笑い方を忘れた令嬢

Blue

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竜のために

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 手にしていた資料をヒラヒラさせながら、ドマニとジルヴァーノの顔を見てニタリと笑う。
「とてもいい人物を見つけたよ。大らかで時に厳しく、年上過ぎず……それに彼女の家格と同じ伯爵位だ。ふふ、良縁じゃないか」
そう言った王太子が、ドマニとジルヴァーノの前に資料を差し出す。受け取ったドマニがざっと目を通すと「ああ、これは」と言いながら資料をジルヴァーノに渡した。
「なるほど……」
資料を見たジルヴァーノも、言葉少なくも淡々と頷いた。

資料に明記されていたのは、ピアの15歳程年上の伯爵だ。少しばかり肉は多めだが人当たりが良く、お金も持っている。とにかく女性が好きで正妻は持たず、5人前後の妾を屋敷に住まわせているらしい。平民から貴族まで多種多様の女性がいるという噂だ。そして少しばかり変わった趣味を持っているようで、彼の屋敷には趣味の道具がたくさんある部屋があるのだと専らの噂だ。
「ピア嬢の勝ち気な性格なら、伯爵の趣味に打ってつけなんじゃないかな?まあ、逆もあるらしいからそっちに耐えられるかは知らないけどね。あ、でも拒んでも拒んでも諦めない打たれ強さも持っているから大丈夫かも」
そう言ってケラケラ笑う王太子を、ドマニとジルヴァーノは溜息を吐きながら見ていたのだった。



ジルヴァーノは話終わると溜息を吐いた。無表情だ。彼の感情が読めない。そんな彼を見つめていたアリアンナの眉が下がった。
「仕方のない事とはいえ……ジルは大切な幼馴染であるピア様が、そのような方の奥方になる事を不憫だと思いませんか?」
妹の様に思っていた幼馴染が、不幸になるであろう結婚をするのだ。辛い気持ちになるのではないだろうかと心配になる。ところがジルヴァーノは大きく首を振った。
「いいえ。彼女はロワの事から始まって、何度も過ちを犯しました。その結果、アンナをあのような危険に巻き込む事になったのです。到底許せる気持ちにはなりません。私が甘やかしたばかりに……アンナ、本当に申し訳ありませんでした」
頭を下げるジルヴァーノと繋いでいた手に、もう片方の手を重ねる。
「そのように謝らないでください。ジルが謝る事ではありません。それに……」
アリアンナが言葉を詰まらせる。どうしたのかとジルヴァーノが俯いた彼女を覗き込めば、月明かりでもわかるくらい彼女の頬が染まっていた。そして、まるで独り言のようにボソリと呟いた。
「ピア様の事でジルが頭を下げるなんて……何だか面白くありません」
拗ねたような口調。ジルヴァーノの頭に、カァッと血が昇った。慌てて首を振り、雑念を捨てようとする。しかし、そんな彼を彼女は尚も煽る。
「……私の方が好きなのに」
会えない時間がそうさせたのか、今日のアリアンナはいつもとは違っていた。彼女の呟きをしっかり聞いてしまったジルヴァーノの頭の中で、とうとう何かが焼き切れた。

「アンナ……」
明らかにジルヴァーノの声音が変わった。ただ名を呼ばれただけなのに、アリアンナの身体が震える。ジルヴァーノの色気を含んだ低音が、切なさを滲ませた声音が、彼女の耳から熱となって身体中を侵食する。ジルヴァーノに再び抱きしめられる。
「アンナ……愛しています」
彼の銀の瞳が自ら光を放っているかのように輝いていた。瞳の光に魅入られたようにアリアンナの口が自然に開く。
「私も……愛しています」
言い終わった瞬間、更に力強く抱きしめられたアリアンナ。
『苦しい……でも。幸せ』
そう思ったのも束の間。ジルヴァーノの手がアリアンナの髪をかき分けるように耳元にスッと入って来た。その小さな刺激にピクリと肩が震えた途端、目の前が暗くなり口に柔らかな感触を覚えた。

『ジル……』
ジルヴァーノがもたらす甘い刺激に応えるように、アリアンナは瞳を閉じたのだった。


 数日後。身体の怠さもなくなり、すっかり元気になったアリアンナは、竜舎に向かった。ジルヴァーノは会議中で不在だったが、騎士たちには盛大に歓迎され、竜たちにもいつも以上に囲まれた。もみくちゃにされながら、順番に皆を撫でて行く。
「ロワ……会いたかった。私を助けに来てくれてありがとう」
最後に銀の竜の鼻先を撫でる。銀の竜は甘えるようにクルルと鳴いた。愛しい想いが込み上げたアリアンナは、銀の竜の鼻先にキスをした。そして銀の竜の足元に目をやる。
「そういえば、卵の様子はどう?」
いつものように淡く輝く卵は、以前見た時よりも少し大きくなっていた。
「ふふ、元気そうね。あと半年位かな?早くあなたに会いたいわ」
アリアンナが卵に話しかけると、まるで返事でもするように少しだけ輝きが強まったのだった。

『この子やこれから生まれてくる竜たちの為にも……』
ここ数日、アリアンナは考えていた事があった。卵を優しく撫でながら、実行に移す事を決意した。
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