推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

田古みゆう

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隣人特権、強すぎるんですけど。(16)

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 私の声に驚いたのか、それとも突然顔を出したことに驚いたのか、目の前にある成瀬さんの目も大きく見開かれていた。

 しばらくの間無言で見つめ合う。やがて我に返ったのか、成瀬さんがパッと視線を逸らした。覗かせていた顔を引っ込めてしまう。仕切り壁の向こうに姿を隠してしまった成瀬さんに向かって、私は慌てて謝罪した。

「ご、ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」
「い、いや。大丈夫。俺も突然声かけてごめん」

 仕切り壁越しの会話。なんだか成瀬さんの声が上ずって聞こえた。それ以上成瀬さんは何も言ってくれない。私も何と言葉を発すればよいか分からず、黙ってしまう。ドキドキと心臓が波打つ。あまりに大きな音なので、成瀬さんに聞こえてしまうんじゃないかと心配になった。

 気まずい沈黙が辺りを支配する。私はなんとかドキドキを鎮めようと、スーハースーハーと深呼吸を繰り返す。何度か繰り返していたら、やっとドキドキが落ち着いてきた。ホッと胸を撫で下ろしたところで、仕切り壁越しに成瀬さんの声が聞こえてきた。

「あの、石川さん? 卵焼き焼いたから、温かいうちに食べない?」

 仕切り壁越しで顔は見えないけれど、成瀬さんが気遣わしげにこちらを見ているような気がした。

 卵焼き、食べたい。

 食欲に忠実な私は、ついそう思ってしまう。私はおずおずと口を開くと、小さな声で言った。

「頂きます」

 その途端、仕切り壁の向こうで安堵の息を漏らす音が聞こえた。次いで、壁の向こうから成瀬さんがそっと顔を覗かせる。私は仕切り壁からほんの少しだけ離れておいたので、今度は不意打ちのようなお見合いにはならなかった。

 目が合うと互いに苦笑いを零す。それがなんだかおかしくて、どちらともなくクスクスと笑い出した。成瀬さんが手を伸ばして卵焼きの乗った皿を差し出してくる。私はそれを受け取った。

「それ、全部石川さんの分だから」

 お皿に盛られた卵焼きは綺麗な黄色で、見るからにふんわりと柔らかそう。食べやすいように一口大に切り分けてあり、爪楊枝まで添えられている。至れり尽くせりのその様に、私は思わず感動してしまった。

 食べる人のことを考えた盛り付けだ。これって、本当に料理が得意じゃなきゃ、できない心遣いだよね。

 しみじみとそう感じながら、成瀬さんの作ってくれた卵焼きを頬張る。甘くてふんわりとした出汁の味が口の中に広がり、思わず顔が綻んだ。そんな私の顔を見て、成瀬さんも安心したように笑う。
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