推しと清く正しい逢瀬（デート）生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

再会 ×（偶然）³ ＋きゅん＝ ゼロ距離って、合ってます？（６）

　思わず見惚れてしまう。

　やはり成瀬さんは子犬のようだ。人懐っこくて、どこかあどけない。

　思わず目を奪われていると、成瀬さんはまた少し困ったような顔をして笑った。そして「行きましょうか」と駅に向かって歩き出す。私も慌ててその後を追った。

　しばらく並んで歩いていると、まるでコーヒーショップでの会話が続いていたかのように、成瀬さんはさらりと私のヲタ活について聞いてきた。

「それで、石川さんは誰推しなんですか？」
「え？」

　いきなりのことに驚き、私は言葉に詰まる。

　こんなにも普通にヲタ活の話題を出すなんて、もしかして成瀬さんもこちら側の人？

　途端に心臓がドキドキと騒ぎ出す。話したい欲が私の中でむくむくと湧き上がる。だが、私はそれを必死に抑えようと、胸に手を当てて小さく深呼吸をした。

　……そんなわけない。Scorpioスコルピオは、男女問わず人気があると言っても、国民的アイドルと言うにはまだまだ。メジャーデビューをしてまもなく十周年を迎えるが、多くの人が知っているのは、朝ドラでブレイクした藤原樹の名前くらいのものだ。その繋がりでScorpioというグループ名も知っている人はいる。だけど、Scorpioがどんなグループで、誰がメンバーで、どんな曲を歌うかまで知っている人なんて、ほんの僅かだ。

　成瀬さんもきっとそうだ。もしもこちら側ならば、こんなにも淡々と話題を振ったりしない。私がScorpioのファンかもと思った時点で、「スコッコ」かと尋ねたはずだ。冷静に考えれば分かることだ。危うくまた醜態を晒してしまうところだった。

　私は、Scorpioが好きすぎるが故に、彼らのことを語り出すと熱量がおかしくなる。マシンガントークを繰り広げ、周囲の引いている視線には一切気がつかない。そんなことがしばしばあった。

　ヲタクでない人々はただ会話の糸口として、「誰が好きなの？」「どんな曲なの？」と聞いてくるだけで、決して彼らに興味があるわけではない。それなのに、勘違いをして熱心に布教活動を始めてしまうと、逆に会話が弾まなくなってしまう。

　それを反省した私は、外ではヲタ活を自重するよう、細心の注意を払いながら生活するようになった。

　今回もこのパターンだと結論づけた私は、この会話を早く終わらせようと口を開いた。

「推しとかは……いません」

　私の答えに、成瀬さんは少し驚いたような顔をした。そしてすぐに、またあの子犬のようなあどけない笑顔を見せる。