弁当 in the『マ゛ンバ』

とは

文字の大きさ
4 / 6

その思い、歌にのせて

しおりを挟む
「うんうん! 受験勉強を頑張っているひーちゃんには、やはりご褒美が必要だよね。お喜びください! 『ご褒美を出そう法案』が先程、可決されました。しかも満場一致まんじょういっちです!」

 高校三年生となり、受験も追い込みとなった十二月の夕方。
 三者面談を終わらせた私へと、あやしげな法案成立のお知らせが隣から伝えられた。

「……それはおめでとうございます。現状において私とお母さんの二人で、どう満場が一致したのか疑問だけど」
「だって、私の脳内会議での法案だから。あ、でも確かにひーちゃんが賛成してくれなきゃ、……ふぅ。満場一致じゃないね。非満場一致に訂正いたします~!……ふぅ~」

 会話の合間に入る母の呼吸音は、ちょっと苦しそうだ。

 丘陵地帯にある私達の町は坂が多い。
 最寄りのバス停から家へ帰るために、私と母は二人で並びながら坂道を歩いていた。
 そんな私達を後ろから追い越すように、落ち葉を踊らせながら風が吹き抜けていく。

 通学のために毎日ここを歩く私と違い、学校行事がなければ母はこの道を通ることはない。
 そんな彼女には、この長い坂を登るのはなかなか大変そうだ。
 ポケットにあるヘアゴムを出すふりをして、私はゆっくりと歩き始める。
 その行動の意図いとに気づいたのだろう。
 母は「あっ!」と小さく呟くと、不満げに口をとがらせた。

「大丈夫だよ! フーフー言っているのは、呼吸が苦しいからではなくて……。その、息を吹きかけてるだけだから」

 予想外な言葉に横を見れば、自分の手袋に向かい、フーフーと息を吹きかけている母の姿がみえる。

「じゃあ、なんで手袋しているのに、息を吹きかけているの?」
「えー、だって指先が寒いから。だからあったかい息を掛けて指先に熱を回復してるんです~」

 かしこいでしょ? と言わんばかりの顔で母は見つめてきた。

「でもさ。それって吐いた息の水蒸気が付いて、むしろ冷えてくるんじゃない?」
 
 おりしも吹きつけるのは、容赦なく冷たい風。
 それにより、彼女の指先の体温は奪われつつあるようだ。
 あわててコートのポケットに手を差し込んだ母は、涙目になっている。

 ――うん、今日もこの人は残念だ。
 私のため息は、白く空にのぼって消えた。

「それでね。大学の進路も順調に決まりつつあることをお祝いしまして。今日の夕飯は外で食べましょう! お店はもう決めちゃいました」
「あ、そう。別に私はどこでもいいよ」
「つ、つれない。そこは『え、どこに決めたの? 教えて!』という母子の会話がなされる流れだよ! 仕方ないなぁ。ここはクイズ方式にて、店のヒントを差し上げましょう」

 にやりと笑うと、母は突然に歌いだす。

「♪ふっふふ~ん! 焼くぜ焼くぜ~、その身を焦が……」
「ちょっと待って! 何、その食欲を根こそぎ奪おうとする歌は! あと、なんで歌う必要があるの!」

 私がまくし立てるのを、きょとんとして母が見つめてくる。

「いや、クイズって楽しい方がいいかなぁって」

 確かに、歌い主はとても楽しそうだ。

「それでは続けま~す。♪焼けろよ鳥~、どうして焼き鳥はあるのにぃ~、焼き牛って無いのぉ~」
「……それは、焼肉と呼ぶからだよ。そしてお店は、焼き鳥屋さんなのね」
「正解です! ちなみに『合格をとりにいく』というゲン担ぎも兼ねてま~す! というわけで今日は『鳥日和とりびより』で晩ごはんです!」

 母の言葉に、香ばしくタレが絡んだ、焼き鳥の串が頭に浮かぶ。

「私、先に行って席を取っておくね。ひーちゃんは着替えて追いかけてきて~」

 誰のゲン担ぎだか忘れている母は、子供のように駆け出していった。
 そんな彼女の後を追いかけるように吹く風を背中に感じながら、私はゆっくりと家へと帰っていく。
 私服に着替え、コートをはおり店へと向かう。
 きっと母は、私が来るまでに我慢が出来ずに先に食べ始めているに違いない。
 さて、その時の言い訳は何というのだろうな。

 こぼれた笑いを心地よく感じながら、店の扉を開き母を探す。
 熱い焼き鳥にふうふう息を吹きかけ頬張っていた母は、私を見つけた途端、バツの悪そうな顔をむけてきた。
 持っている串と、私を交互に見ている姿に思わず吹き出してしまう。
 それを見た母は、同じように笑うと、自分の隣の席を嬉しそうに指差すのだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...