スターチスを届けて

田古みゆう

文字の大きさ
26 / 113
8.3月16日

8.3月16日 p.2

しおりを挟む
「明日、三年の追い出し試合なのよ。部内の。土曜日だから、丸一日使ってやるんだ。だから今日は軽く身体動かして、明日の確認したら終わりだったのよ。まぁ、一年はその後の打ち上げの準備があるからまだ帰れないみたいだけどね。私達二年は上がりだったの」
「ふ~ん」
「ねぇ成瀬。せっかくだしさ、これからアイスでも食べて帰らない?」
「えっ?」

 優の楽しげな提案に、浩志は思わず優の方へと視線を向けた。困惑が顔に現れてしまった様だ。優は、彼の態度にどことなくがっかりした表情を見せたが、すぐさま取り繕う様に言葉を発した。

「あ~ごめん。暇してるのかなぁと思って誘ってみただけ。本当は、何か用事があって残ってたりする?」
「ん~、まぁ用事っていうか……」

 せつなとの夕方の作業は、お互いに約束をしているわけではなかった。浩志が勝手に押しかけて手伝っているだけなので、このまま優と帰っても問題はないだろう。だが、勝手に乗り掛かった船とはいえ、なんだか、せつなのことを放り出す様で浩志の心は落ち着かない。

 どうしたものかと、彼は沈黙をもって逡巡する。そんな彼に、優は控えめに声をかけた。

「無理にとは言わないけど、もし用事がすぐに終わるなら、私待つから、一緒に行かない? 駅前に新しいお店ができたんだ」
「う~ん。そうだなぁ……」

 優の誘いに、浩志は中途半端に答えながら席を立つと、窓辺から中庭を見下ろした。

 ここのところ、一気に春めいた気候になってきていた。そろそろ夕刻を迎えるというのに、中庭にはまだ暖かな日差しが差し込んでいる。一ヶ月ほど前は茶色く剥き出しのままだった花壇に、今では所々緑が見えるようになっていた。

 花壇にせつなの姿はない。既に一年二組の教室で、一人作業をしているのかもしれない。そう考えた浩志は、窓辺を離れ机の傍にかけてあったリュックを手に取った。そして優へ声を掛ける。

「行こうぜ! アイス!」
「いいの?」

 優は弾かれたように椅子から立ち上がる。先ほどまでの萎れた顔とは打って変わって、溢れんばかりの笑顔を煌めかせている。

 浩志はチラリと優の顔を見てから、足早に教室の扉へと向かう。そんな浩志の後を優は跳ねるようにしてついて来た。

「帰る前に、ちょっと寄りたい所があるんだけど、いいか?」
「うん。いいよ。どこ?」
「一年二組」
「一年二組? え? なんで? 後輩と待ち合わせでもしてたの?」

 優は、目的地が意外だったのか不思議そうに首を傾げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...