サラリーマンと異世界 ~秩序が崩壊した世界を気ままに生き抜く~

結城絡繰

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第95話 畳みかける能力

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 ストレングスと道化王子の尽力はよく分かった。
 紙袋姫も拘束を筆頭に様々なサポートで支えてくれた。
 ここからは自分が頑張る番である。
 すなわち、獲得してきた複数の変容を活かす時だ。

 まずはストレングスが破壊した箇所に注目する。
 鉄球による執拗な殴打を受けて、広範囲が粉砕されていた。
 割れた外殻と潰れた肉と体液が混ざり合っている。
 激しい動きをするたびに傷が開いていた。

 その中央部に立ち、前腕部をナイフで浅く切り裂く。
 鋭い痛みの後に鮮血が迸って足元を濡らした。
 それを何度か繰り返して血を落とし続ける。

 一分後、ヒュージセンチピードの動きが露骨に鈍り始めた。
 大幅に減速して、こちらを振り落とすような激しさがなくなった。
 血液の効果が出てきたようだ。

 吸血鬼から奪った変容の一つに、自分の血を麻酔薬にするというものがあった。
 沈痛に使える他、こうして頭部に浸透するように使うと意識を鈍らせることもできる。
 ヒュージセンチピードのサイズ感では胴体に塗ったところで意味がない。
 無駄に血を失うだけなので温存してきた。
 効果があるか不安だったが、しっかりと効いてくれて安堵する。

 血の麻酔には二つの狙いがあった。
 一つ目は、ヒュージセンチピードの動きを鈍化させること。
 二つ目は、痛みを感じにくくさせて、反撃行動を取らせないこと。

 ただ移動されるだけでも災害規模の破壊に見舞われるのだ。
 痛打を与えて敵と見なされた場合、それを凌駕する攻撃が始まる恐れがあった。
 リスクを考えると絶対に避けたい展開である。
 わざわざ相手を怒らせる意味などない。
 徐々に弱らせた後、即死させるのが最も安全だった。

 数分ほど血の麻酔を注ぎ続けて、体調不良が限界に迫りつつあったので中断する。
 ヒュージセンチピードは自動車よりも遥かに遅いスピードで移動していた。
 完全に止まることはないものの、ピーク時の速度は微塵も感じられない状態だ。
 麻酔がかなり効いているらしい。
 ストレングスが頭部の傷を丹念に耕していたおかげである。


 紙袋姫の蔦で傷口を塞ぎながら次の作業に移る。
 次は先ほど以上に乗り気になれない行為だ。
 それでも手段は選べないのだから仕方ない。

 シャツをめくって腹を出すと、おもむろにナイフで肉を削いだ。
 切り離したものを道化王子が溶かして開けた穴に詰めていく。
 あっという間に腹が血だらけになった。
 何度か吐きながらも強行する。
 途中で紙袋姫が止めようとしてきたが、やんわりと断りながらナイフを動かす。

 ヒュージセンチピードの頭部にできた二メートル前後の穴に、削ぎ落とした自分の肉片を入れていく。
 腹の脂肪がなくなったので、今度は太腿の肉を切り離していった。

 正気の沙汰ではないのは分かっていた。
 しかし、これが最善策なのだ。
 今から使用する変容には必要な工程である。

 どうせ後で再生できるのだから、余計なことは考えなくていい。
 為すべき役割に徹するだけだ。
 出血に伴う寒気と吐き気と戦いながら、ほとんど無心で穴を埋め続ける。
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