笑い方を忘れた令嬢

Blue

文字の大きさ
70 / 71

姫神子の力

しおりを挟む
 近付いて来たのは、首の周りが少し白っぽい黒竜だった。アリアンナのすぐ目の前に黒竜の鼻先が来る。ジルヴァーノが咄嗟に剣に手を置いたが、銀の竜が視線で制止した。

竜はクンクンと彼女の匂いを嗅いでいる。ドキドキと心臓の早い鼓動を感じながらもアリアンナは一歩も引かず、黒竜のする事を大人しく受け入れていた。彼女の全身の匂いを嗅いだのではないかと思う程、黒竜は長い時間をかけて彼女の匂いを嗅いでいたがやがて、匂いを嗅ぐのをやめ彼女の頬に静かに鼻先を摺り寄せた。そこからは早かった。黒竜がアリアンナに擦り寄った途端、他の竜たちもワラワラと周辺に集まって来て、あっという間に彼女の姿は見えなくなってしまった。

『流石、竜の姫神子。皆に受け入れられたようだ』
ジルヴァーノが安堵の息を吐く。が、すぐに無表情になる。
「え?あの……待って、ちょっと……あっ、ん……」
首筋を鼻先で撫でられ、くすぐったさに、アリアンナの口から艶っぽい声が出てしまう。声を聞いたジルヴァーノはひたすら無表情を貫く。
「だから首はダメって……あん……くすぐったいから」
どうやら野生の竜たちは、スキンシップが激しいようだ。尚も漏れ聞こえる甘い吐息にジルヴァーノは手で顔を覆った。
『勘弁してくれ……』
項垂れながら、こめかみをピクピクさせているジルヴァーノを見て、バカにするようにフンと鼻息を漏らす銀の竜。

岩山の竜の住処が、あっという間に楽しそうな雰囲気に包まれた。

 最初に近寄って来た、首元が白っぽい竜の鼻先に乗せられたアリアンナは、森にやって来た。
「範囲は広くはないですが、思った以上に焼け落ちていますね」
待機していた竜騎士たちと合流して森に入ると、一人が周囲を見渡して言った。
他の者たちも痛ましい表情で辺りを見渡している。全てを焼き尽くす程の火力ではなかったようだが、火をつけられた周辺の木々は炭のようになり、葉も枝も焼け落ちていた。ひどい所は地面も真っ黒になっている。黒竜が悲しげにクウと鳴いた。その声を聞いたアリアンナの胸がツキンと痛む。
『竜たちが悲しんでいる……』
同調したからだろうか。背中がほんのりと温かみを帯びた。

「……やってみます」
今なら竜たちの力になれる気がすると感じたアリアンナがジルヴァーノを見つめると彼は大きく頷いて見せた。
「アンナなら大丈夫です。きっと出来ます」
「……はい」
ジルヴァーノの言葉に更に勇気をもらい、不安は消え凪いだ気持ちになる。
『ジルに言ってもらうと、不思議と出来るって思える』

皆から少しばかり距離を取り、改めて森の中を見る。姿は見えないが、竜以外にもたくさんの動物たちがいる気配を感じた。
『皆、きっと怖かったでしょうね』
もしかしたら、火事の犠牲になってしまった動物もいたのかもしれない。
「辛かったでしょうね……」
そう思ったアリアンナの青い瞳に涙が浮かんだ。

後ろを振り返ると、竜たちがアリアンナを見つめていた。銀の竜もアリアンナを見つめ金色の瞳をゆっくりと瞬きさせた。
『アンナなら出来る』
まるでそう言っているような優しい瞳に、アリアンナは軽く頷いた。

竜たちが見守る中、胸の前で手を組みひたすらに祈った。
『ここは竜たちの大切な住処なのです。それに……竜たちだけではなくたくさんの動物たちも住んでいます。だからどうかお願いです、元に戻ってください。皆が楽しく穏やかに過ごせる森に戻って』

すると、アリアンナの背中が淡く輝き出した。輝きは次第に強くなり、一瞬、目を開けていられない程の輝きを放ち、そしておさまった。

「あっ!」
一人の竜騎士が声を上げた。その声に反応したアリアンナが閉じていた目を開けると、彼女の目の前で、焼け落ちていたはずの木々が元に戻って行く。まるで時間が逆行しているかのように再生して行くのだ。焼け落ちた枝は消え、炭のようになっていた木も元通りになる。見れば焼けた全ての場所で同じような事が起こって、数分後には何事もなかったかのように、青々とした森が広がっていた。

竜たちは嬉しさを表すようにクルルルと謳い始め、気配しか感じられなかった動物たちが木の上を走り回り、鳥たちの囀りが森に響いた。竜騎士たちが手分けして燃えていた場所を確認しに行くと、やはり全てが元通りになっていた。
「良かった。成功したのね」
安堵の声を漏らした途端、アリアンナの足から力が抜けた。予想していたのか、いつの間にかすぐ傍に来ていたジルヴァーノが抱きかかえる。
「アンナ。竜の姫神子。お疲れさまでした」
「はい。元に戻って良かったです」
見つめ合った二人が微笑み合うと、いつものように割って入るかのように、鼻息が二人を襲う。
「ロワ、いい加減に」
いつものように銀の竜を諌めようとしたジルヴァーノの言葉は、最後まで続かなかった。

割って入ったのは銀の竜ではなく、首周りが白っぽい黒竜だったからだ。黒竜の向こうには、馬鹿にしたようにジルヴァーノを見ている銀の竜の姿があった。
「くそ、どいつもこいつも」
悪態をつくジルヴァーノに、アリアンナは笑ってしまうのだった。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

[完結]私を巻き込まないで下さい

シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。 魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。 でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。 その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。 ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。 え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。 平凡で普通の生活がしたいの。 私を巻き込まないで下さい! 恋愛要素は、中盤以降から出てきます 9月28日 本編完結 10月4日 番外編完結 長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

妹と人生を入れ替えました〜皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです〜

鈴宮(すずみや)
恋愛
「俺の妃になって欲しいんだ」  従兄弟として育ってきた憂炎(ゆうえん)からそんなことを打診された名家の令嬢である凛風(りんふぁ)。  実は憂炎は、嫉妬深い皇后の手から逃れるため、後宮から密かに連れ出された現皇帝の実子だった。  自由を愛する凛風にとって、堅苦しい後宮暮らしは到底受け入れられるものではない。けれど憂炎は「妃は凛風に」と頑なで、考えを曲げる様子はなかった。  そんな中、凛風は双子の妹である華凛と入れ替わることを思い付く。華凛はこの提案を快諾し、『凛風』として入内をすることに。  しかし、それから数日後、今度は『華凛(凛風)』に対して、憂炎の補佐として出仕するようお達しが。断りきれず、渋々出仕した華凛(凛風)。すると、憂炎は華凛(凛風)のことを溺愛し、籠妃のように扱い始める。  釈然としない想いを抱えつつ、自分の代わりに入内した華凛の元を訪れる凛風。そこで凛風は、憂炎が入内以降一度も、凛風(華凛)の元に一度も通っていないことを知る。 『だったら最初から『凛風』じゃなくて『華凛』を妃にすれば良かったのに』  憤る凛風に対し、華凛が「三日間だけ元の自分戻りたい」と訴える。妃の任を押し付けた負い目もあって、躊躇いつつも華凛の願いを聞き入れる凛風。しかし、そんな凛風のもとに憂炎が現れて――――。

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら
恋愛
 婚約相手のいない婚約式。  通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。  ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。  さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。  けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。 (まさかのやり直し……?)  先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。  ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】夫が私に魅了魔法をかけていたらしい

綺咲 潔
恋愛
公爵令嬢のエリーゼと公爵のラディリアスは2年前に結婚して以降、まるで絵に描いたように幸せな結婚生活を送っている。 そのはずなのだが……最近、何だかラディリアスの様子がおかしい。 気になったエリーゼがその原因を探ってみると、そこには女の影が――? そんな折、エリーゼはラディリアスに呼び出され、思いもよらぬ告白をされる。 「君が僕を好いてくれているのは、魅了魔法の効果だ。つまり……本当の君は僕のことを好きじゃない」   私が夫を愛するこの気持ちは偽り? それとも……。 *全17話で完結予定。

殿下、毒殺はお断りいたします

石里 唯
恋愛
公爵令嬢エリザベスは、王太子エドワードから幼いころから熱烈に求婚され続けているが、頑なに断り続けている。 彼女には、前世、心から愛した相手と結ばれ、毒殺された記憶があり、今生の目標は、ただ穏やかな結婚と人生を全うすることなのだ。 容姿端麗、文武両道、加えて王太子という立場で国中の令嬢たちの憧れであるエドワードと結婚するなどとんでもない選択なのだ。 彼女の拒絶を全く意に介しない王太子、彼女を溺愛し生涯手元に置くと公言する兄を振り切って彼女は人生の目標を達成できるのだろうか。 「小説家になろう」サイトで完結済みです。大まかな流れに変更はありません。 「小説家になろう」サイトで番外編を投稿しています。

【完結】 婚約破棄間近の婚約者が、記憶をなくしました

瀬里@SMARTOON8/31公開予定
恋愛
 その日、砂漠の国マレから留学に来ていた第13皇女バステトは、とうとうやらかしてしまった。  婚約者である王子ルークが好意を寄せているという子爵令嬢を、池に突き落とそうとしたのだ。  しかし、池には彼女をかばった王子が落ちることになってしまい、更に王子は、頭に怪我を負ってしまった。  ――そして、ケイリッヒ王国の第一王子にして王太子、国民に絶大な人気を誇る、朱金の髪と浅葱色の瞳を持つ美貌の王子ルークは、あろうことか記憶喪失になってしまったのである。(第一部)  ケイリッヒで王子ルークに甘やかされながら平穏な学生生活を送るバステト。  しかし、祖国マレではクーデターが起こり、バステトの周囲には争乱の嵐が吹き荒れようとしていた。  今、為すべき事は何か?バステトは、ルークは、それぞれの想いを胸に、嵐に立ち向かう!(第二部) 全33話+番外編です  小説家になろうで600ブックマーク、総合評価5000ptほどいただいた作品です。 拍子挿絵を描いてくださったのは、ゆゆの様です。 挿絵の拡大は、第8話にあります。 https://www.pixiv.net/users/30628019 https://skima.jp/profile?id=90999

病弱令嬢ですが愛されなくとも生き抜きます〜そう思ってたのに甘い日々?〜

白川
恋愛
病弱に生まれてきたことで数多くのことを諦めてきたアイリスは、無慈悲と噂される騎士イザークの元に政略結婚で嫁ぐこととなる。 たとえ私のことを愛してくださらなくても、この世に生まれたのだから生き抜くのよ────。 そう意気込んで嫁いだが、果たして本当のイザークは…? 傷ついた不器用な二人がすれ違いながらも恋をして、溺愛されるまでのお話。

処理中です...