燃え盛る炎と涙の約束

千羽鶴

文字の大きさ
2 / 6
第一章 王宮の影と革命の囁き

第二夜

しおりを挟む
夜が深まるにつれ、宮廷の華やかな舞踏会から漏れる音楽が、王城の外へと薄れていった。その一方で、城の遠く離れた町外れでは、別の集まりが静かに熱を帯び始めていた。薄暗い倉庫の中、革命派のメンバーたちが集い、冷たい空気の中で声を潜めながら議論を交わしていた。

「もう限界だ。民衆は飢えている。王宮の連中は自分たちだけが贅沢を貪り、我々にはパン一切れも回してこない!」
粗野な男、アントン・グラントの声が木の梁に反響する。彼の隣では、革命派のリーダー、フェリックス・アラゴンが腕を組んで沈黙していた。鋭い目で集まった者たちを見回す彼の姿には、言葉を発さずとも圧倒的な存在感があった。

「暴動を起こすべきだ、フェリックス。」アントンは続ける。「すぐにだ。町の広場で武器を持って立ち上がれば、民衆は必ずついてくる。」

「短絡的だ。」冷静な声が割り込む。エミール・ドゥフォーだ。彼は机に置かれた粗末な地図を指差しながら言葉を続けた。「暴動は王党派に正当な弾圧の口実を与えるだけだ。計画も準備もなく動けば、全滅するのがオチだ。」

「計画だと?」アントンが顔をしかめる。「計画なんて悠長なことを言っていられる余裕はない。人々の怒りは最高潮だ。もう引き返せないんだ。」

倉庫に集まった他の者たちも口々に意見を述べ始める。その場は瞬く間に騒然となり、熱気がこもった。しかし、フェリックスはただ静かにその様子を見つめていた。

「……落ち着け。」彼がようやく口を開くと、全員が息を呑んだ。彼の低く穏やかな声には、不思議な説得力があった。

「アントンの言う通り、民衆の怒りは頂点に達している。だが、エミールも正しい。無計画な暴動は王宮に利用されるだけだ。」彼は机に置かれたランタンの光の中、全員を見据えた。「私たちの目標はただの反乱ではない。民衆が自分たちの力で未来を掴むことだ。そのためには、今は慎重に動くべき時だ。」

フェリックスの言葉に、場の空気が落ち着きを取り戻した。しかし、誰もが同意したわけではなかった。その日の集まりが終わる頃、マルゴ・ラフィットが彼の隣に寄り添い、皮肉げに微笑んだ。

「慎重に動くべき、ね。確かに綺麗な言葉だわ。」マルゴは細い指で革の手袋を脱ぎながら言った。「でも、現実はもっと汚いものよ。あの王宮の連中は、あなたの理想なんて微塵も気にしない。もっと手荒な手段を考えておくべきじゃない?」

「その手段のために君がいるんだろう、マルゴ。」フェリックスが軽く返すと、マルゴは肩をすくめた。

「ま、任せておきなさい。宮廷で手に入る情報はすべて集めておくわ。」

一方、宮廷の中では、革命派の活動が密かに話題に上り始めていた。王妃の間で行われた小さな会合では、アントワーヌ公爵と他の貴族たちが厳しい表情で話し合っていた。

「暴動の噂は事実ですか?」王妃が冷たい声で尋ねると、イザーク・ルヴェルが一歩前に出て答えた。

「はい、陛下。現在のところ、小規模な集会が行われているだけですが、彼らが動き出すのは時間の問題でしょう。」

「動き出す前に潰せ。」王妃が冷たく命じると、イザークは深々と頭を下げた。その背中を見ながら、アントワーヌ公爵は複雑な表情を浮かべた。彼もまた、エリザベートを守るために、この不穏な空気がどのような形で宮廷に影響を与えるのかを憂慮していた。

その夜、エリザベートは庭園を散歩していたクラリスに出会う。クラリスの顔には、どこか不安げな色が浮かんでいた。

「エリザベート、聞いた?」クラリスがそっと囁いた。「宮廷の外で暴動が起きるかもしれないって……。」

「暴動?」エリザベートは目を丸くした。「なぜそんなことが?」

「わからない。でも、人々は怒っている。パンもない、税金も払えない、そして宮廷は何もしてくれないって……。」クラリスの声は次第に震え始めた。「お父様も何か隠しているみたいなの。どうしたらいいの?」

エリザベートは何も答えられなかった。ただ、胸の奥に一つの想いが芽生え始めていた。彼女はまだ、この怒りの矛先がどこに向かうのかを知らなかった。けれど、既にその影響が自分たちの足元にまで迫っていることを感じ取っていた。

夜が更ける中、革命派の集会の熱気と宮廷内の不穏な空気が同時に高まり始めていた。エリザベートは、目に見えないその運命の流れが、自分をどこに導くのかを知る由もなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?

ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」 その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。 「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」

処理中です...