推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

田古みゆう

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番外編 きみに、心ほどかれ(3)

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 後に残ったのはぽっかりとした空洞だけだった。俺には何もなかった。

 燻り嫉妬するばかりで、現実から目を背けていた。自身のちっぽけなプライドを守ることに必死で、上を目指すための努力も行動も何一つしてこなかった。その結果がこれだ。こんな俺じゃ、あいつらと肩を並べるどころか、同じステージに立つことさえもできない。そう思わざるを得ないほどに、ステージ上のあいつらは成長していた。あいつらは、日々努力し続けていたのだ。

 そんなことにも気がつけなかった俺には、ファンがつかないのも当たり前だと思った。後ろ向きでみじめったらしいヤツに対して、誰が応援などするものか。ずっと目を背けていた現実に否応なしに向き合わされてしまった俺は、途方に暮れた。

 俺は、あいつらとあの場所に立ちたかっただけなのに。……俺には、あの場所は遠すぎた。

 ライブが終わって会場を出ると、俺は人気のない場所に腰を下ろして、うつむいた。情けなくて、悔しくて、どうしても涙が止まらなかった。

 そのときだった。

「大丈夫ですか?」

 ふいに、優しい声が聞こえた。涙でぐしゃぐしゃの顔を上げるわけにもいかず、俺はうつむいたまま鼻を啜る。ライブのスタッフか何かだろう。正直、放っておいてほしかった。だけど、ライブスタッフもそういうわけにはいかないのだろう。俺は下を向いたまま消え入りそうな声で答えた。

「……大丈夫です。……ちょっと、疲れただけですから」
「そうですか」

 スタッフはそれ以上何も言わず、すっとその場を離れていった。

 俺は、そのまましばらく泣いていた。どれくらい、そうしていただろうか。気がつけば俺の前に誰かの気配があった。スタッフのヤツ、まだ何か用があるのかと、仕方なく顔を上げた。目の前には一人の女の子が立っていた。年は俺よりも少し下、高校生くらいかもしれない。心配そうに俺を見つめていた彼女は、ハンカチとペットボトルを俺に差し出すと、こう言った。

「お水、飲みませんか?」

  あどけなさの残る声にハッとした。俺は慌てて涙を拭うと、彼女から視線を逸らした。見ず知らずの人とはいえ、泣いているところを見られた恥ずかしさと気まずさがあった。

 彼女は俺の膝にペットボトルとハンカチをそっと置くと、静かに隣に腰を下ろす。俺が落ち着くのを待つかのようにじっとしている彼女の行動に戸惑った。俺は、彼女のことを知らないし、彼女も俺のことなど知るはずもない。それなのにどうして……。
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