推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

田古みゆう

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再会 ×(偶然)³ +きゅん= ゼロ距離って、合ってます?(5)

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 それでも言い募る私に、成瀬さんは困ったように微笑んだ。

 このまま押し問答していては成瀬さんに不愉快な思いをさせてしまうかもしれないし、なにより、店にも迷惑がかかる。そう思いつつも、素直に頷けない私はきっと往生際が悪いのだろう。

 そんな私に対して成瀬さんが、少し身を屈めて私と視線を合わせた。

「それじゃあ、これなら納得してくれますか? ここの店長は、俺の兄貴。弟が兄貴に我儘を言って、その兄貴がそれを聞き入れた。だから、石川さんが気にすることは何もありません」

 そう言ってにっこりと笑う成瀬さんの顔からは、これ以上の押し問答をする気はないという意志を感じる。私は思わず口を噤んだ。そして、恐る恐る差し出された手を取ると、そのまま立ち上がる。すると、成瀬さんは嬉しそうに笑って私の手を引いて歩き出した。

 え? なにこれ……どういうこと?

 展開についていけない私の手を引いたまま、成瀬さんは店の奥に一声かけると、そのまま外へ出る。そして、駅に向かって歩き始めた。

「あ、あの……お、お金……コーヒー代がまだ……」

 突然の出来事に動揺を隠せない私は、やっとのことでそれだけを口にした。成瀬さんは足を止めることなく、前を向いたまま答える。

「大丈夫です。先に俺が払っておきましたから」

 問題ないと成瀬さんが言うのを、私はなんとか引き留める。

「だったら、成瀬さんにお支払いを」

 そう言って強引に立ち止まると、成瀬さんはやっとこちらを振り向いて、少し困ったような顔で笑う。

「いいですよ。コーヒー代くらい」

 私は成瀬さんをじっと見つめる。こればかりは譲らないぞと意思表示をすると、彼は小さくため息を吐いたあと、「分かりました」と折れてくれた。私はホッと息を吐く。そして、財布を出してコーヒー代を支払うと、それと合わせて小さな紙袋も差し出した。

「それから、これも」

 成瀬さんはそれを受け取り、中を覗き込む。そして驚いた顔で私を見た。

「これ、あの時の」

 袋の中には、洗ってアイロンがけをしたあの水色のハンカチが入っている。

 私はコクリと頷いてから口を開いた。

「お陰様で、何事もなく家まで帰ることが出来ました。新品のようでしたので、お返しした方が良いかと。あ、もちろん洗濯はしてあります」

 彼は驚いたようにしばらく手元を見つめていたけれど、すぐにぷっと吹き出した。

「こんなの、別に返さなくて良かったのに」

 そう言って笑う成瀬さんは、とても優しい目をしていた。
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