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第3章 毒リンゴとお姫様

第20話ー⑧ 動き出す物語

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 職員室に着いた僕は、勢いよくその扉を開ける。

「ど、どうした、キリヤ!!」
「ちょっと着いてきて! いろはが大変なんだ!!」

 それを聞いた先生は、顔色を変えて立ち上がった。

「いろはが……!?」
「今、医務室にいる! 早く!!」
「わかった!!」

 そして僕は先生を連れ、医務室へ向かった。

 医務室に入ろうとした時、僕はふと所長に言われていることを思い出す。

 いろはのことを報告しなくちゃ……。

「先生! 僕、ちょっとやらなきゃいけないことがあるから、先にいろはのところに行っていて」
「え? あ、ああ。わかった」

 先生は頷き、一人で医務室に入っていった。

 そして僕は医務室から離れたところで、所長に連絡を入れた。

「所長、すみません! 実は、いろはが……」

 僕は今の状況を所長に伝えた。

『それは由々しき事態だ。今後の状況の変化をしっかりと確認してくれ。少しの見落としが、最悪の事態を招くことになるから。今は君が頼りだよ、キリヤ君』
「……わかりました」

 そして僕は電話を切った。

 僕がちゃんといろはを見守らないと……。僕にできることをするんだ!

 いろは、もう少し頑張ってくれ……。

 僕はそう思いながら、持っているスマホを握りしめた。



 医務室に着いた俺は、ベッドに横たわるいろはを見て唖然とした。

 最悪の事態を想像し、剛の姿が頭をよぎる。

「先生……?」

 俺の姿が目に入ったのか、まゆおが俺に声を掛ける。

「まゆお、いったいいろはに何があったんだ?」
「実は……」

 まゆおの話から、いろはの状況は大体理解した。

 おそらく『ポイズン・アップル』の影響でいろはは苦しみだし、眠りについたのだろう。

 もしかしたら、いろはもこのまま剛のように目を覚まさないのか……。

「先生、僕はどうしたら……先生にいろはちゃんのことを頼まれていたはずなのに、僕は何もできなかった。やっぱり僕と関わった人は、みんな不幸に……」

 まゆおはうつむきながら、そう答える。

「まゆおだけのせいじゃない。俺も何もできなかった。だからそんなこと、思わなくてもいいんだ。それにいろはは、まゆおと関わって不幸なんて思ってないさ。俺もそうだしな! だからまゆお、今はいろはの無事を祈ろう」

 俺はそう言って、まゆおに優しく微笑みかけた。

「……はい」

 まゆおは俯いたまま、返事をしたのだった。

「そうだ。俺はちょっと研究所に報告してくるよ。目を覚ました後にいろはは検査が必要になるかもしれないからな」

 それから俺は所長に連絡するため、スマホの置いてある職員室へ一度戻る。



 廊下を早歩きで進みながら、俺はいろはの無事を祈るしかなかった。

 もう剛の時のようには……。

 そんな思いを抱きながら、俺は職員室に向かう。

 職員室に着いた俺は、机の上に無造作に置かれたスマホを手に取り、所長へと電話をかける。

 すぐには応答してくれないだろうと思っていた所長は、思いのほか早く通話に応じた。

「やあ。どうしたんだい?」

 いつもと変わらない口調で、そう告げる所長。

 俺は深刻な声で所長に起きたことを伝えようとした。

「……実は、いろはが」

 俺がそこまで告げると所長は暁の言葉を遮った。

「ああ。なんとなく状況は理解しているよ。君はまゆお君のそばについていてくれ。彼はいろは君のことを大事に思っているだろう? 精神的に参っているのは、きっとまゆお君だと思うからね」
「……え?」

 なぜ所長が状況を理解しているのか少し疑問を抱いたものの、所長の言う通り、今はまゆおの心が心配だ。

 目の前で苦しみ、そして眠るいろはをみているまゆおはきっと心が傷ついている可能性が高い。

 さっきもまゆおは自分のせいだと、自身を責めていたし。

 ――俺は俺にしかできないことをするんだ。もう剛の時のような後悔はしたくないから。

 俺は一呼吸おいてから、

「……わかりました」

 決意を込めて、所長にそう答えた。

「ありがとう」

 所長は安堵の声でそう言っていた。

 その後、電話を切った暁はまゆおといろはのいる医務室へ戻ったのだった。



 先生が医務室を出て、すぐのこと。

 僕のスマホが振動した。

 ――着信 非通知

「誰だろう? 知らない番号だ」

 正直、知らない番号の着信は怖い。もしかしたら、兄さんたちや父からなんじゃないかと不安になるからだ。

 でも僕は意を決して、電話に応じることにした。

「……はい」

 そして電話の主は意外な人物だった。

『久しぶりですね、まゆお君』

 声質は幼いのに、その口調はとても落ち着いている。


「……もしかして、狂司君?」

『正解です。すみません。スマホの番号を勝手に登録していました。何かあったときに連絡できるのは、まゆお君だけだって思って』

「今、どこにいるの? いきなり家庭の都合でいなくなっちゃうから、びっくりしたよ」

『なるほど。僕はそういうことになっているんですね』


 狂司君は一人で納得したようなことを言っていた。


「それってどういう意味?」

『まあ気にしないでください。……それで今回連絡した件ですけど、いろはさんは急に苦しみだしていませんでした?』

「なんで、それを……」

『なんででしょうね』


 彼は何かを知っている。そしてこの状況を予言していた……。


「教えてくれるために、電話してきたんじゃないの?」

『……察しがいいですね。その通りです』

「一体何が起こっているんだい? いろはちゃんに何が!!」

『まあまあ。というか、暁先生やキリヤ君からは何も聞いていないんですね。意外です』


 先生とキリヤ君は知っていたんだ……。


「だから先生もキリヤ君もいろはちゃんのこと……」

『思い当たる節はあるみたいですね。そうです。いろはさんはただの病気じゃない。『ポイズン・アップル』っていうチップが胸に埋め込まれている、政府の実験体です』

「実験体……?」


 そういえばいろはちゃんはさっき、自分が検査をすればするほど家にお金が入るって……。

『その実験は国家レベルの機密事項。貧しい家庭に打診して、お金をもらう代わりに子供を実験体にしている。そしていろはさんもその被害者の一人』
「そんな……」

 親のためになるならと、病気と闘っていると思っていたいろはちゃん。

 でも本当は病気なんかじゃなくて、実験体にされていた……?

『まゆお君。この事実を聞いて、君はどうする?』

 狂司くんの問いに僕はスッと息を吸い、決意を込めて答える。

「僕は、いろはちゃんを助けたい!! これからもいろはちゃんの笑顔を守りたいし、言いたいことを言えてないから!」
『君ならそういうと思った』

 狂司くんは笑いながらそう言った。


「それで何か救う方法があるの?」

『ええ。いろはさんを救う方法はたった一つ。胸にあるチップを一撃で破壊することです』

「一撃で……?」

『そうです。でももし失敗すれば、きっといろはさんは永遠の眠りにつくことになる。だからこれは簡単なことではないのは承知の上です。でもきっとまゆお君ならできるって僕は信じています』


 狂司くんの言葉に僕は少し怖気ずいた。

 僕がそんなことできるわけが……。だって僕と関わった人間はみんな不幸に――

 そしていろはちゃんが前に言ってくれた言葉を思い出した。

『アタシはまゆおといて、楽しくて幸せだって思うけどね!』

 そうだよ。僕はあの笑顔を……いろはちゃんを守るって決めたじゃないか! だったら……


「わかった。僕が必ずいろはちゃんを救うよ。ありがとう、狂司君」

『少しでも助けになれたのならよかったです。それとまゆお君とまたお話できて嬉しかった。本当はもっと君とたくさんお話したかったんですけどね』

「それは僕もだよ。……ねえ狂司君。また、どこかで会えるよね?」


 僕がそう問いかけると、狂司くんは少し間を置いてから、

『いつか、必ず』

 少し悲しげにそう言った。

「うん。それまでに僕はもっと強くなる。楽しみにしててね」
『はい。……では、まゆお君。さようなら』


 そして電話は切れた。

「狂司君……」

 電話が切れたタイミングでキリヤ君が部屋に入ってきた。

「ねえ、まゆお。誰と電話していたの?」
「……その前にキリヤ君に聞きたいことがある」
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