サラリーマンと異世界 ~秩序が崩壊した世界を気ままに生き抜く~

結城絡繰

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第29話 獣の魔物

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 拳銃を構えながら移動すること暫し。
 前方の曲がり角から獣の唸り声が聞こえてくる。
 一旦、その場で足を止めて待つ。
 相手の正体も分からずに突っ込むのは危険すぎるだろう。

 外灯の下に現れたのは、赤褐色の毛を持つ狼だった。
 体長は二メートルほどで、逞しい体躯が特徴的である。
 口元が赤黒く汚れているのは、何か生き物を食べていたからか。

 殺気に満ちた双眸はこちらを注視していた。
 一挙一動を観察し、どう動くか考えているように見える。
 既に向こうの中では狩りが始まっているのだ。

 不意の遭遇を前に、こちらも動じることはなかった。
 何度か死線を抜けてきたことで肝が据わったのかもしれない。
 いや、自分の命が惜しくないからだ。
 僅かな恐怖も抱くことなく、思考は戦い方を定めようとしている。

 いつもと同じだ。
 ゴブリンもオークもオーガもそうだった。
 失ったところで大して痛くない人生である。
 楽しんだ方がいいではないか。

 睨み合うこと三秒。
 先にこちらから仕掛けることにした。
 接近しながら拳銃を三連射する。

 狼は短いステップで弾丸を回避した。
 そこから首元に向かって噛み付いてくる。

 信じ難いスピードと反応だった。
 加えていきなりの急所狙いである。
 鋭利な牙に食い込めば、あっけなく致命傷に至るだろう。
 そこから引き剥がせるかは怪しい。

 死の予感がうなじを焼くも、慌てることはなかった。
 狼の噛み付きに対し、拳銃を持つ腕を割り込ませて防御する。
 皮膚を破って牙がめり込むが、力を込めることで耐える。
 変容で強化された筋肉が、上手く牙を留めていた。

 しかし、突進された勢いまでは殺せない。
 そのまま後ろへと押し倒される形となり、必然的に狼が圧し掛かってきた。
 狼は低く唸りながら腕を噛み千切ろうとしてくる。
 腕からは血が滲んでいた。

 このままではさすがに不味い。
 無視できない痛みを受けて、逆手に持った出刃包丁を狼の片目に突き立てる。
 未使用の刃が深々と眼窩に沈み込んだ。
 そのまま遠慮なく柄を動かして頭部を抉るように掻き混ぜる。

 刹那、狼が痙攣して吐血する。
 全身の毛が一気に逆立って発熱したかと思うと、突如として炎に包まれた。
 密着したこちらの身体が焼けていく。
 紅蓮の獣と化した狼は、燃える巨体を押し付けながら噛み殺そうとしてきた。
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