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第1章 始まり

第6話ー④ 信じることの難しさ

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 俺の胸に顔をうずめるマリアを見たキリヤは、すごい形相で職員室に入ってきた。

「ねえ? 何してんの?」
「キ、キリヤ!? これは誤解! 私が躓いて……」

 そしてキリヤはマリアの腕を掴んで、俺から距離を取る。

「えっと……」
「結局あんたも他の男と同じなんだな。マリアに近づくときだけ、無効化を使わないようにでもしてるのか? もしかしたら、あんたは違うかもって思っていたのに……やっぱり大人なんか信じられないよ!」

 声を荒げるキリヤ。

「ちょ、キリヤ! 痛い! 腕!!」

 そして声とともにマリアを掴む腕が強くなるキリヤ。

「マリアは黙ってて! こんな奴といたら、またマリアが不幸になるだろ!!」
「……そんなことない! 私は先生と一緒にいて、不幸なんかじゃ!!」
「いや、マリアは騙されてる! それにみんなもそうだ!! こいつは政府から派遣された犬なんだよ! 僕たちを利用するために何か企んでいるに決まっているだろう!!」
「先生は違うよ!!」

 そう言いながら、キリヤの手を振り払うマリア。

 マリアのその行動にキリヤは驚きを隠せないようだった。

 そしてマリアはそのまま俺の後ろに隠れる。

「先生は、暁先生は信じられるもん! 今までの先生と違って、私たちのことを本気で分かろうとしてくれている! それに本気で私たちを救いたいって思ってくれているんだから!」

 キリヤは拳を握りしめてから、鋭い視線を俺に向けた。

「……マリアを洗脳して満足か? マリアはこんなこと言う子じゃなかったんだ! マリアは僕の手を振り払ったりしない!! ずっと僕の後ろに隠れて、僕が守らなくちゃいけないようなか弱い妹なんだ!! 僕のことを信じてずっと着いてきてくれていたのに!! お前のせいで、マリアまでおかしくなった!!」

 ものすごい剣幕でキリヤは俺にそう告げる。

 俺はその言葉に込められた想いの強さに怯み、何も言い返せなかった。

「私は、おかしくなんかない! おかしいのはキリヤだよ!! 私はずっと、ずっとキリヤと一緒にいるのが苦しかった……。隠れているだけで何もできなくて、キリヤばっかり辛い思いをしているのをずっと後ろで見てきて……」

 マリアは顔を歪めながらも、キリヤに自分の想いを伝えようとしていた。

「そんなキリヤを見ていると、キリヤが不幸なのはお前のせいだって責められているように感じてた。だからそんなのはもう嫌なの! 私はもうキリヤの後ろにいるだけのお飾りの妹なんかじゃないんだよ!!」

 そしてマリアは目に涙を浮かべつつ、まっすぐな瞳でキリヤにそう告げた。

 その容赦ない言葉は、キリヤへの嫌悪感ではなく、マリアからの精一杯の愛情なんだと俺は思った。

 マリアはキリヤにきつい言葉を言いつつも、きっとキリヤのことを大事な兄と思っていることに変わりはないのだろう。

 俺はマリアのこの思いが、キリヤに届くことを願った。

 しかし……長年冷え続けていた心はそう簡単に元に戻ることはずもなく。キリヤは今もまだ過去に捕らわれ、その心は冷えたままだったのだ。

「僕が、マリアを苦しめていたのか……? 僕が……。違う。違う違う違う! 僕はマリアのことを思って! それで!!」

 キリヤは取り乱し、頭を押さえる。そして目の前のマリアと目が合った。

 キリヤがその時に見たマリアは、今までのマリアとは違う決意を持ったとても強い眼差しをしていた。

 その瞳を見たキリヤは激しく動揺した。

「僕は……僕は!!」

 そしてキリヤの力が爆発し、職員室が凍り付く。

「キリヤ、落ち着け! 帰ってこられなくなるぞ!」

 能力が暴走をすれば、心の破壊が始まる。心が完全に壊れたら、もう修復は不可能だ……

 そうなる前に、キリヤの暴走を止めないと!

 キリヤは両手で氷の刃を生成し、容赦なく俺たちに向かって飛ばしてくる。

 俺は無効化の力で、その刃を消していく。

「キリヤ……」

 マリアは俺の後ろに隠れながら、キリヤの無事を祈っているようだった。

「マリア、大丈夫。キリヤは必ず元に戻すから!!」

 マリアは小さく頷き、俺の服の裾をキュッと掴んだ。 

 しかし……このままマリアを守りながら、キリヤの氷を防ぎ続けるのはさすがにきついな。それに室内だと、他の生徒たちにも危害が……。

 不安になるな! とりあえず隙を見て、外に出ることを考えろ!!

「先生……」

 心配そうな顔でマリアは俺を見る。

「大丈夫だ。任せておけって!」

 俺はそう言って、マリアに微笑む。

 そして俺たちはキリヤの攻撃が止んだ一瞬の隙を見て、窓から外へ飛び出した。

「マリア、俺とは反対方向に走れ! なるべく遠くに! 俺がキリヤを引き付ける!!」
「え、でも……わかった。先生を信じる!」

 マリアは俺の作戦にはじめは心配そうな表情を見せたが、俺の気持ちを汲んでくれたようで、言われたとおりに俺とは反対方向へ走っていく。

 そして狙い通り、キリヤは俺を追ってくる。

 施設の建物からある程度距離を取ったところで、俺は足を止めた。

「よし、ここなら思う存分できるぞ」

 届くかどうかはわからないが、俺はダメ元でキリヤの説得を試みる。

「聞いたぞ、キリヤ。昔この施設にいた先生に裏切られたことがきっかけに教師いじめをするようになったらしいな。そんなに裏切られたことが悲しかったのか?」

 それを聞いたキリヤは氷の刃を手に俺へ向かってくる。

「あんたに何がわかる! 裏切られた僕の気持ちを!! 僕はただ信じたかっただけなんだ! それなのに……。大人は簡単に僕たちを裏切る!」

 キリヤは怒りと悲しみの混ざった声で、俺にそう告げた。

 そうか。本当はキリヤも信じたいって思っているんだな。でも今までのことがあって、キリヤは人を信じることが怖くなったのか……

「マリアも僕を信じてくれていると思っていたのに!! でもマリアも僕を裏切った!! もう僕は誰も信じるもんか!」


 キリヤの攻撃をよけながら、俺はキリヤに告げる。


「マリアはキリヤを裏切ってなんかいない。昔のキリヤに戻ってほしいだけなんだよ。そしてキリヤに幸せになってほしいって誰よりも思っているんだ!」

「じゃあなんで、あんなことを! マリアは苦しかったって!!」

「マリアは、キリヤが自分と一緒にいると、不幸になってしまうことが苦しいだけなんだよ! お前を大事に思うからこそ、マリアは苦しかったんだ! どんなに変わってしまっても、マリアは今でもちゃんとお前のことを信じているんだよ!!」

「……嘘だ! そんなのはお前の作り話だ! マリアは僕を裏切った! あの父親と先生みたいに!!」

「嘘じゃない。それにみんなお前のことを気にかけている。剛も結衣も、奏多だって!!」

「違う、みんな僕を怖がってる! 僕を人として見ていない! 僕は化け物だから!」

「奏多が言っていたぞ。心が凍り付いていくキリヤを見ているのは辛いって。大切な仲間で家族だから、もっと何かをしてあげたいのに、何もしてあげられない自分が悔しいって!!」


 その言葉にはっとするキリヤ。

「……奏多が?」

 そしてキリヤは手を止める。

「他のみんなももっとキリヤと一緒にいることを望んでいる。もちろん俺も。お前が俺をどう思っているかはわからんが、どう思われていたって俺はお前を信じるよ」

 少しの沈黙……。そしてキリヤは静かに口を開く。

「そんなこと、口では簡単に言えるだろ。あの時の先生もそうやって……」

 キリヤはあの時の先生のことを本当に慕っていたんだな……。だからこそ、裏切られたときにひどくショックを受けたのだろう。

「俺は今までの大人たちと違って、有言実行する男だぞ? じゃなきゃここで教師なんてやってないからな!」
「政府の犬のくせに……」
「ああ、そうだ。俺は政府の犬さ! だけどな、今までの政府の犬とはわけが違うぞ? 俺一人いれば、政府なんて簡単に潰せる。それだけの力がある俺が、黙って言いなりでいるわけがないだろう?」

 俺が挑発的にそう言うと、キリヤは顔を上げて、俺を睨みつける。
 
「そんなことを言ってても、どうせ命令には逆らえないんだろ!!」
「いいや。俺は俺がやりたいことをやる! それが政府と敵対することになっても。俺はお前たちの味方だ! 何があっても、絶対に! 世界中の人間が全員敵になったとしても、俺だけはお前のことを絶対に裏切らない!! だから俺を信じろ!!」

 俺はキリヤの目をまっすぐに見て、そう告げた。 

「信じろって……」

 すると、キリヤの能力が少しずつ落ち着いてくる。

 俺はキリヤの様子を伺いつつ、声を掛ける。

「……キリヤ?」

 そしてキリヤはその場に倒れた。

「先生!」

 騒ぎを聞きつけた生徒たちが建物から出てきた。

「キリヤは!?」
 
 マリアは心配そうな顔で、俺に問う。

「気を失っているだけだと思うが、ちょっと暴走した時間が長かったかもしれない……今からキリヤを連れて、研究所に行ってくるよ。研究所に報告もあるし……」

 生徒たちは心配そうな顔で、眠るキリヤを見つめる。

「先生、キリヤは大丈夫なのですか?」

 奏多は不安そうな声でそう言った。

 俺はその不安を取り除くため、ニコッと笑う。

「……大丈夫だ! 必ず連れて帰るから、みんなと待っていてくれるか?」

 奏多は俺の言葉にうなずき、生徒たちに呼びかける。

「……はい。さあ皆さん、とにかく建物に戻りましょうか」

 奏多の言葉に生徒たちは従い、建物の中に戻っていった。

 その後、俺は研究所に連絡を取り、研究所からの車を待っていた。

 そこへ奏多が小走りで俺の元にやってくる。

「奏多、みんなの誘導ありがとな」

「いいえ、いいんです。……先生、キリヤのことを頼みましたよ」

 奏多はそう言って、再び建物の中に戻っていった。

 そして俺は到着した車にキリヤを乗せて、急いで研究所へ向かった。
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