白雪姫症候群-スノーホワイト・シンドロームー

しらす丼

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第1章 始まり

第6話ー③ 信じることの難しさ

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 8年前のこと。私と兄のキリヤはS級クラスの子供が収容される保護施設にやってきた。施設はつい最近、建物の補修工事を終えたようで、その外観はとてもきれいだった。

 私とキリヤは兄妹揃って危険度S級クラスと診断されて、それを初めて知った時の私はすごくショックを受けたけど、でもキリヤが一緒だってことがわかった私は、一人じゃないならきっと大丈夫だと思ったのだった。

 そして私は、父との一件で男子生徒に近づくことが怖くなってしまっていた。私のせいでまた誰かが傷ついたら、どうしようとそう思っていたから。

 しかし一応は異性に近づかなければ能力が発動することはなかった為、男子生徒との距離を適度に保ちつつ、私は施設でそれなりに楽しく過ごしていた。

 そして私たちが施設に来て、同じくらいの時期に新しい先生がやってきた。その先生は太陽のように優しい笑顔で、S級の私たちと普通に接してくれる人だった。

 私はその先生を本当の母のように慕い、とても懐いていたと思う。

 そしてキリヤもそんな先生には心を許したのか、自分のことを何でも話しているようだった。

 自分がS級だって知った時は、確かにショックだったけれど、それでもここでの生活を送るうちに、私はS級でよかったのかもしれないと思うようになっていた。

 —―しかしそんな平和な日常はあっけなく壊れてしまう。

 ある日のこと、私がクラスの男の子にいじめられていて、それを目撃したキリヤはひどく怒っていた。

「キリヤ、もういいから! もうやめてよ!! 私ならもう平気だから!!」

 私がどれだけ泣き叫んでも、キリヤに声は届かず……

 それを聞きつけた先生は飛んできて、キリヤをなだめようとしていた。

「キリヤ君、もうやめよう。この子も反省してる。だから!」
「うるさい!!」

 キリヤは手から氷の刃を生成して、先生目掛けてその刃を飛ばした。

 そして勢いよく飛んだその刃は、先生の左肩に刺さる。

「うぅ……」

 先生は右手でその肩をおさえてうずくまる。

 先生の方に目を向けると、その肩から出血しているのが見えた。

 そしてそんな先生の姿を見たキリヤは気が動転していて、その場にただ立ち尽くしているようだった。

「先生!!」

 私はうずくまる先生に駆け寄り、その顔を覗き込む。

 悲痛な表情をする先生に、いつもの太陽のような優しい笑顔はなかった。

 そして私の声にはっとしたキリヤも、慌てて先生に駆け寄った。

「せ、先生……! 僕……」

 キリヤは先生に触れようと手を伸ばすと、先生はその手を払った。

「え……」

 手を払われたことに驚き隠せないキリヤ。

「私だって、こんなこと好きでしているわけじゃないのよ……それなのに、なんでこんな目に合わなくちゃいけないの……。私が何をしたっていうのよ……」

 そしてキリヤを見る先生はとても怯えていた。それはまるで化け物でも見るかのような目だった。

「あ、ぼ、僕……」

 そんな先生の目を見たキリヤはひどくショックを受けたのか、その場から逃げるように走り去った。

「キ、キリヤ!! どこ行くの!?」

 そしてキリヤはそのままどこかへ行ってしまった。

 しばらくして他の先生が騒ぎを聞きつけてやってきた。

「救急車だ! 救急車を呼べ!!」
「こりゃ、ひどいぞ……よくもまあ、こんなひどいことを……」
「おいおい……このままじゃ、俺たちも殺されるんじゃないか……」

 大人たちはそんなことを言いながら、ケガをした先生の介抱をしていた。

 私は何も言えず、その場で黙って見ていることしかできなかった。

 その後、キリヤの能力で怪我をした先生は病院へ搬送され、そのまま施設の教師を辞めてしまった。



「キリヤ、そろそろ出てきて……」

 私はキリヤの部屋の前にいた。

 あの日から、キリヤはずっと部屋に籠りきりだ。

 それは無理もない。だって信じていた人から向けられたあの言葉と恐怖の瞳……。きっとキリヤはひどくショックを受けたと思う。

 親の裏切りの後に、やっと見つけたオアシスだったはずなのに、こんな形で終わってしまうなんて。

「ごめんね、キリヤ。また私のせいで……」

 扉越しにキリヤへそう伝えるマリア。そしてキリヤは答える。

「大人なんて信用できない。僕にはマリアだけが居ればいい」

 それからのキリヤは変わった。

 部屋から出てくるようになったが、施設にいる大人に対して、ひどい行為をすることになった。

「なあキリヤ。さすがにやりすぎなんじゃ……」

 剛とキリヤの前には、気絶する男性教師。

 頭には氷の粒が乗っていた。

「何言ってるの、剛。こんなのまだ優しいほうだよ。それに大人は何を考えているかわからない。いつ牙をむくかわからないんだ。だったら、そうなる前に可能性は潰しておかないとね」

 そしてキリヤは氷を生成して、その氷で男性教師の頭を殴る。

 その様子を静かに怯えながら、見つめる剛。

 男性教師を殴るキリヤの目は、温もりのない冷え切った目をしていた。



 そして大人たちへの暴力行為を始めたころから、キリヤは誰の前でも笑わなくなった。いつも作り笑顔で、目の奥は全く笑っていない。

 そしてそんなキリヤを怖がり、生徒や教師たちは誰もキリヤに反抗しなくなった。

 そんなキリヤの心の氷は溶けるどころか、年を増すごとに凍り付いていっているようだった。

 誰もキリヤの心の氷を溶かせない。妹である私でさえ……。

 私はそんなキリヤを見るたび、罪悪感が増していく。

 ……私の能力さえ目覚めなければ、キリヤの心がこんなに冷え切ってしまうことなんてなかったのに。

 私はいつもそう考えるようになった。

 そして何もできない私は、いつかキリヤの心の氷を溶かしてくれる存在が現れることを信じて待つことにした。

 きっとキリヤは昔のように温かい心を取り戻せると私は信じていたから。

 どんなに心が冷え切っていても、きっとまだキリヤの心は完全に凍ってはいない。まだ心のどこかに温もりが残っているはず……だからキリヤが温かい心を取り戻すその日まで、私はキリヤのそばにいようと誓った。

 私がキリヤにできるのはそれくらしかないから……。



「これがこの施設に来てから、私達に起きた出来事」

 俺はマリアからキリヤの過去を聞き、悲痛な思いだった。

 キリヤは何度も大人に裏切られて、心が冷え切ってしまっている。そんなキリヤを誰も救えず、今もキリヤの心は冷え続けているんだ。このままでは、近いうちに完全に凍り付き、元には戻れなくなる……。

 そしてキリヤを近くで見ているマリアもとても苦しいだろう。どれだけ兄のことを思っても、マリアは冷え切った兄の心を温めることもできなければ、暴力行為を止めることもできないのだから。

 マリアができないのなら、誰がやる……? そんなもの決まっている……俺だ!

「マリア、俺は……」

 俺の思いをマリアに伝えようとした時、マリアが口を開く。

「先生。先生がキリヤの冷え切った心を救ってほしい! 先生なら、きっとできる!!」

 マリアのこの言葉を聞き、俺は覚悟が決まったのかもしれない……。

「ああ。もちろんだ。俺はお前たちの担任だからな! 俺が必ずキリヤの心を救ってやる!!」

 それを聞いたマリアは、俺の言葉に安心して、引きつっていた表情が緩み、微笑んだ。

 マリアのその微笑んだ顔はとても純粋で可愛らしかった。キリヤもそうだが、やはり桑島兄妹は顔が整っていて、美形の家系なんだなとしみじみ思った。

 そして俺は勇気を出して話してくれたマリアに笑顔で応える。

「頑張って話してくれてありがとな、マリア!」
「ううん。先生だったから、ここまで話せた。ありがとう」
「おう」

そして俺たちはお互いの顔を見て、微笑んだ。

「そうだ! せっかく来たんだから、お茶でも飲んでいくか? 食堂ほどじゃないけど、ここにもちょっとだけ飲み物があるから」
「ありがとう、先生。じゃあ私も手伝う。相談乗ってもらったから」

 俺を手伝おうと立ち上がったマリアは足がもつれて躓いてしまう。

 とっさのことだったので、俺は転びそうになるマリアを胸で受け止めた。

 そしてちょうどその時、マリアを探していたキリヤが職員室の目を通りかかる。

 とんでもなく、最悪のタイミングだ……。
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