22 / 161
アンネマリー編〜転生に気付いたのでやり直します
閑話 ある公爵令息の話 2
しおりを挟む
仮とは言え、婚約者になれたことが嬉しくて、彼女に会える日は自然に笑みが溢れてしまう。
アンネマリーは公爵家に遊びにくる時は、いつも彼女の手作りのクッキーを持って来てくれる。貴族令嬢がお菓子を手作りするなんて、かなり珍しいが、彼女の作ったクッキーは、甘さが控えめで優しい味がするので、いくらでも食べられるのだ。
彼女はとても手先が器用なのか、お菓子だけでなく、刺繍も子供とは思えないレベルのものを作ることが出来る。
剣の鍛練をしている私を、ニコニコしながら見ているアンネマリーが可愛くて堪らない。彼女の為に早く強くなりたくて、必死だった。
我が国には、騎士を目指す者にとっては特別な、王家主催の剣術大会がある。特に大会最終日に行われる青年の部は騎士団の幹部候補生や、名の知れた冒険者など、手練れが出場することで有名なのだ。青年の部で優勝すると、国王陛下より王家と剣の紋章が入ったブローチを賜ることができ、それは、国王が認めた騎士と言う印であり、騎士なら誰でも憧れるものである。
更に、その賜ったブローチを自分の大切な人に捧げるのが、恒例になっており、大会終了後に妻や恋人、婚約者に跪いてブローチを捧げる騎士が多い。それは、この名誉は全て愛する貴女に捧げますと言う意味らしいが…、その様子を偶然目にしたアンネマリーは、目をキラキラさせて、「素敵だわ。」と喜んでいたのだ。
そうか。じゃあ、いつかアンネマリーの為に優勝しなくてはと、更に鍛練に取り組むようになる。
成長するにつれて、更に美しくなるアンネマリーは、お茶会に出席する度に、他の貴族令息から熱い瞳で見つめられる事が多くなってきた。
仲が良かったアンネマリーとギクシャクし始めたのは、そんな時だったと思う。
他国の王族の歓迎会を兼ねたお茶会でのこと。美しいアンネマリーに興味を持つ子息は珍しくないが、他国の王子に声を掛けられて、あの笑顔で会話するアンネマリーに、怒りをぶつけてしまった。むやみに笑顔をつくるな、媚びるなと。
頬を赤く染め、恋に落ちたような表情の王子。それを見て不安になってしまったのだ。他国の王子から正式に縁談が来たら、いくら公爵家の嫡男が婚約者であっても、難しい立場になると。
後で冷静になると気付くことだが、別に媚びているのではなく、ゲストに対して礼儀として接しただけなのだ。
分かってはいるが、上手く伝える事が出来ない自分は、怒りからキツい口調になってしまっていた。
彼女はとても傷付いた表情をしていたと思う。
アンネマリーは自分の魅力を分かっていない。あの花が綻ぶような笑顔を、むやみに見せてはならない。ただでも美しいのだから、派手に着飾る必要もない。お願いだから、あまり目立たないでくれと思っていた。
デビュタントでのこと。白い純白のドレスを着たアンネマリーはまさに妖精姫であった。やはり、周りの令息達は熱の籠った目で、彼女を見つめている。
面白くない。彼女を見るな!自分が不機嫌になるのが抑えられなかった。
私がこんな気持ちでいることに、アンネマリーは気付いていないだろうと思うと、気持ちが沈んでいく。
この婚約は私が望んだだけの、仮の婚約。アンネマリーの気持ちは何もない。
気付くと、私はアンネマリーに対して以前のように自然に接することが出来なくなり、またそれが辛くて、彼女を避けるようになってしまっていた。
その自分の態度が、周りの令嬢達の愚かな行動に繋がっていると気付いたのは、少し経ってからであった。
8つの騎士団をまとめる名門公爵家の嫡男で、人より見目が良い自覚はある。無愛想で相手にしていないつもりでも、令嬢達は媚びて付き纏ってくるのだ。
たとえ、美しく家柄も血筋もよい婚約者がいたとしても。それが不仲に見えれば、そこに付け込んでくる。
アンネマリーがそんな令嬢達に、嫌がらせに近い扱いを受けているところを偶然目にした時、令嬢達には正直、殺意を覚えた。しかし、なぜアンネマリーは言い返さない?あんなレベルの令嬢達なんて、いくらでも言い負かせることが出来るはずなのに。
アンネマリーは、何も読み取れない表情でいる。むしろ、アンネマリーの親友である高位の貴族令嬢達から殺気が漂っているように見えた。
…相手にする価値もないってことなのか。こんなただの仮の婚約者になんて、助けを求める必要もないし、こんなレベルの低い令嬢達なんて、相手にすらならないと。
この黒いモヤのかかった気持ちを、自分でもどうしていいのか分からなくなっていた。
しばらくして、学園でアンネマリーを見ない日が続いていた。どうやら、休んでいるらしい。今までこんなに休み続けたことなんて無かったのに。何があったのか。
幼馴染で親友の王都騎士団長子息のエリックには、私がアンネマリーを心配しているのがバレバレであったようで、そんなに心配なら、侯爵家に訪ねて行けばいいのにと言われるが、ここ数年全くお互いの家を行き来してなかった私には、とても難しい事であった。
見かねたエリックが、アンネマリーの親友の1人である、ホワイト侯爵家令嬢の婚約者に頼んで探りを入れてもらっていた。病気で休んでいるようだが、詳しくは分からないみたいだと知らされる。
今まで病気なんて聞いた事がなかったのだが、大丈夫なのだろうか…やはり無理にでも侯爵邸を訪ねた方がいいのか…彼女に何かあったらどうすれば…と不安に駆られる日々を送っていたある日、彼女が久しぶりに登校してきたのだった。
病み上がりで、少し痩せたようである。
しかし、もっと気になったことがある。綺麗なプラチナブロンドの髪を下ろし、清楚な化粧を施して、今までとは違う雰囲気を漂わせ、更に美しくなった彼女に、何があったのかと。
病気で休んでいた時とは違った、新たな不安が襲ってくるのであった。
アンネマリーは公爵家に遊びにくる時は、いつも彼女の手作りのクッキーを持って来てくれる。貴族令嬢がお菓子を手作りするなんて、かなり珍しいが、彼女の作ったクッキーは、甘さが控えめで優しい味がするので、いくらでも食べられるのだ。
彼女はとても手先が器用なのか、お菓子だけでなく、刺繍も子供とは思えないレベルのものを作ることが出来る。
剣の鍛練をしている私を、ニコニコしながら見ているアンネマリーが可愛くて堪らない。彼女の為に早く強くなりたくて、必死だった。
我が国には、騎士を目指す者にとっては特別な、王家主催の剣術大会がある。特に大会最終日に行われる青年の部は騎士団の幹部候補生や、名の知れた冒険者など、手練れが出場することで有名なのだ。青年の部で優勝すると、国王陛下より王家と剣の紋章が入ったブローチを賜ることができ、それは、国王が認めた騎士と言う印であり、騎士なら誰でも憧れるものである。
更に、その賜ったブローチを自分の大切な人に捧げるのが、恒例になっており、大会終了後に妻や恋人、婚約者に跪いてブローチを捧げる騎士が多い。それは、この名誉は全て愛する貴女に捧げますと言う意味らしいが…、その様子を偶然目にしたアンネマリーは、目をキラキラさせて、「素敵だわ。」と喜んでいたのだ。
そうか。じゃあ、いつかアンネマリーの為に優勝しなくてはと、更に鍛練に取り組むようになる。
成長するにつれて、更に美しくなるアンネマリーは、お茶会に出席する度に、他の貴族令息から熱い瞳で見つめられる事が多くなってきた。
仲が良かったアンネマリーとギクシャクし始めたのは、そんな時だったと思う。
他国の王族の歓迎会を兼ねたお茶会でのこと。美しいアンネマリーに興味を持つ子息は珍しくないが、他国の王子に声を掛けられて、あの笑顔で会話するアンネマリーに、怒りをぶつけてしまった。むやみに笑顔をつくるな、媚びるなと。
頬を赤く染め、恋に落ちたような表情の王子。それを見て不安になってしまったのだ。他国の王子から正式に縁談が来たら、いくら公爵家の嫡男が婚約者であっても、難しい立場になると。
後で冷静になると気付くことだが、別に媚びているのではなく、ゲストに対して礼儀として接しただけなのだ。
分かってはいるが、上手く伝える事が出来ない自分は、怒りからキツい口調になってしまっていた。
彼女はとても傷付いた表情をしていたと思う。
アンネマリーは自分の魅力を分かっていない。あの花が綻ぶような笑顔を、むやみに見せてはならない。ただでも美しいのだから、派手に着飾る必要もない。お願いだから、あまり目立たないでくれと思っていた。
デビュタントでのこと。白い純白のドレスを着たアンネマリーはまさに妖精姫であった。やはり、周りの令息達は熱の籠った目で、彼女を見つめている。
面白くない。彼女を見るな!自分が不機嫌になるのが抑えられなかった。
私がこんな気持ちでいることに、アンネマリーは気付いていないだろうと思うと、気持ちが沈んでいく。
この婚約は私が望んだだけの、仮の婚約。アンネマリーの気持ちは何もない。
気付くと、私はアンネマリーに対して以前のように自然に接することが出来なくなり、またそれが辛くて、彼女を避けるようになってしまっていた。
その自分の態度が、周りの令嬢達の愚かな行動に繋がっていると気付いたのは、少し経ってからであった。
8つの騎士団をまとめる名門公爵家の嫡男で、人より見目が良い自覚はある。無愛想で相手にしていないつもりでも、令嬢達は媚びて付き纏ってくるのだ。
たとえ、美しく家柄も血筋もよい婚約者がいたとしても。それが不仲に見えれば、そこに付け込んでくる。
アンネマリーがそんな令嬢達に、嫌がらせに近い扱いを受けているところを偶然目にした時、令嬢達には正直、殺意を覚えた。しかし、なぜアンネマリーは言い返さない?あんなレベルの令嬢達なんて、いくらでも言い負かせることが出来るはずなのに。
アンネマリーは、何も読み取れない表情でいる。むしろ、アンネマリーの親友である高位の貴族令嬢達から殺気が漂っているように見えた。
…相手にする価値もないってことなのか。こんなただの仮の婚約者になんて、助けを求める必要もないし、こんなレベルの低い令嬢達なんて、相手にすらならないと。
この黒いモヤのかかった気持ちを、自分でもどうしていいのか分からなくなっていた。
しばらくして、学園でアンネマリーを見ない日が続いていた。どうやら、休んでいるらしい。今までこんなに休み続けたことなんて無かったのに。何があったのか。
幼馴染で親友の王都騎士団長子息のエリックには、私がアンネマリーを心配しているのがバレバレであったようで、そんなに心配なら、侯爵家に訪ねて行けばいいのにと言われるが、ここ数年全くお互いの家を行き来してなかった私には、とても難しい事であった。
見かねたエリックが、アンネマリーの親友の1人である、ホワイト侯爵家令嬢の婚約者に頼んで探りを入れてもらっていた。病気で休んでいるようだが、詳しくは分からないみたいだと知らされる。
今まで病気なんて聞いた事がなかったのだが、大丈夫なのだろうか…やはり無理にでも侯爵邸を訪ねた方がいいのか…彼女に何かあったらどうすれば…と不安に駆られる日々を送っていたある日、彼女が久しぶりに登校してきたのだった。
病み上がりで、少し痩せたようである。
しかし、もっと気になったことがある。綺麗なプラチナブロンドの髪を下ろし、清楚な化粧を施して、今までとは違う雰囲気を漂わせ、更に美しくなった彼女に、何があったのかと。
病気で休んでいた時とは違った、新たな不安が襲ってくるのであった。
159
あなたにおすすめの小説
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。
自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。
彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。
そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。
大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…
嘘つくつもりはなかったんです!お願いだから忘れて欲しいのにもう遅い。王子様は異世界転生娘を溺愛しているみたいだけどちょっと勘弁して欲しい。
季邑 えり
恋愛
異世界転生した記憶をもつリアリム伯爵令嬢は、自他ともに認めるイザベラ公爵令嬢の腰ぎんちゃく。
今日もイザベラ嬢をよいしょするつもりが、うっかりして「王子様は理想的な結婚相手だ」と言ってしまった。それを偶然に聞いた王子は、早速リアリムを婚約者候補に入れてしまう。
王子様狙いのイザベラ嬢に睨まれたらたまらない。何とかして婚約者になることから逃れたいリアリムと、そんなリアリムにロックオンして何とかして婚約者にしたい王子。
婚約者候補から逃れるために、偽りの恋人役を知り合いの騎士にお願いすることにしたのだけど…なんとこの騎士も一筋縄ではいかなかった!
おとぼけ転生娘と、麗しい王子様の恋愛ラブコメディー…のはず。
イラストはベアしゅう様に描いていただきました。
笑い方を忘れた令嬢
Blue
恋愛
お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ
⚪︎
恋愛
公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。
待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。
ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……
病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで
あだち
恋愛
ペルラ伯爵家の跡取り娘・フェリータの婚約者が、王女様に横取りされた。どうやら、伯爵家の天敵たるカヴァリエリ家の当主にして王女の側近・ロレンツィオが、裏で糸を引いたという。
怒り狂うフェリータは、大事な婚約者を取り返したい一心で、祝祭の日に捨て身の行動に出た。
……それが結果的に、にっくきロレンツィオ本人と結婚することに結びつくとも知らず。
***
『……いやホントに許せん。今更言えるか、実は前から好きだったなんて』
「結婚しよう」
まひる
恋愛
私はメルシャ。16歳。黒茶髪、赤茶の瞳。153㎝。マヌサワの貧乏農村出身。朝から夜まで食事処で働いていた特別特徴も特長もない女の子です。でもある日、無駄に見目の良い男性に求婚されました。何でしょうか、これ。
一人の男性との出会いを切っ掛けに、彼女を取り巻く世界が動き出します。様々な体験を経て、彼女達は何処へ辿り着くのでしょうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる