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短編(1話完結)

靴下

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「まただ……。」

目を開けて目の前に転がっているそれを見て、俺は顔を顰めた。
丸まった小さな布の塊。
何となく臭い立つそれを掴んで、俺は遠くに放り投げてまた布団の中に潜り込んだ。
爽やかな目覚めが台無しだ。

ここのところ、朝目が覚めると目の前に靴下がある。
それは洗濯した綺麗なヤツじゃない。
昨日脱ぎたてホヤホヤのやつだ。

はじめは寝ぼけているんだと思った。
寒いから靴下を履いたままにしていて、眠りながら脱いで枕元に置いたのだと。
酔っ払って帰ってきたり、残業で終電だったりが続いていたから、そんなものだろうと思っていた。

けれど、そういう日も、そうでない日も欠かさず靴下は枕元にあった。
脱いだ時の縮こまって丸まったあの状態で、ご丁寧に鼻先に置いてあるのだ。

「………………。」

ここまで続くと、自分でやっているとは思えなくなる。
誰かが意図的に、俺の使用済み靴下を鼻先に置いているのだ。

それはある事を連想させた。

こういうイタズラをするのが好きなヤツがいるのだ。
そして靴下も大好きだった。
特に脱ぎたての臭いヤツに目がなかった。

俺はスマホを手に取った。

何コール目かに「もしもし?」と声が聞こえる。
俺はその声にため息まじりに言った。

「あ、母さん?悪いんだけど、チャコに何かおやつ買ってきて供えてやってよ。それから、靴下を鼻先に置くのはやめろって。」

突然の俺の言葉に、母さんは「はぁ??」と言った。
だからここのところ起きている事を説明した。

「あははっ!!あんたが遊んであげないから!!」

「いやもう、遊ぼうにも遊べないだろ?!去年、大往生しちゃったんだから……。」

「そうねぇ~。そろそろ命日だから、あんたに帰ってきて欲しいのかもね~。」

そう言われ、少し胸が痛かった。

チャコは飼っていた犬の名前だ。
柴犬メインの雑種で、とにかく落ち着きのないやんちゃなヤツだった。
元気有り余る子供の頃の俺が手を焼いたくらいだったのに、俺が家を出る頃にはいつもお気に入りの毛布の上で寝ているだけだった。

チャコが死んだ時、俺は側にいてやれなかった。
あいつはいつだって、どんな俺にも寄り添ってくれたのに、俺はアイツの最期に寄り添ってやれなかった。

それを思うと、一年遅れでも今度は側にいてやろうと思えた。
それに何の意味があるのかはわからないけれど。

電話を終え、俺はそろそろベッドを出ようと枕元に手をついた。
その手に何かが触れる。

見ると、さっき投げたはずの靴下がそこにあった。

「…………………………。」

俺はもう一度、それを遠くに投げてやった。


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【AI朗読】
https://stand.fm/episodes/65acfc58ca8fdd272c03a7ac
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