スターチスを届けて

田古みゆう

文字の大きさ
99 / 113
17.4月1日(2)

17.4月1日(2) p.10

しおりを挟む
 せつなの声は、次第に遠ざかるように小さくなっていく。その別れの言葉を待っていたのか、再び中庭に降り注ぐ光が強く眩しくなった。

 やがて、せつなの周りに咲き誇っていたスターチスの花々が金色の光に飲み込まれ始める。激しい光に思わずまた目を細めるが、浩志と優は、少しでも長くせつなの姿をその目に焼き付けようと、光に抗うように友人の姿を見つめ続けた。

 澄んだ空の色との境界がなくなるほどにひと際強い光が中庭を包む。いつしかせつなの姿は光の中に溶けるかのように見えなくなった。浩志と優は、知らぬ間に手を繋いでいた。

 ようやく光が収まると、皆は互いにぼんやりと顔を見合わせあう。

「懐かしいわね、この花壇。三人揃ったから、ついつい見に来ちゃったわね」

 大人たちはどこか夢心地のまま、ぼんやりとした表情で昔を懐かしむように花壇を見やり、楽しそうに昔話に花を咲かせながら中庭を後にした。

 残された浩志と優は、まだぼんやりと花壇を見つめている。その花壇には、成長速度を間違えたのか、明らかに他よりも早く成長したであろう花が咲いていた。

 その場に居た園芸部員が、訳知り顔で花壇から二本の花を摘み取る。

「はい。あの子の願いだからね。このスターチスを君たちに渡しておくよ」

 差し出された花を、浩志は不思議そうに見る。

「これは?」
「う~ん。言うなれば、記憶の結晶……いや、あの子との絆の結晶かな。あの子との記憶は、もうすぐ、きみたちの心の深部に封印される。出会うはずのない出会いだったからね。きみたちの心の均衡を守るためには、仕方のないことなんだよ。でも、この花がきっとまたきみたちを結び付けてくれる。だから、大切に持っていて。あの子が言ったように、いつか再会できるそのときまでね」

 浩志と優は、園芸部員の言葉を聞きながら、まじまじと花を見つめた。

 『変わらぬ心』『変わらない誓い』『途絶えぬ記憶』

 不意に浩志の胸に、3つの言葉が浮かぶ。

「俺、この花好きだな」
「私も」

 ポツリとこぼした浩志の言葉に、優が静かに同調する。

 そんな二人に温かな笑みを送り、園芸部員はそっとその場を去っていった。

 あとに残された浩志と優は、それからしばらくの間、暖かな風を肌に感じながらぼんやりと緑の絨毯が広がる中庭を眺めていた。時折、彼らが手にしたスターチスの花が、風に頬を撫でられ嬉しそうにその身を揺らしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...