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33 閑話 テッド
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テッドはドリスと付き合い始めた頃、まだマリアと正式に別れていなかった。手紙の返事を書くことすら億劫になっていたので、マリアから届いた手紙のいくつかは開封すらせず、目の届かない高い棚の上に放置していたのをすっかり忘れていたのだ。
「マリアからの手紙か……」
かつては結婚の約束までした幼馴染の元恋人。嫌いになって別れたわけではない。だが、自分は酷い裏切りをしてマリアを泣かせた。あの時のマリアはどれだけ傷付いたんだろう?
ずっと気になっていたが、考えないようにしていた。もしかしたら、今の自分以上に苦しんだかもしれない。あのことがきっかけで、マリアは大好きだった故郷から出て行ってしまったのだから。
これは因果応報だ……
ドーリィーは自分が好きだったのではなく、騎士が好きだっただけ。あんな女に騙されていた俺は馬鹿だった。
マリアにした仕打ちを思い出し、自責の念に駆られるテッドは、埃まみれの手紙を開封していた。
手紙には、連絡が取れなくなったテッドを心配する内容が書いてあった。
〝テッドが元気でいてくれたら私はそれだけで嬉しいの〟
〝頑張るのはいいけど、あまり無理をしないでね〟
〝テッドが病気や怪我で苦しんでないか心配だよ〟
〝私はテッドが騎士じゃなくてもいいの。ただ一緒にいれるだけで幸せだから〟
〝今日も明日も、テッドが怪我をしないように神様にお祈りしているね〟
手紙から伝わるのは、マリアの無償の愛……
テッドは涙が止まらなくなってしまった。
「マリア……っ、ごめん。本当に……ごめん」
こんなことになってからマリアへの気持ちに気付くとは……
このままではダメだ。もう一度、騎士としてやり直せるように頑張ってみよう。
そしてマリアに謝りに行き、復縁したいと頼もう。自分にはマリアしかいない。
翌日から休暇を返上して必死に鍛練に励む。なかなか前のように手足は動かなかったが、テッドは諦めなかった。辛い時はマリアの手紙がテッドを奮い立たせた。
そんなテッドを同僚の騎士達は支え、数ヶ月後には騎士に復帰し、更にその数ヶ月後には最年少で部隊長に出世していた。
その頃になるとまたモテ始め、将来有望なテッドに声を掛けてくる女の子が沢山いた。しかし、今のテッドは騎士という肩書きに惹かれて寄ってくる女の子には見向きもしなくなっていた。
自分を信じて待ってくれたマリアこそが真実の愛だと勝手に思い込んでいたから。
ある日の仕事帰りのこと……
「テッドー! 最年少で部隊長になれて良かったわね。
私、テッドならきっと頑張ってくれるってずっと待っていたのよ。お父さんもお母さんも、今のテッドなら結婚を認めてくれるって話していたわ!」
騎士団の入り口で待ち構えていたのは、怪我をしたテッドを見捨てた元恋人のドリスだった。
怪我をした時に病室で冷たく自分を振った女が、今頃になって人懐っこい笑みを浮かべて話しかけてきたことに、テッドは嫌悪感しかなかった。
「君は騎士として出世してくれる男じゃないとダメだと言って私を捨てただろう?
あの時に私達は終わったんだ。もう馴れ馴れしく話しかけてこないでくれ」
最近のドリスが、若手騎士を次から次へと誘惑していると騎士団では有名な話になっていた。
マリアを捨てて、こんな尻軽な女と結婚を考えていた自分は本当に馬鹿だった……
「ま、待って! それは誤解よ。
実は……騎士を辞めなくてはいけないと落ち込むテッドを見ているのが辛かったの。私は貴方より苦しんだわ。
でも、私はテッドが復活することを信じて待っていたのよ」
見え透いた嘘をつくドリス。数ヶ月前の自分なら、この泣きそうな顔を見せられて庇護欲を掻き立てられ、黙って抱きしめていたかもしれない。
でも冷静な今なら、ドリスは嘘泣きだけが得意な計算高い女だということがよく分かる。
「見苦しいな……。お前が年を誤魔化して若い騎士を誑かしているって騎士団で有名になっているぞ。
もうここには来ない方がいい。では失礼……」
「なっ、何よー!」
その後、ドリスが騎士団に来ることはなくなった。
目が覚めたテッドはマリアに再会することを強く望んでいたが、会うことは叶わずにいた。
帰省して実家の両親に事情を話し、マリアとやり直したいことを打ち明けたが、両親はマリアの家とは付き合いがなくなっていて、今更ふざけるなと言われて復縁を反対されてしまう。
マリアの両親にも謝罪に行ったが、もう終わったことだから新しい恋人と幸せにと皮肉を言われ、相手にすらしてもらえなかった。
テッドはマリアがどこの公爵家で働いているのかも教えてもらえず、連絡手段すら見つけることが出来なかったのだ。
きっとマリアも大都会の王都に馴染めずに苦労しているだろう。公爵家で働いているなら、周りは貴族ばかりで平民のマリアは虐められているかもしれない。
早く迎えに行ってあげたい。自分が心から謝ってプロポーズをしてあげれば、きっとマリアは喜んでくれるはず。そしたら、一緒に指輪を買いに行こう。流行りの宝石店を調べておいた方がいいな。
マリアは子供が好きで働き者だから、ドリスとは違っていい妻になってくれそうだ。
どんなに離れていても、自分のことだけを想い続けてくれた愛情深いマリア。もう二度と離さない。
何も知らないテッドは、マリアがまだクルクルの天パの田舎娘のままでいて、変わらずに元恋人の自分を好きでいると思い込んでいる。
今は垢抜けて別人のように綺麗になり、過去の恋人のことなんか忘れ、王都でお一人様の生活を楽しんでいるなんて、テッドは全く気付いていなかった。
ただ自分の都合のいいように未来を想像していたのだ。
「マリアからの手紙か……」
かつては結婚の約束までした幼馴染の元恋人。嫌いになって別れたわけではない。だが、自分は酷い裏切りをしてマリアを泣かせた。あの時のマリアはどれだけ傷付いたんだろう?
ずっと気になっていたが、考えないようにしていた。もしかしたら、今の自分以上に苦しんだかもしれない。あのことがきっかけで、マリアは大好きだった故郷から出て行ってしまったのだから。
これは因果応報だ……
ドーリィーは自分が好きだったのではなく、騎士が好きだっただけ。あんな女に騙されていた俺は馬鹿だった。
マリアにした仕打ちを思い出し、自責の念に駆られるテッドは、埃まみれの手紙を開封していた。
手紙には、連絡が取れなくなったテッドを心配する内容が書いてあった。
〝テッドが元気でいてくれたら私はそれだけで嬉しいの〟
〝頑張るのはいいけど、あまり無理をしないでね〟
〝テッドが病気や怪我で苦しんでないか心配だよ〟
〝私はテッドが騎士じゃなくてもいいの。ただ一緒にいれるだけで幸せだから〟
〝今日も明日も、テッドが怪我をしないように神様にお祈りしているね〟
手紙から伝わるのは、マリアの無償の愛……
テッドは涙が止まらなくなってしまった。
「マリア……っ、ごめん。本当に……ごめん」
こんなことになってからマリアへの気持ちに気付くとは……
このままではダメだ。もう一度、騎士としてやり直せるように頑張ってみよう。
そしてマリアに謝りに行き、復縁したいと頼もう。自分にはマリアしかいない。
翌日から休暇を返上して必死に鍛練に励む。なかなか前のように手足は動かなかったが、テッドは諦めなかった。辛い時はマリアの手紙がテッドを奮い立たせた。
そんなテッドを同僚の騎士達は支え、数ヶ月後には騎士に復帰し、更にその数ヶ月後には最年少で部隊長に出世していた。
その頃になるとまたモテ始め、将来有望なテッドに声を掛けてくる女の子が沢山いた。しかし、今のテッドは騎士という肩書きに惹かれて寄ってくる女の子には見向きもしなくなっていた。
自分を信じて待ってくれたマリアこそが真実の愛だと勝手に思い込んでいたから。
ある日の仕事帰りのこと……
「テッドー! 最年少で部隊長になれて良かったわね。
私、テッドならきっと頑張ってくれるってずっと待っていたのよ。お父さんもお母さんも、今のテッドなら結婚を認めてくれるって話していたわ!」
騎士団の入り口で待ち構えていたのは、怪我をしたテッドを見捨てた元恋人のドリスだった。
怪我をした時に病室で冷たく自分を振った女が、今頃になって人懐っこい笑みを浮かべて話しかけてきたことに、テッドは嫌悪感しかなかった。
「君は騎士として出世してくれる男じゃないとダメだと言って私を捨てただろう?
あの時に私達は終わったんだ。もう馴れ馴れしく話しかけてこないでくれ」
最近のドリスが、若手騎士を次から次へと誘惑していると騎士団では有名な話になっていた。
マリアを捨てて、こんな尻軽な女と結婚を考えていた自分は本当に馬鹿だった……
「ま、待って! それは誤解よ。
実は……騎士を辞めなくてはいけないと落ち込むテッドを見ているのが辛かったの。私は貴方より苦しんだわ。
でも、私はテッドが復活することを信じて待っていたのよ」
見え透いた嘘をつくドリス。数ヶ月前の自分なら、この泣きそうな顔を見せられて庇護欲を掻き立てられ、黙って抱きしめていたかもしれない。
でも冷静な今なら、ドリスは嘘泣きだけが得意な計算高い女だということがよく分かる。
「見苦しいな……。お前が年を誤魔化して若い騎士を誑かしているって騎士団で有名になっているぞ。
もうここには来ない方がいい。では失礼……」
「なっ、何よー!」
その後、ドリスが騎士団に来ることはなくなった。
目が覚めたテッドはマリアに再会することを強く望んでいたが、会うことは叶わずにいた。
帰省して実家の両親に事情を話し、マリアとやり直したいことを打ち明けたが、両親はマリアの家とは付き合いがなくなっていて、今更ふざけるなと言われて復縁を反対されてしまう。
マリアの両親にも謝罪に行ったが、もう終わったことだから新しい恋人と幸せにと皮肉を言われ、相手にすらしてもらえなかった。
テッドはマリアがどこの公爵家で働いているのかも教えてもらえず、連絡手段すら見つけることが出来なかったのだ。
きっとマリアも大都会の王都に馴染めずに苦労しているだろう。公爵家で働いているなら、周りは貴族ばかりで平民のマリアは虐められているかもしれない。
早く迎えに行ってあげたい。自分が心から謝ってプロポーズをしてあげれば、きっとマリアは喜んでくれるはず。そしたら、一緒に指輪を買いに行こう。流行りの宝石店を調べておいた方がいいな。
マリアは子供が好きで働き者だから、ドリスとは違っていい妻になってくれそうだ。
どんなに離れていても、自分のことだけを想い続けてくれた愛情深いマリア。もう二度と離さない。
何も知らないテッドは、マリアがまだクルクルの天パの田舎娘のままでいて、変わらずに元恋人の自分を好きでいると思い込んでいる。
今は垢抜けて別人のように綺麗になり、過去の恋人のことなんか忘れ、王都でお一人様の生活を楽しんでいるなんて、テッドは全く気付いていなかった。
ただ自分の都合のいいように未来を想像していたのだ。
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