66 / 140
旗本の姫様(10)
しおりを挟む
言葉を発せずともそれだけで千代の置かれた状況が基子にも察せられた。
すると、俯き黙り込んだままの千代に、基子はずりっとにじり寄るように身体を寄せた。そして、千代の細い手を取る。突然基子に手を取られ、千代はハッと顔を上げる。そんな千代の瞳を真っ直ぐ見つめて、基子は口を開いた。
「其方の瞳は、透き通った綺麗な色ではないか! その……太郎も……。私は……嫌いではない」
そう言う基子に、千代は心底驚いたという顔をする。それから、急にクスクスと笑い出した。そんな千代の様子に今度は基子が驚く番だった。
「な、なんだ? 突然」
訝しげに眉をひそめる基子に、千代は込み上げてくる笑みを耐えながら応える。
「いえ……っすみません。基子様がとても真面目な御顔で『嫌いではない』とおっしゃるものだから、なんだか可笑しくて……」
目尻の涙を拭いながら千代は言う。そんな千代の姿に基子は呆気にとられる。
「そう言って下さる貴女様だから、わたくしは基子様を信じようと思うのです」
そして、とうとう声を出して笑い出した。千代の言葉の意味が分からず基子は首を傾げる。しかし、次第につられるようにして顔が綻んだ。
「はははっ! まったく其方はころころとよく表情が変わる。……本当に、不思議な女子だな。私の周りには其方のような女子はおらぬ。皆、私を見ると顔を強張らせるのだ」
基子はそう言って寂しそうに笑う。そんな基子の手を今度は千代がしっかりと握り返した。
「それはきっと……貴女様がとても美しいからですわ。わたくしもその美しさに見惚れましたもの」
千代の言葉に基子は大きく目を見開くと、少し頬を赤らめた。しかしすぐに小さく頭を振る。
「……いや、私は美しくなどない」
「まぁ、ご謙遜を!」
「違う! 本当に私など……。其方の方が余程美しいではないか」
それからしばらくの間、二人は互いに一歩も引かずに美しいだの美しくないだのと言い合っていたが、その不毛な会話のやりとりに、やがてどちらからともなく噴き出した。二人はそうして気心の知れた友のように笑い合う。
そこへ温かい茶を持って太郎が戻ってきた。部屋に戻った太郎の目にまず飛び込んできたのは、楽しげに談笑している二人の姿だった。
「ご歓談のところ、失礼致します」
二人の前にそっと湯呑を置く。そして、小さな声で千代に問いかけた。
「姫様、私が動いた方がよろしいでしょうか?」
太郎の言わんとすることを察した千代は、小さく首を振る。
すると、俯き黙り込んだままの千代に、基子はずりっとにじり寄るように身体を寄せた。そして、千代の細い手を取る。突然基子に手を取られ、千代はハッと顔を上げる。そんな千代の瞳を真っ直ぐ見つめて、基子は口を開いた。
「其方の瞳は、透き通った綺麗な色ではないか! その……太郎も……。私は……嫌いではない」
そう言う基子に、千代は心底驚いたという顔をする。それから、急にクスクスと笑い出した。そんな千代の様子に今度は基子が驚く番だった。
「な、なんだ? 突然」
訝しげに眉をひそめる基子に、千代は込み上げてくる笑みを耐えながら応える。
「いえ……っすみません。基子様がとても真面目な御顔で『嫌いではない』とおっしゃるものだから、なんだか可笑しくて……」
目尻の涙を拭いながら千代は言う。そんな千代の姿に基子は呆気にとられる。
「そう言って下さる貴女様だから、わたくしは基子様を信じようと思うのです」
そして、とうとう声を出して笑い出した。千代の言葉の意味が分からず基子は首を傾げる。しかし、次第につられるようにして顔が綻んだ。
「はははっ! まったく其方はころころとよく表情が変わる。……本当に、不思議な女子だな。私の周りには其方のような女子はおらぬ。皆、私を見ると顔を強張らせるのだ」
基子はそう言って寂しそうに笑う。そんな基子の手を今度は千代がしっかりと握り返した。
「それはきっと……貴女様がとても美しいからですわ。わたくしもその美しさに見惚れましたもの」
千代の言葉に基子は大きく目を見開くと、少し頬を赤らめた。しかしすぐに小さく頭を振る。
「……いや、私は美しくなどない」
「まぁ、ご謙遜を!」
「違う! 本当に私など……。其方の方が余程美しいではないか」
それからしばらくの間、二人は互いに一歩も引かずに美しいだの美しくないだのと言い合っていたが、その不毛な会話のやりとりに、やがてどちらからともなく噴き出した。二人はそうして気心の知れた友のように笑い合う。
そこへ温かい茶を持って太郎が戻ってきた。部屋に戻った太郎の目にまず飛び込んできたのは、楽しげに談笑している二人の姿だった。
「ご歓談のところ、失礼致します」
二人の前にそっと湯呑を置く。そして、小さな声で千代に問いかけた。
「姫様、私が動いた方がよろしいでしょうか?」
太郎の言わんとすることを察した千代は、小さく首を振る。
1
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜
旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】
文化文政の江戸・深川。
人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。
暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。
家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、
「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。
常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!?
変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。
鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋……
その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。
涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。
これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる