スターチスを届けて

田古みゆう

文字の大きさ
42 / 113
11.3月19日 (2)

11.3月19日 (2) p.1

しおりを挟む
 職員室の扉を軽くノックし、優は入室の挨拶をする。

「失礼しまーす!」

 優に続き、浩志は無言で室内へと入る。職員室は彼にとっては苦手意識のある場所で、できれば足を踏み入れたくないと常々避けて通る程だ。彼は居心地が悪そうに肩を窄めて優の後に続く。

 コーヒーの香りが微かに香る大人たちの領域も、一年間の最後の予定である修了式を終え、どこかいつもよりものんびりとした空気が漂っていた。

 わっと談笑の声が上がり浩志が思わずそちらの方へ目を向けると、社会科の蒼井教諭が向かいの席の教諭らと楽しそうに話をしていた。

(蒼井が、せつなの姉ちゃん?)

 優の立てた仮説が浩志の頭をぎる。せつなが、時折見せるはにかんだ様な控えめな笑顔が蒼井教諭の顔に重なった。浩志は彼女が何歳なのかは知らなかったが、大人の女性であるはずの蒼井教諭が少し幼く見えた。

(まさかな)

 浩志は蒼井教諭から視線を外すと、先を行く優の背中を黙って追いかける。

 小石川教諭は蒼井教諭のいる場所よりも奥の席で、一人マグカップを傾けながら何かを読んでいた。スクラップされた新聞記事のようだ。

「小石川先生」

 優が声をかけると、小石川はハッとしたように記事から目を上げた。

「河合か」
「あの、さっきの話の続きを……」

 優の言葉を聞き、小石川は彼女の後ろに隠れるようにして立つ浩志へと視線を向ける。それから、職員室の中を見廻すとガタリと席を立った。

「場所を変えようか」

 小石川は机の上に広げたままになっていたスクラップブックを手にすると、職員室の扉へと向かう。浩志と優は静かにその後に続いた。職員室を出た三人は、すぐ隣の生徒指導室へと入る。小石川の対面に浩志と優が座ると、小石川は静かに話し出した。

「成瀬。確認するが、蒼井せつなという名前の生徒を探していると言う事で間違いないか?」

 小石川は浩志の顔をしっかりと見て問いかける。

「うん。そう」

 浩志は職員室よりも幾分慣れ親しんでいる生徒指導室の雰囲気に、先ほどまでの萎縮した態度から一変リラックスした様子で答えた。

「そうか。だがな、校庭で聞かれた時にも言ったが、俺のクラスにはそういう名前の生徒はいないんだよ。お前の探している生徒は、本当に俺のクラスの奴か?」

 小石川の問いに、浩志は肩を竦めた。

「そうだと思ってたんだ。いつも一年二組の教室に居たから。でも、思い返してみると、本人がそうだと言ったことはなかった。だから、今は自信がないんだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...