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第1章 始まり
第3話ー① 好きなこと
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私の名前は神宮寺奏多。私は日本でトップクラスの財閥、神宮寺家の長女として生まれた。
裕福な家庭に生まれ、そして優しい両親に恵まれた私はとても幸せな日々を送っていた。
しかし私はある出来事をきっかけに、幸せな人生が大きく変化することになった……
目を開けると、いつもと同じ天井が見えた。
何度目を覚ましても、ここに来た事実は変わらないのだと私は毎朝思ってしまう。
「はあ。また今日が始まったのですね」
そして私は時計に目を向けると、時刻は5時30分になろうとしていた。
私は布団から出て、着替えるためにクローゼットから制服を取り出す。
今日もいつもと同じ。何もなく、つまらない一日が始まる。
そんなことを思いながら、私は無表情でその制服に着替えていく。
そして着替えを終えて、机の上に置いてあるバイオリンケースを手に持った私は、そのまま部屋を出た。
廊下を歩いていると、窓からうっすらと朝日が差し込むのが見えた。
これもいつもと同じ。何の変哲もない日常。
差し込む朝日に特別な感情を抱くこともなく、それを横目に私は歩みを進めた。
そして非常階段を上り、屋上に来た私は適当な場所にバイオリンケースを置くと、背中に朝焼けを浴びながら、そのケースを開く。
ケースからバイオリンと弓を取りだして、私はいつものようにバイオリンを構えた。
そしてゆっくりと右手の弓を動かし、音を奏でていく。
まだ誰も目覚めていない施設内に、私のバイオリンの音が響き渡っていた。
早朝の演奏はこの施設へ来てから、毎日欠かさずにやっていること。
それをやる理由は、私がバイオリンを弾いていないと、お父様とお母様が心配すると思うから。
それにまた二人の前で弾くときに、恥ずかしい演奏はできないし、二人にはこれからもずっと私の奏でる音を好きでいてほしいというのもある。
そして何より、私自身がバイオリンを好きだからなのかもしれない。
しかし私は、自分の能力のせいで好きなものを好きなだけできる権利を失っていた。
私は3歳の時にはじめてバイオリンに出会った。
音楽好きな両親が私を連れて行った演奏会で、私がとてもバイオリンに興味を示したそうだ。
そしてそんな私のために、両親は私にバイオリンを贈ってくれたのだった。
思えば、あの日から私は、無我夢中にバイオリンを弾いていたのかもしれない。
『楽しい』
ただそれだけの気持ちで、この頃の私はバイオリンに触れていた。
そしてそんな思いでバイオリンを弾けば弾くほど、私の腕は上達していった。
上達していくことはもちろん嬉しかったが、もっと嬉しかったのは、お父様とお母様が喜んでくれることだった。
「奏多は本当にバイオリンが上手ね。奏多の演奏を聴いているだけで幸せな気持ちになるわ」
「ああ、とても美しい音を奏でてくれる。もっとその音を聞かせておくれ」
両親のその言葉を聞きたかった私は毎日、飽きもせずに練習をしていた。
そして小学6年生の時、私は初めてバイオリンの発表会に出ることになる。
「奏多の演奏は人を幸せにするから、会場の方々にも同じ気持ちになってもらえたらいいですね」
「奏多のバイオリンの音は本当に素敵だね。お父さんは奏多のおかげで鼻が高いよ!」
それを聞いた私は、お父様とお母様は私に期待をしてくれているんだと嬉しく思った。
そして私は、神宮司家の娘としてこの期待に応えることは義務なんだと自分に言い聞かせる。
「お父様、お母様。私、神宮司家の一員として、恥じない演奏を致しますわ。どうか期待していてくださいね」
これまではお父様とお母様を喜ばせるための演奏だったけれど、今度の演奏会は、神宮司の娘としての私の器が試される。
私は多くの人たちからの期待に応えなくてはならない。
そしてそう思った私は、演奏会の当日まで血の滲むような練習を始めることにしたのだった。
学校に行く時間以外は、部屋に籠ってずっとバイオリンの練習をするようになり、時々お母様が心配そうな顔で私を見ていたけれど、私は「大丈夫」と作った笑顔で返していた。
そう言っていないと、私の気持ちが潰れそうになっていたから。
そして発表会の3日前のこと。
「違う!! 違う、違う違う!!! こんな出来なんかじゃダメなのに! なんで、出来ないのよ!!」
思うように練習が捗らず、私の苛立ちはピークに達していた。
「私は神宮司の娘なのよ! このままじゃ、お父様もお母様も笑われ者になってしまうわ! 私なんかのせいで、お父様とお母様に恥をかかせるわけにはいかないのよ!! もう一回!!」
そして私は感情のコントロールができないまま、無理な練習を続けた。
それが後に、自分の人生を大きく左右することと知らずに……。
やがて私は発表会当日を迎える。
私は家を出る直前まで練習を続けていた。
そして現状での自分が満足する出来になったと感じた。
やれることはすべてやった。あとは本番で、私のすべてが出せれば、きっと大丈夫……。
そう思いながら、私は母と共に車で会場に向かっていた。
しかし会場へ着くと、私は急に不安な気持ちで満たされる。
もっと練習したほうが良かったのでは……まだ不完全なところばかりなのに……これじゃ、お父様とお母様が笑いものに……。
そして不安そうな私の表情を見かねたのか、お母様は私に優しい笑顔で告げる。
「奏多、大丈夫よ。奏多がずっと頑張って練習してきたことを私はわかっているわ。いつも通りにみんなを幸せにする演奏をしたらいいのよ」
「はい……」
優しいお母様の言葉を聞いても、私の気分が晴れることはなかった。
うまくいかないかもしれない。
その思いが、ずっとついてくる。
それから私はお母様と別れ、控室へと向かった。
「うまくやらなくちゃ。私は神宮司家の娘なんだから……」
そう言いながら、私は控室まで歩いていた。
控室の前に着き、その扉を開けると、そこには同じ年ごろの少女たちがたくさんいた。
その少女たちは互いの衣装を見せ合い、楽しそうに笑っているようだった。
「見て見て! 今日の衣装、この日のためにってお母さんが用意してくれたの!」
「いいなあ。かわいい~」
「早くお父さんやお母さんに聞いてもらいたいね!」
「そうだね!!」
そこで聞こえるのは、ごく普通の小学生の会話だった。
―—お気楽でいいわね。
なんて皮肉めいたことを思ったと同時に、羨ましくも思った。
私も同じように思えたら、どんなに幸せだろうと。
でもこの時の私はそんなことを考える余裕なんてなかった……。
私が一番うまくなくちゃ。そうじゃないと、神宮司家の恥になってしまう。
そう思えば思うほど、心が押し潰されそうになる。
私の出番は後ろから2番目だったけれど、それまでの間は他の子の演奏を聞くわけでもなく、楽譜の確認をしながら、何度もイメージトレーニングを続けた。
「まだ……まだこんな精度じゃ……」
このままじゃダメ。このままじゃ、うまくいかない……。
私は何度譜面を確認しても、何度イメージトレーニングをしても、不安で不安でしょうがなかった。
「神宮司さん、出番ですよー!」
「……はい。」
そしてとうとう私の出番が来る。
係の人に連れられて、私は舞台袖に向かった。
袖から見る舞台の上はとても眩しく、そして恐ろしく思った。
もし、失敗したら?
そんな考えが頭をよぎる。
不安で身体が強張り、バイオリンを握る手に力が入る。
そして私はその気持ちを抱いたまま舞台に立った。
舞台に立った私に大きな拍手が送られる。
うまくやらなくちゃ……。私は神宮寺の娘なんだから。
そう思った時、さっきまで聞こえていたはずのその音は、なぜか急に聞えなくなった。
あ、れ……なんで何も聞えないの……それに、頭の中も真っ白で……。
バイオリンってどうやって弾くんだっけ……?
わからない……わからない。
私は何もできずに、ただその場所に立ち尽くしていた。
そして聞こえてくる笑い声。
「もしかして、緊張してる?」
「まあ初めてじゃ、仕方ないわよね」
クスクスクス……
「あの子って確か、あの神宮寺家の……」
その言葉を聞いたとき、私は顔を上げた。
すると、客席にいるお母様の不安そうな顔が目に入ってしまった。
何か弾かなきゃ……何か!
そして私はバイオリンを構え、バイオリンの弓で弦を弾く。すると……
「きゃああああああ!」
会場から、女性の悲鳴が聞こえた。
声をした方へ私は目を向けると、女性が腕から血を流していた。
会場は大騒ぎになり、観客は逃げ惑っていた。
「何……?」
その時の私は何が起こったのか、全くわからなかった。
なんであの人、怪我をしているの……?
どうしてそんなに私のことを恐ろしいものでも見るような目で、見ているの?
私はただその場で立ち尽くすことしかできなかった。
そしてそのまま演奏会は中止になった。
裕福な家庭に生まれ、そして優しい両親に恵まれた私はとても幸せな日々を送っていた。
しかし私はある出来事をきっかけに、幸せな人生が大きく変化することになった……
目を開けると、いつもと同じ天井が見えた。
何度目を覚ましても、ここに来た事実は変わらないのだと私は毎朝思ってしまう。
「はあ。また今日が始まったのですね」
そして私は時計に目を向けると、時刻は5時30分になろうとしていた。
私は布団から出て、着替えるためにクローゼットから制服を取り出す。
今日もいつもと同じ。何もなく、つまらない一日が始まる。
そんなことを思いながら、私は無表情でその制服に着替えていく。
そして着替えを終えて、机の上に置いてあるバイオリンケースを手に持った私は、そのまま部屋を出た。
廊下を歩いていると、窓からうっすらと朝日が差し込むのが見えた。
これもいつもと同じ。何の変哲もない日常。
差し込む朝日に特別な感情を抱くこともなく、それを横目に私は歩みを進めた。
そして非常階段を上り、屋上に来た私は適当な場所にバイオリンケースを置くと、背中に朝焼けを浴びながら、そのケースを開く。
ケースからバイオリンと弓を取りだして、私はいつものようにバイオリンを構えた。
そしてゆっくりと右手の弓を動かし、音を奏でていく。
まだ誰も目覚めていない施設内に、私のバイオリンの音が響き渡っていた。
早朝の演奏はこの施設へ来てから、毎日欠かさずにやっていること。
それをやる理由は、私がバイオリンを弾いていないと、お父様とお母様が心配すると思うから。
それにまた二人の前で弾くときに、恥ずかしい演奏はできないし、二人にはこれからもずっと私の奏でる音を好きでいてほしいというのもある。
そして何より、私自身がバイオリンを好きだからなのかもしれない。
しかし私は、自分の能力のせいで好きなものを好きなだけできる権利を失っていた。
私は3歳の時にはじめてバイオリンに出会った。
音楽好きな両親が私を連れて行った演奏会で、私がとてもバイオリンに興味を示したそうだ。
そしてそんな私のために、両親は私にバイオリンを贈ってくれたのだった。
思えば、あの日から私は、無我夢中にバイオリンを弾いていたのかもしれない。
『楽しい』
ただそれだけの気持ちで、この頃の私はバイオリンに触れていた。
そしてそんな思いでバイオリンを弾けば弾くほど、私の腕は上達していった。
上達していくことはもちろん嬉しかったが、もっと嬉しかったのは、お父様とお母様が喜んでくれることだった。
「奏多は本当にバイオリンが上手ね。奏多の演奏を聴いているだけで幸せな気持ちになるわ」
「ああ、とても美しい音を奏でてくれる。もっとその音を聞かせておくれ」
両親のその言葉を聞きたかった私は毎日、飽きもせずに練習をしていた。
そして小学6年生の時、私は初めてバイオリンの発表会に出ることになる。
「奏多の演奏は人を幸せにするから、会場の方々にも同じ気持ちになってもらえたらいいですね」
「奏多のバイオリンの音は本当に素敵だね。お父さんは奏多のおかげで鼻が高いよ!」
それを聞いた私は、お父様とお母様は私に期待をしてくれているんだと嬉しく思った。
そして私は、神宮司家の娘としてこの期待に応えることは義務なんだと自分に言い聞かせる。
「お父様、お母様。私、神宮司家の一員として、恥じない演奏を致しますわ。どうか期待していてくださいね」
これまではお父様とお母様を喜ばせるための演奏だったけれど、今度の演奏会は、神宮司の娘としての私の器が試される。
私は多くの人たちからの期待に応えなくてはならない。
そしてそう思った私は、演奏会の当日まで血の滲むような練習を始めることにしたのだった。
学校に行く時間以外は、部屋に籠ってずっとバイオリンの練習をするようになり、時々お母様が心配そうな顔で私を見ていたけれど、私は「大丈夫」と作った笑顔で返していた。
そう言っていないと、私の気持ちが潰れそうになっていたから。
そして発表会の3日前のこと。
「違う!! 違う、違う違う!!! こんな出来なんかじゃダメなのに! なんで、出来ないのよ!!」
思うように練習が捗らず、私の苛立ちはピークに達していた。
「私は神宮司の娘なのよ! このままじゃ、お父様もお母様も笑われ者になってしまうわ! 私なんかのせいで、お父様とお母様に恥をかかせるわけにはいかないのよ!! もう一回!!」
そして私は感情のコントロールができないまま、無理な練習を続けた。
それが後に、自分の人生を大きく左右することと知らずに……。
やがて私は発表会当日を迎える。
私は家を出る直前まで練習を続けていた。
そして現状での自分が満足する出来になったと感じた。
やれることはすべてやった。あとは本番で、私のすべてが出せれば、きっと大丈夫……。
そう思いながら、私は母と共に車で会場に向かっていた。
しかし会場へ着くと、私は急に不安な気持ちで満たされる。
もっと練習したほうが良かったのでは……まだ不完全なところばかりなのに……これじゃ、お父様とお母様が笑いものに……。
そして不安そうな私の表情を見かねたのか、お母様は私に優しい笑顔で告げる。
「奏多、大丈夫よ。奏多がずっと頑張って練習してきたことを私はわかっているわ。いつも通りにみんなを幸せにする演奏をしたらいいのよ」
「はい……」
優しいお母様の言葉を聞いても、私の気分が晴れることはなかった。
うまくいかないかもしれない。
その思いが、ずっとついてくる。
それから私はお母様と別れ、控室へと向かった。
「うまくやらなくちゃ。私は神宮司家の娘なんだから……」
そう言いながら、私は控室まで歩いていた。
控室の前に着き、その扉を開けると、そこには同じ年ごろの少女たちがたくさんいた。
その少女たちは互いの衣装を見せ合い、楽しそうに笑っているようだった。
「見て見て! 今日の衣装、この日のためにってお母さんが用意してくれたの!」
「いいなあ。かわいい~」
「早くお父さんやお母さんに聞いてもらいたいね!」
「そうだね!!」
そこで聞こえるのは、ごく普通の小学生の会話だった。
―—お気楽でいいわね。
なんて皮肉めいたことを思ったと同時に、羨ましくも思った。
私も同じように思えたら、どんなに幸せだろうと。
でもこの時の私はそんなことを考える余裕なんてなかった……。
私が一番うまくなくちゃ。そうじゃないと、神宮司家の恥になってしまう。
そう思えば思うほど、心が押し潰されそうになる。
私の出番は後ろから2番目だったけれど、それまでの間は他の子の演奏を聞くわけでもなく、楽譜の確認をしながら、何度もイメージトレーニングを続けた。
「まだ……まだこんな精度じゃ……」
このままじゃダメ。このままじゃ、うまくいかない……。
私は何度譜面を確認しても、何度イメージトレーニングをしても、不安で不安でしょうがなかった。
「神宮司さん、出番ですよー!」
「……はい。」
そしてとうとう私の出番が来る。
係の人に連れられて、私は舞台袖に向かった。
袖から見る舞台の上はとても眩しく、そして恐ろしく思った。
もし、失敗したら?
そんな考えが頭をよぎる。
不安で身体が強張り、バイオリンを握る手に力が入る。
そして私はその気持ちを抱いたまま舞台に立った。
舞台に立った私に大きな拍手が送られる。
うまくやらなくちゃ……。私は神宮寺の娘なんだから。
そう思った時、さっきまで聞こえていたはずのその音は、なぜか急に聞えなくなった。
あ、れ……なんで何も聞えないの……それに、頭の中も真っ白で……。
バイオリンってどうやって弾くんだっけ……?
わからない……わからない。
私は何もできずに、ただその場所に立ち尽くしていた。
そして聞こえてくる笑い声。
「もしかして、緊張してる?」
「まあ初めてじゃ、仕方ないわよね」
クスクスクス……
「あの子って確か、あの神宮寺家の……」
その言葉を聞いたとき、私は顔を上げた。
すると、客席にいるお母様の不安そうな顔が目に入ってしまった。
何か弾かなきゃ……何か!
そして私はバイオリンを構え、バイオリンの弓で弦を弾く。すると……
「きゃああああああ!」
会場から、女性の悲鳴が聞こえた。
声をした方へ私は目を向けると、女性が腕から血を流していた。
会場は大騒ぎになり、観客は逃げ惑っていた。
「何……?」
その時の私は何が起こったのか、全くわからなかった。
なんであの人、怪我をしているの……?
どうしてそんなに私のことを恐ろしいものでも見るような目で、見ているの?
私はただその場で立ち尽くすことしかできなかった。
そしてそのまま演奏会は中止になった。
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