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手巻き寿司
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チリリン……とドアは開けると音を立てた。その音は喫茶店を思い出させ、私は少し微笑んだ。そう言えば昔、あの人とデートで喫茶店に入ったなと思い出しくすっと笑う。でももう、それは遠い遠い過去の話だ。
「いらっしゃいませ。」
店員らしき男性がにっこりと微笑んでいる。店主かもしれない。
「こちらの窓際の席へどうぞ。」
「あら、ありがとう。」
案内され明るい窓際のテーブルにつく。店主はすぐに水とおしぼりを置いてくれた。
「あの。」
「はい。」
「ここはどこなのかしら?いやね、気づいたら近くを歩いていたんですけど、どうしてそこを歩いているかわからなくて……。ほら私、見ての通りもう歳でしょ?急に記憶がなくなってしまったの。」
「それはお困りでしょう。」
「ええ、それで大変申し訳ないのですが、こちらに連絡して下さる?」
「かしこまりました。お迎えの方が来るまで、この店でお待ちください。」
「面倒をかけて申し訳ないわね。ありがとう。」
「いえいえ、ごゆっくりお寛ぎください。」
これで大丈夫。親切なお店で良かった。私はぼんやりと外の景色を眺めた。
「どこかしら?軽井沢??」
霧がかった草原と遠くに見える林。そして近くの川がさらさらと音を立てている。
「素敵なお店……。」
その雰囲気を楽しむ。ダイニングキッチン「最後に晩餐」なんて変な名前にしなければ、もっとお客も入るんじゃないかしら?とはいえ余計なお世話だろう。あの人と来たかったわと思い、少し寂しくなる。
コト……。
その音にハッとして我に返る。見るとテーブルにいくつもの皿が並ぶ。
「え?!」
「お待ちの間、お腹も空くでしょう?」
「でも……。」
「こちらサービスです。あるお客様に頼まれていまして。」
「え?」
「あ、ちょうど来られました。相席をお願いしてもよろしいですか?」
「え、ええ……構いませんけど……。」
こんなに席が空いているのに相席?しかもサービスって?ある人に頼まれたってどういう事なのだろう?
不思議に思っているとチリリンとドアが開く音。そちらに顔を向け、息を呑んだ。
「……え?!」
入ってきた人を凝視する。その人は優雅な歩みでこちらにやってくる。
「失礼。相席しても?」
「え、あ、はい……。」
目の前に座る人から目が反らせない。口元に手を添え、穴が開くほど凝視する。その人はぴしっとした三揃えのスーツ姿で私ににっこりと微笑んだ。
「……あなた…………。」
「久しぶりだね。」
その声を聞き、ポロポロと涙が溢れる。ハンカチを取り出しそれを拭った。
テーブルを見る。テーブルには手巻き寿司の具と酢飯、海苔などが並んでいる。そうだ、この人は手巻き寿司が好きだった。何かお祝い事があって食べたいものを聞くと、必ず「手巻き寿司」と言うのだ。息子が「お母さんの料理で一番好きなのは?」と聞いた時も「手巻き寿司」と言った人だ。
「ふふっ。本当、手巻き寿司がお好きなんですね。」
「好きなものが食べれるからね。」
そう言ってその人は手巻き寿司を作り出す。以前と変わらず、満ち満ちにご飯を海苔に乗せるので巻けなくて悪戦苦闘している。
「ふふっ。いつも言ってるじゃありませんか?ご飯は少なめにしないと巻けませんよって。」
「だがたくさん乗せないと腹一杯にならんだろう。」
「だから、一度に入れ過ぎなんですって。」
そんなその人を見ながら、私も手巻き寿司を作る。いつぶりだろう。ここ数年、作った事などなかった。そんな事を考えながら好きな具を選ぶ。青じそとハマチを選び、わさび醤油を潜らせくるりと巻く。
「これぐらいで巻くものですよ、あなた。」
「いいじゃないか。たくさん入れたいのだ。」
「ほら、欲張るからまた巻けない。」
ああでもない、こうでもないと言いながら手巻き寿司を巻いて食べる。昔と変わらず、欲張ってばかりで上手く巻けないその人と笑い合い、微笑んで見つめる。
「……懐かしいですね。」
「ああ。」
「あなたが亡くなってから……手巻き寿司なんてしなかったから忘れていました……。」
「そうか。」
「ええ……。手巻き寿司って、こんなに美味しくて、楽しかったんですね……。」
「そうだな。一人でやってもつまらなかった。」
顔を見合わせ笑う。
そして少し困ったように聞いた。
「あなたが居るって事は……そういう事なんですよね?」
「……ああ。」
「ふふっ。迎えに来て下さり、ありがとうございます。」
「迷子になるといけないからな。」
その人はそう言って、また海苔にご飯をみっちりと乗せる。何度言っても直らないそれがおかしくて笑ってしまった。
食事を終える。
店主が笑って一礼してくれたので、私も微笑んで会釈した。
「おい、何をしているんだ?行くぞ?」
「はい。只今。」
ドアがチリリンと鳴った。私は微笑み、その人の腕に手を掛けた。その人は私を気遣いゆっくり歩いてくれる。微笑み合い、私達は散歩するよう静かに川にかかる橋を渡った。
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【AI朗読データ】
https://stand.fm/episodes/65aba43cffa1998b77532542
「いらっしゃいませ。」
店員らしき男性がにっこりと微笑んでいる。店主かもしれない。
「こちらの窓際の席へどうぞ。」
「あら、ありがとう。」
案内され明るい窓際のテーブルにつく。店主はすぐに水とおしぼりを置いてくれた。
「あの。」
「はい。」
「ここはどこなのかしら?いやね、気づいたら近くを歩いていたんですけど、どうしてそこを歩いているかわからなくて……。ほら私、見ての通りもう歳でしょ?急に記憶がなくなってしまったの。」
「それはお困りでしょう。」
「ええ、それで大変申し訳ないのですが、こちらに連絡して下さる?」
「かしこまりました。お迎えの方が来るまで、この店でお待ちください。」
「面倒をかけて申し訳ないわね。ありがとう。」
「いえいえ、ごゆっくりお寛ぎください。」
これで大丈夫。親切なお店で良かった。私はぼんやりと外の景色を眺めた。
「どこかしら?軽井沢??」
霧がかった草原と遠くに見える林。そして近くの川がさらさらと音を立てている。
「素敵なお店……。」
その雰囲気を楽しむ。ダイニングキッチン「最後に晩餐」なんて変な名前にしなければ、もっとお客も入るんじゃないかしら?とはいえ余計なお世話だろう。あの人と来たかったわと思い、少し寂しくなる。
コト……。
その音にハッとして我に返る。見るとテーブルにいくつもの皿が並ぶ。
「え?!」
「お待ちの間、お腹も空くでしょう?」
「でも……。」
「こちらサービスです。あるお客様に頼まれていまして。」
「え?」
「あ、ちょうど来られました。相席をお願いしてもよろしいですか?」
「え、ええ……構いませんけど……。」
こんなに席が空いているのに相席?しかもサービスって?ある人に頼まれたってどういう事なのだろう?
不思議に思っているとチリリンとドアが開く音。そちらに顔を向け、息を呑んだ。
「……え?!」
入ってきた人を凝視する。その人は優雅な歩みでこちらにやってくる。
「失礼。相席しても?」
「え、あ、はい……。」
目の前に座る人から目が反らせない。口元に手を添え、穴が開くほど凝視する。その人はぴしっとした三揃えのスーツ姿で私ににっこりと微笑んだ。
「……あなた…………。」
「久しぶりだね。」
その声を聞き、ポロポロと涙が溢れる。ハンカチを取り出しそれを拭った。
テーブルを見る。テーブルには手巻き寿司の具と酢飯、海苔などが並んでいる。そうだ、この人は手巻き寿司が好きだった。何かお祝い事があって食べたいものを聞くと、必ず「手巻き寿司」と言うのだ。息子が「お母さんの料理で一番好きなのは?」と聞いた時も「手巻き寿司」と言った人だ。
「ふふっ。本当、手巻き寿司がお好きなんですね。」
「好きなものが食べれるからね。」
そう言ってその人は手巻き寿司を作り出す。以前と変わらず、満ち満ちにご飯を海苔に乗せるので巻けなくて悪戦苦闘している。
「ふふっ。いつも言ってるじゃありませんか?ご飯は少なめにしないと巻けませんよって。」
「だがたくさん乗せないと腹一杯にならんだろう。」
「だから、一度に入れ過ぎなんですって。」
そんなその人を見ながら、私も手巻き寿司を作る。いつぶりだろう。ここ数年、作った事などなかった。そんな事を考えながら好きな具を選ぶ。青じそとハマチを選び、わさび醤油を潜らせくるりと巻く。
「これぐらいで巻くものですよ、あなた。」
「いいじゃないか。たくさん入れたいのだ。」
「ほら、欲張るからまた巻けない。」
ああでもない、こうでもないと言いながら手巻き寿司を巻いて食べる。昔と変わらず、欲張ってばかりで上手く巻けないその人と笑い合い、微笑んで見つめる。
「……懐かしいですね。」
「ああ。」
「あなたが亡くなってから……手巻き寿司なんてしなかったから忘れていました……。」
「そうか。」
「ええ……。手巻き寿司って、こんなに美味しくて、楽しかったんですね……。」
「そうだな。一人でやってもつまらなかった。」
顔を見合わせ笑う。
そして少し困ったように聞いた。
「あなたが居るって事は……そういう事なんですよね?」
「……ああ。」
「ふふっ。迎えに来て下さり、ありがとうございます。」
「迷子になるといけないからな。」
その人はそう言って、また海苔にご飯をみっちりと乗せる。何度言っても直らないそれがおかしくて笑ってしまった。
食事を終える。
店主が笑って一礼してくれたので、私も微笑んで会釈した。
「おい、何をしているんだ?行くぞ?」
「はい。只今。」
ドアがチリリンと鳴った。私は微笑み、その人の腕に手を掛けた。その人は私を気遣いゆっくり歩いてくれる。微笑み合い、私達は散歩するよう静かに川にかかる橋を渡った。
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