上 下
15 / 115
第1章 バルトロメオ

第15話

しおりを挟む
山羊小屋から十数頭の山羊を連れ、数百メートル先の牧草地まで足を伸ばす。
道の両脇は雑木林だ。

「ここまで来ると、本当に草と木しか見えないな」

バルトロメオが顎を持ち上げ、木々の向こうに見える高い空へ視線を向けた。

「手入れが行き届かなくて、この辺は雑草が生え放題ですからね。けど、山羊たちはそれぞれ好みがあるので、こういうのを好んで食べる子もいます。ほら、おいで?」

茂みの桑に夢中で集団から遅れている1頭を、ユァンが優しく呼んだ。
出産したばかりのユキとその子供たちは、今日は囲いの中で留守番している。

「そうだ、びわの木」

びわの木を見つけて枝を長めに折り取ると、バルトロメオが不思議そうに聞いてきた。

「それはどうするんだ?」
「ユキの好物なので、お土産に持って帰ります」
「お土産……」

不思議そうな顔のまま、オウム返しに繰り返される。

「帰りでもいいような気がするが」
「そう言われるとそうですが……ほら、山羊たちは好き勝手なところに行くので、帰りに同じ道を通れるかどうか」

最後尾の一頭を構っているうちに、先頭を行く数頭が道から外れ、茂みを突っ切ろうとしていた。

「仕方ない、ルート変更です」

取ったばかりのびわの枝で下草をよけながら、ユァンも茂みの中へ分け入る。
山羊たちはするすると茂みに入っていくが、人間の背丈だと、前から横から伸びる木の枝が邪魔だ。

(僕より大きいバルトさんはもっと歩きにくいよね?)

彼のためにも枝をぐいぐい押して道を広げて進んだけれど……。

ようやく広い場所に出て振り返って見ると、バルトロメオのドレッドヘアに銀色の糸が絡みついていた。

(く、蜘蛛くもの巣! バルトさんのかっこいい髪が!)

「ん、どうした?」
「ちょっとその、あの……」

自分のせいでこんなことになったのかと思うと、必要以上に焦ってしまう。

「ん?」
「あ、そのまま……」

バルトロメオが不思議そうに顔を近づけてきたので、屈んでもらい髪の蜘蛛の糸に手を伸ばした。

(この髪型は、一本一本を編んで作るのが大変そう。それに洗うのも大変かも?)

ドキドキしながら髪に触れ、慎重に蜘蛛の糸だけを取り去る。
ふと髪から顔に目線を落とすと、彼の方も緊張の面持ちだった。

「もう少しだけ待ってくださいね?」

彼の髪から取った蜘蛛の糸を自分の指に絡ませながら、他にもないか入念にチェックする。

(よし、大丈夫! 元通りのかっこいいバルトさんだ)

「もう大丈夫ですよ」

取った蜘蛛の糸を見せながら伝えると、彼はおもむろにその手に触れてきた。

「ありがとう、だが、この手は」

笑いながら彼は、ユァンの指についた蜘蛛の糸をこすり落とす。

(あ……)

指の太さも長さも全然違って、サイズが違うのは身長だけじゃないんだと驚いた。
ザラザラした指紋の手触りにも、彼の男っぽさを感じる。

(どうしよう、こんな……)

目の縁からびっしりと生えた黒いまつげに視線が行った。
その目はユァンの手元へ、真剣に注がれている。

「よし、オーケーだ」
「え……?」
「蜘蛛の巣、取れたぞ?」

手元に落とされていた目がこっちを向いて、近い距離で目が合った。

「……!」
「…………」

彼の目が微笑みの形に細められる。

「……ああっ、山羊、追いかけないと」

微笑み返すこともできずに、ユァンはバルトロメオから目を逸らした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】転生後も愛し愛される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:568pt お気に入り:859

異世界のんびり散歩旅

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,301pt お気に入り:745

美少年は男嫌い

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:56

『白薔薇』のマリオネット

BL / 連載中 24h.ポイント:156pt お気に入り:67

甘い婚約~王子様は婚約者を甘やかしたい~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:633pt お気に入り:387

腹黒上司が実は激甘だった件について。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:859pt お気に入り:139

僕はただの平民なのに、やたら敵視されています

BL / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:697

処理中です...