目覚めたらバッドエンドを迎えた後のヒロインだった件

せいめ

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ぶりっこメイドの妄想

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 陰湿メガネは予想通りに仕事が早かった。

『メイドだったゴミ女をすぐに探し出して連れてこい』との命令を受けてから、三日後にはあのメイドを拘束してきたのだ。

「エリーは部屋から出たくないかもしれないが、あの薄汚れたゴミをこの部屋に入れたくない。本邸の地下牢にいるから、そこまで来てくれるか?
 もし歩くのが辛いなら、私がエリーを抱っこして連れて行く」

 その時に、私は初めて地下牢の存在を知った。

 あのぶりっこメイドをあっさり捕まえてきて、地下牢に入れるなんて、普通じゃあり得ない。
 あの子は分家の子爵令嬢だったけど、親戚の子を地下牢に入れているってことでしょ?

 しかも、引きこもっている私が自分で歩けないと思っていて、抱っこして連れていくだなんて、本邸で誰に見られるか分からないから恥ずかしいって!

「……自分で歩いて行きますわ」

「無理しなくていいんだ。部屋から出るだけでも大変なのだから、私が抱っこして連れていく」

 フィルは今日も優しい。
 でも、お姫様抱っこは恥ずかしいから絶対に嫌だった。あの陰湿メガネあたりが、『このバカ女、閣下に何をさせるんだ?』って目で訴えてくるに決まっている。

 でも、最近すっかり病的に過保護になりつつあるフィルは、自分で歩くと言っても納得してくれなそうなので、

「えっと……、フィルが手を繋いでくれたら……歩ける気がします」

 か弱い私風に、手を繋いで欲しいと頼んでみた。

「そうか……分かった。手を繋いでいこう」

 フィルは少し照れているわね。でも、嬉しそう。

 私からフィルに手を繋ぎたいって言ったのはこれが初めてだから、自分でも少し恥ずかしいけど、頼られたい願望のあるフィルのご機嫌を取るためなら、これくらいのことどうってことないわ。

 フィルと恋人繋ぎをして、本邸の地下牢まで歩いていく。私達を取り囲むかのように、長身の護衛騎士(もちろん女性)が数人いて、本邸にいる使用人たちは私からは見えない。
 誰かと目が合って微笑んだりなんてしたらフィルの嫉妬が恐ろしいので、視線は下にして誰とも目が合わないように気をつけて歩く。

 そうして歩いていると、薄暗い地下牢の入り口まで来ていた。

「閣下、あの女は奥の牢にいます。牢に入れたばかりの時にうるさく騒いでおりましたが、今は静かになっております」

 暗闇から突然現れた陰湿メガネ。驚いてビクッとしてしまう。

 こんな場所で待機しなくても。ちょっとした肝試しみたいだ。

「ご苦労だった」

「はっ」

 今、一瞬だけ陰湿メガネと目が合った気がした。でも、何もなかったかのようにスッと目を逸らされる。

 この男、目の逸らし方が上手いのよね。

「エリー、この先は空気が悪くて暗い。気分が悪くなったら、無理をしないですぐに言うんだぞ」

「はい」

 そして、陰険メガネの後をついていくと……
 
「閣下、こちらでございます」

「ああ」

 ぶりっこメイドがいるはずの牢に来たが、あの人は誰? 本当にあのぶりっこメイドなの? と思ってしまうほど、別人のようになっていた。

 安産型の女の子らしい体型だったぶりっこメイドは、痩せこけて髪はぐちゃぐちゃ、日焼けしたのか汚れているのかは分からないが、肌は薄茶色に変わっている。
 バリバリにメイクしていたのに、今はすっぴんでボロボロの服だから余計に別人に見えるのかもしれない。

 こんなに変わり果てたぶりっこメイドを見つけてきた陰険メガネはやっぱり凄いヤツだわ。前世なら刑事になって指名手配犯を逮捕できちゃうレベルね。

 その時、

「おい、閣下がお越しだ。早く起きろ!」

 陰険メガネが荒々しく牢の中向かって怒鳴っている。
 すると、私達に気づいたぶりっこメイドが立ち上がって、格子の近くまでくる。

「ああっ! 公爵様ぁ、私を迎えに来てくれるってぇ、信じていましたぁ。
 早くここから出してくださいませぇ」

 声と口調で確信した。間違いなくぶりっこメイドだわ。
 私になんて目も向けず、フィルだけをまっすぐに見つめている。

「気持ち悪いから私の質問にだけ答えるように。
 お前と私が男女の関係であったと、私の最愛の妻が勘違いしている。
 私がなぜ、ゴミメイドだったお前を執務室に呼んだのか、エリーの前で説明しろ!」

 うっ、寒い。キレ気味のフィルから冷気が漂っているわ。
 しかも、本人に直接ゴミと言っている。このはっきりした性格は凄いわね。さすが王太子殿下にも怯まないだけあるわ。

「しくしく……酷いわぁ。
 私は子供の頃からずっと公爵様をお慕いしていましたのにぃ。
 ずっと婚約者を決めないでいた公爵様は、実は私のことを好きだったと気づいておりましたのよぉ。
 公爵様は恥ずかしがり屋で素直になれないだけ。私がお側にいれば、いつかは私に愛を伝えて下さると信じて待っていたのにぃ」

 こんな場所で堂々と告白し、恐ろしい妄想まで口にしている。

「それなのに、王命だからとその田舎者と結婚するなんてぇ!
 ちょっと、アンタ! 何で生きているの?
 公爵様は私が好きなの。早く別れてあげなさいよぉ。
 公爵様は愛する私を妻にしたいの。私を日陰の身にしたくないからと愛人にしなかったんだからぁ!」

 ぶりっこメイドの話に圧倒されていたその時、

「ひっ!」

 フィルが護衛騎士の剣を一瞬で抜く。剣先はぶりっこメイドの首に触れていた。

「私のエリーを侮辱するな。
 質問に答えろ。ゴミメイドのお前はあの日の夜、私の執務室に何をしにきたんだ?」

「……っ! わっ私はぁ、エリー様の一日の報告をしにいきました」

「その場には私とお前と誰がいたか、エリーに教えろ」

「そこにいる側近と公爵様の護衛騎士がいましたぁ」

 夜に呼び出したのは私の報告を聞くためで、その場には陰湿メガネや騎士もいたから何もなかったと、フィルは私に教えたかったのね。
 そのために、わざわざ地下牢に入れられたぶりっこメイドって……

「お前は報告の後、どうした?」

「せっかく綺麗にメイクして、脱ぎやすい色っぽいドレスまで着て行ったのにぃ、そこの側近から化粧が濃くて香水が臭くて気分が悪いから早く出ていくようにと冷たく言われましたぁ。
 その側近は、私が公爵様のものになるのが嫌だったみたいですぅ。私が可愛いから嫉妬ってぇ、嫌だわぁ」

「……」

「……」

 色々凄すぎて言葉が出てこない私達。
 その静寂を破ったのは……

「閣下、このゴミをどうしましょうか?
 働いていた鉱山に戻すか、どこか別の場所にやるのか。
 私は言葉の通じない他国の奴隷船に乗せるか、魔塔に実験用の奴隷として売りつけるのがいいと思っております」

 それは陰険メガネの声。この感じは相当怒っているわ。

「待って下さい。
 ちょっと変わった方ですが、分家の子爵令嬢をそのような場所に送るのは……」

「エリー、このゴミは子爵家から除籍されている。公爵夫人を侮辱して危険に晒し、王命での結婚を否定した。
 陛下や王妃殿下の怒りを買った子爵家は、この女を切り捨てて家門を守った。だから今はただの平民だ」

「あ、そうでしたか。では何をしても大丈夫ですね。好きにして下さい。私はもうこの方に会いたくないですわ」

 散々虐められて、今日も酷いことを言われたのだから、助けたいとは全く感じなかった。
 心優しいヒロインなら泣いて助けを懇願するかもしれないけど、今の私はヒロインではなくたたの引きこもりだもの。

「……だそうだ。お前の好きに処分して構わないぞ」

「畏まりました」

 陰険メガネは、ぶりっこメイドをサッと縄で拘束して連れて行った。

 

 部屋に戻ってきた後、私はソファーでフィルに抱っこされている。最近のフィルは、遠慮なくベタベタするようになっていた。

「エリー……、私とあのゴミは何もなかったと信じてくれるか?」

「はい」

 あそこまでされたら信じるしかないよ。

「良かった……
 私はエリーに心から信用されていないから、何を説明しても信じてもらえる自信がなかった」

 ヤンデレだって警戒しすぎたのがバレてたらしい。

「他の女など触れたことはないし、触れたくもないから、私は他の女と子供なんて作れない。
 私に他の女を薦めないでくれ。愛する人からそんなことをされたら、私だって悲しくなってしまう」

「……はい。申し訳ありませんでした」

 その後、しばらくフィルは私を離してくれず、公爵家の使用人の中で、私とフィルの関係が良くなったと噂になるのに時間は掛からなかった。


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