48 / 113
12.3月19日 (3)
12.3月19日 (3) p.1
しおりを挟む
生徒指導室を後にした浩志と優は、先程聞いた話と現実がうまく噛み合わず、地に足つかぬ感覚のままぼんやりと校内を歩いていた。
「ねえ。成瀬?」
張りのあるいつもの声はどこへ行ってしまったのか、力のない優の声はどこかふわっとしていた。そんな力無い声は、自分の意識下に沈み込んでいる浩志の耳までは届かず、優の口から発した瞬間に空気中に散り溶けてしまう。二人の間には、お互いの声が届かない程に分厚い沈黙の壁があるようだった。
沈黙の中どこへ行くともなしに歩いていた浩志たちは、中庭の見える渡り廊下へと来ていた。廊下の壁に凭れ、どこを見るともなしにぼんやりとしている浩志の腕に優はそっと手を当てた。彼は、一瞬ビクリと肩を振るわせたが、それが優の手の温もりだと気がつくと、やがてぼんやりとしていた焦点も合ってきたようだった。幾分か、浩志が表情を取り戻したのを見てとった優が遠慮がちに声をかける。
「ねえ。成瀬? 小石川先生の話が本当だとしたら、蒼井せつなさんという人は、もういないはずよね?」
「ああ」
「でも、成瀬は蒼井せつなさんに会ったのよね?」
「ああ」
「しかも、十五年前の姿のせつなさんに会っているのよね?」
浩志は何かを考えるように優と合わせていた視線をするりと外すと、中庭を見つめた。
「……こいちゃんの話だとそうなるな」
「それって、せつなさんは幽……」
「っ!」
優の言葉を遮るようにして、浩志が鋭く息を呑んだ。
彼の視線の先を辿るようにして優も視線を中庭へと滑らせる。そこには、肩ほどまである髪を二つに分けて縛り、幾分か大きめの真新しい制服を着た少女の姿があった。少女は花壇をじっと見つめている。
浩志も、少女の姿を目にしたのだろう。優が口を開くより早く、彼は駆け出した。優も慌てて浩志の後を追う。中庭へ飛び出した浩志は、鋭く声を発した。
「せつな!」
花壇を見つめていた少女が振り向いた。浩志の背中越しに少女の顔を見た優は、先程目にしたばかりの白黒の少女の写真と瓜二つの顔に思わず目を見開き立ち止まった。
突然息を切らして現れた浩志と見知らぬ女子生徒を、せつなは無表情のまま見つめ続けている。彼らの周りだけ時が止まったかのように誰一人動くものはいない。
どれだけそうして居ただろうか。沈黙を破ったのは、意外にもせつなだった。
「なに?」
無感情に響くその声を聞いた優は、目を見開いたまま、何を言うでもなくただ口をパクパクと開閉している。
「ねえ。成瀬?」
張りのあるいつもの声はどこへ行ってしまったのか、力のない優の声はどこかふわっとしていた。そんな力無い声は、自分の意識下に沈み込んでいる浩志の耳までは届かず、優の口から発した瞬間に空気中に散り溶けてしまう。二人の間には、お互いの声が届かない程に分厚い沈黙の壁があるようだった。
沈黙の中どこへ行くともなしに歩いていた浩志たちは、中庭の見える渡り廊下へと来ていた。廊下の壁に凭れ、どこを見るともなしにぼんやりとしている浩志の腕に優はそっと手を当てた。彼は、一瞬ビクリと肩を振るわせたが、それが優の手の温もりだと気がつくと、やがてぼんやりとしていた焦点も合ってきたようだった。幾分か、浩志が表情を取り戻したのを見てとった優が遠慮がちに声をかける。
「ねえ。成瀬? 小石川先生の話が本当だとしたら、蒼井せつなさんという人は、もういないはずよね?」
「ああ」
「でも、成瀬は蒼井せつなさんに会ったのよね?」
「ああ」
「しかも、十五年前の姿のせつなさんに会っているのよね?」
浩志は何かを考えるように優と合わせていた視線をするりと外すと、中庭を見つめた。
「……こいちゃんの話だとそうなるな」
「それって、せつなさんは幽……」
「っ!」
優の言葉を遮るようにして、浩志が鋭く息を呑んだ。
彼の視線の先を辿るようにして優も視線を中庭へと滑らせる。そこには、肩ほどまである髪を二つに分けて縛り、幾分か大きめの真新しい制服を着た少女の姿があった。少女は花壇をじっと見つめている。
浩志も、少女の姿を目にしたのだろう。優が口を開くより早く、彼は駆け出した。優も慌てて浩志の後を追う。中庭へ飛び出した浩志は、鋭く声を発した。
「せつな!」
花壇を見つめていた少女が振り向いた。浩志の背中越しに少女の顔を見た優は、先程目にしたばかりの白黒の少女の写真と瓜二つの顔に思わず目を見開き立ち止まった。
突然息を切らして現れた浩志と見知らぬ女子生徒を、せつなは無表情のまま見つめ続けている。彼らの周りだけ時が止まったかのように誰一人動くものはいない。
どれだけそうして居ただろうか。沈黙を破ったのは、意外にもせつなだった。
「なに?」
無感情に響くその声を聞いた優は、目を見開いたまま、何を言うでもなくただ口をパクパクと開閉している。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
Husband's secret (夫の秘密)
設楽理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる