スターチスを届けて

田古みゆう

文字の大きさ
15 / 113
5.3月8日

3月8日 p.3

しおりを挟む
「花壇といえば……知ってる?」

 彼女の吐息が彼の耳におもむろにかかり、瞬間的に浩志の心拍数を跳ね上げる。浩志は優の吐息がかかった耳を押さえて、思わず半歩後退った。薄暗い廊下に陽の光は差していない。それなのに彼の耳は先端まで赤く染まっていた。

「っんだよ。急に。ビビるだろ」

 彼の剣幕に彼女は軽く唇を尖らせる。

「なによ~。大袈裟ね。そんなに大きな声出してないでしょ」
「そういうことじゃねぇんだよ」

 浩志は彼女の耳にまで届いてしまいそうな程大きな音を立てて激しく脈打つ心音を何とか誤魔化そうと、わざと大きな声を出す。

「なによ、も~。成瀬の方がよっぽどうるさいじゃん」

 優は自身の両耳を掌で押さえると、プイッと顔を背け先を歩いて行ってしまう。浩志は大きく一つため息を吐いてから、ギュッと両手を握り込む。懸命に気持ちを落ち着かせ、優の後を追いかける。

「ちょ、待てよ~」
「はぁ? なによ。その、どっかのイケメン俳優が言いそうなセリフは!」

 意図したわけではなかったのに、浩志の呼びかけは思いの外優のツボにハマったらしい。下駄箱に着き、外履き用の靴に履き替えながらも、彼女はまだケタケタと笑っていた。

 しばらくは彼女の機嫌を伺って好きなように笑われていた彼だったが、いい加減痺れを切らして彼女の笑いを制する。

「ったく。いつまで笑ってるんだよ」
「だ、だって……あまりにも似合わないから」

 そう言いながら、優は目尻に溜まった涙を細くて白い人差し指でスッと拭う。しかし、その顔にはまだ含み笑いが残っていた。

「うっせーな。ほっとけ。……で、花壇が何だって?」
「え?」

 無理やり話題を変えた浩志に、優はキョトンとした顔を見せる。

「さっき、耳打ちしてきたじゃねぇか?」
「ああ、あれね」

 彼女は思い出したと言わんばかりに胸の前でパンと掌を打ち合わせる。

 それから、まるで秘密を打ち明けるかのように、やはり少しだけ声を潜めて口を開いた。

「あるクラスの話なんだけどね。最近、朝になると机の上に花が置いてあるんだって」

 優の話に浩志は首を傾げる。

「何だよ。花壇の話じゃないのかよ? ってか、それって、いじめか? テレビとか漫画で見るようなやつ? 結構陰湿だな」

 優の話に浩志が顔を曇らせると、彼女は首を横に振った。それに合わせて頭の高い位置で結ばれたポニーテールがゆらゆらと揺れる。ふわりと甘い香りが漂い浩志の鼻腔を擽った。彼の視線は、思わずそちらへ引き寄せられてしまう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...