
「しまッ⁉」
ズドォンと音をたてて無苦朗と鎧騎士は正面から衝突した。そして折り重なるように倒れこむ二人。
「うわあああああ⁉」
「こっちきだぁあ⁉」
そのせいか剣もあらぬ方向へと倒れていく。どこからか聞き覚えのある絶叫が聞こえた気がした。
「まったく、あの娘は……ッ、急に何をするんだ」
無苦朗はいきなり自分を吹き飛ばしたヘレナへの愚痴を口走りながら、手をついて上体を起こす。
すると手の平にゴツゴツとした感触が。もしかしなくてもそれは鎧騎士が着ているはずの鎧だった。
無苦朗はゆっくり目線を上げていく。
「くッ! おのれいッ」
そして鎧騎士と目が合った。と同時に目を見開いた。
ぶつかったときに外れたのだろうか、鎧騎士は兜をかぶっていなかった。
そしてそのせいであらわになった素顔はどうみても。
無苦朗と同年代くらいの少女のものだった。しかも十人が十人とも美人と言うであろうほどの美貌のだ。
「まさか女の子だっ――⁉」
鎧騎士の正体が分かり驚愕する無苦朗だったが、さらにとんでもない事態が起こった。
誰かから頭を思いっきり後ろから押されたのだ。
無苦朗の顔はそのままどんどんと鎧騎士の顔へと近づいていき。
「なッ――ンンッ⁉」
そして隙間なく。
完璧に。
疑う余地なく。
文句なしに。
二人の唇が。
見事に――。
重なった。
0
あなたにおすすめの小説
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
追放される理由はよく分からなかった。
彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。
結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。
しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。
たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。
ケイトは彼らを失いたくなかった。
勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。
しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。
「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」
これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる