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願いの行方〜タクミとヴァプラの場合
悪魔との出会い
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世の中は相変わらずだった。
何も変わらない。
出逢えば騙し合い奪い合い、殺し合う。
だから誰とも出会わない様に生きていくのが最善だった。
1か所に住み続けるのも、常に移動して暮らすのも、どちらも危険だ。
群れで狩りをするかのように、その強さを強固なものにする為に集団を作って暮らす者たちもいるが、その中ではドロドロとした人間関係が育まれる。
大体は何かしら起きて、数年で集団は内部から崩壊し、新しい集団を生んでいがみ合っていた。
タクミはそんな集団の崩壊のどさくさに紛れて逃げ出し、一人、細々と何にも見つからない様に生きていた。
親はいたが気にする事はない。
彼らとてその気になれば自分の為に子供だって騙すのだから。
タクミはそうなる前にそれを察知して、裏をかいて逃げただけだ。
生きると言うのはそういう事だ。
特に不思議に思う事もない。
彼らもごく当たり前に生きようとしていただけで、タクミも同じだ。
むしろここまで育つまでさほど痛い目に合わさずに育ててくれた事に感謝すら覚えた。
よそのうちでは飢餓の為に子を食べる事もあったし、単に楽しみの為に殺す事もあったし、取引の道具として他人に渡したりなんて事は日常茶飯事だったからだ。
兄弟と言われるものがタクミにもいたのだとは思う。
だが良くは知らない。
タクミがさほど痛い目をみずにいれたのは、その手先の器用さと発想力にとんでいたからだ。
幼い頃から武器の手入れ等を器用にこなし、物心つく頃にはそれらに有用なカスタマイズをする事ができた。
だから食べたり殺したりするよりも利用価値が高かったので、そういうものの順番としては低かったのだろう。
だが、多少利用価値のある子供というのも面倒な目に合う。
他者のものは欲しければ奪えばいいのだ。
だからタクミはよく人手に渡った。
タクミはそこで騒がず、求められる自分の仕事をした。
そうしながら状況を把握し、逃げるなら逃げる、相手を利用するなら利用する方法を考えていた。
だから集団の中で騙し合い憎み合いドロドロといがみ合う状況を、子供ながらにある程度把握していた。
いよいよ、となった時、タクミはどさくさに紛れて逃げた。
おそらく死んだ事になっていると思う。
それで良かった。
タクミは生きていたくなかったのだ。
自分を利用しようとする相手にも、騙そうとする相手にも、タクミは何も感じなかった。
ただただ、そんな中で生きているのが面倒だった。
騙すのも奪うのも生きる為に必要な事だ。
だがそれが面倒だった。
そうしなければ生きていけない事は理解していたが、だからこそ面倒だった。
騙し、奪い、殺し合う。
生きる為には当たり前の事だが、それはさらなる騙し合いであり殺し合いを生む。
利用価値が多少なりともあったタクミだからこそ、それをずっと見てきた。
生きる為に騙し、奪い、殺す。
そしてそれがさらなる騙し合い、奪い合い、殺し合いに繋がっていくのを見ていて、生きている限りずっとその繰り返しで、はじめは些細な事でもやがて周囲を巻き込む大事になり命の危険に晒されるのをずっと見てきたのだ。
生きている限りそれは終わらない。
それが生きる為に必要な事だからだ。
だったら、別に生きてなくても良くないか??
それがタクミの出した結論だった。
別に人を騙す事に、人から奪う事に、殺す事に抵抗がある訳ではない。
ただ、面倒だった。
そんな面倒な事をして生きる事が面倒だった。
だからタクミは逃げ出した。
ゆっくり安全に死ねる場所を探さしはじめた。
タクミがそこを訪れたのは本当に偶然だった。
廃墟や洞窟というものは危険だ。
雨風が防げて定住拠点にもできるような場所は、基本、誰かしらいると考えた方がいい。
もしくは誰もいないように見せて、誘い込んで捕まえる為の罠だと。
だから本当はその中に入りたくなかった。
しかしトチ狂った人類を滅ぼさんとするかのような強烈な台風の前ではそんな事も言っていられなかった。
死のうとしているのだから、そのまま自然に身を委ねるというのもありなのかもしれないが、それで死ねなかった時の方が大変だ。
負傷して下手に後遺症などを抱えて生きると言うのはこの世の中、無理がある。
タクミは誰にも邪魔されず、穏やかに静かな最期を迎えたいのだ。
そして確実にその命を終わらせたいのだ。
殺傷能力は高くとも、確実性のかける自然現象に身を任そうとは思わない。
第一、望んだ穏やかな死とはほど遠そうだ。
だから少しばかり危険を侵す事を承知で、その古びた遺跡のようなものの中に入っていった。
そこはどうも、かつて悪魔崇拝か何かが行われていた場所の様だった。
こういったところは、まだそれに齧りついているキチガイが残っている可能性がある。
だからタクミは奥への深入りを避け、その中でも見つかりにくそうな天井の空気穴の様な場所に潜り込んだ。
雨風が防げればいい。
だが空気穴となると風の侵入は防げない。
もう少し風が逃がせる窪みか何かはないかとその中を移動した。
しかし、遺跡というだけあって脆いものだ。
突然、足元が崩れたと思うと、タクミは下の空間へと落っこちてしまったのだった。
大きな音を立ててしまった事で、タクミは慌てた。
サッとその場を見渡し、人がいないか、その形跡はないか、どう隠れどう逃げるかを探る。
真っ暗なので意識を集中した。
けれど、風の流れる音はタクミが落ちてきた穴からするだけだった。
どういう事だろう?
他に出口や空気の通じているところがないのか?
物音はパラパラと落ちてきた穴から砂が落ちる微かな音だけ。
しばらくじっと固まっていたが、他に音はしなかった。
コツン……と大きめの石が穴から落ちる。
その反響音から、ここがやはり他に通じている穴のない小さな密室の様だと感じた。
タクミは目を開けた。
多少暗がりに目が慣れたが、どこにも通じていない密室は闇に閉ざされていた。
「?!」
その時、タクミは背後に何か大きなものの気配を感じた。
咄嗟に振り向いた。
だがそこには闇があるだけ。
耳を澄ますが、何も聞こえない。
聞こえるのは殺した自分の呼吸音と心音だけ。
だが、何かがいると毛穴の全てが逆立っていた。
『…………ニンゲンか…久しいな……。』
どこからともなくそう聞こえた。
バッと辺りを見渡すが、人の気配はない。
意味がわからなかった。
その声は囁くようでもあり、大声のようでもあった。
直接頭に響くような、この空間自体に響いているような、そんな声だった。
タクミは答えなかった。
何も言わず、ピクリとも動かず、状況を把握する事に専念した。
『……ふむ…待った甲斐あり、それなりの知性と冷静さ、理性を持ち合わせたニンゲンだな……。そして若い……。まだ生命力が強く残っている……。』
その奇妙な声と気配に、タクミはただじっとしていた。
相手がどう自分を騙そうとしているのか、どう襲おうとしているのか、見極めなければならなかった。
そんなタクミをそれはクツクツと笑う。
『この時代にしては珍しい……。足がかりにするには申し分ない……。これなら多少は満足のいく結果が得られよう……。』
「……誰だ。姿を表わせ。」
『なるほど。それは失礼した。……とくと見るがいい、我を。』
相手の気配はあれども、どこにいるのかすら掴めない。
こうなった以上、半ば諦めた。
このままでは埒が明かないと、タクミは声をかけた。
その声に、それは応えた。
ブワッと空間がほの明るくなった。
それと同時に、タクミは信じられないものを見た。
目の前に、見上げるほど大きな獣がいた。
そしてそれは知られた獣ではなかった。
鳥のような半身と獣のような半身を持つ、奇っ怪な生き物だった。
そして何より大きい。
言葉を話し、知的な存在にも思えた。
目の前で起きている事をにわかに信じられず、困惑するタクミを見て、それは薄く笑った。
『我はヴァプラ、名だたる大悪魔の一柱。そなたを見込んで、その魂と引き換えに一つだけ願いを叶えてやろう……。』
目の前のそれは、タクミにヴァプラと名乗った。
そして言った。
命と引き換えに一つだけ願いを叶えてやろうと……。
何も変わらない。
出逢えば騙し合い奪い合い、殺し合う。
だから誰とも出会わない様に生きていくのが最善だった。
1か所に住み続けるのも、常に移動して暮らすのも、どちらも危険だ。
群れで狩りをするかのように、その強さを強固なものにする為に集団を作って暮らす者たちもいるが、その中ではドロドロとした人間関係が育まれる。
大体は何かしら起きて、数年で集団は内部から崩壊し、新しい集団を生んでいがみ合っていた。
タクミはそんな集団の崩壊のどさくさに紛れて逃げ出し、一人、細々と何にも見つからない様に生きていた。
親はいたが気にする事はない。
彼らとてその気になれば自分の為に子供だって騙すのだから。
タクミはそうなる前にそれを察知して、裏をかいて逃げただけだ。
生きると言うのはそういう事だ。
特に不思議に思う事もない。
彼らもごく当たり前に生きようとしていただけで、タクミも同じだ。
むしろここまで育つまでさほど痛い目に合わさずに育ててくれた事に感謝すら覚えた。
よそのうちでは飢餓の為に子を食べる事もあったし、単に楽しみの為に殺す事もあったし、取引の道具として他人に渡したりなんて事は日常茶飯事だったからだ。
兄弟と言われるものがタクミにもいたのだとは思う。
だが良くは知らない。
タクミがさほど痛い目をみずにいれたのは、その手先の器用さと発想力にとんでいたからだ。
幼い頃から武器の手入れ等を器用にこなし、物心つく頃にはそれらに有用なカスタマイズをする事ができた。
だから食べたり殺したりするよりも利用価値が高かったので、そういうものの順番としては低かったのだろう。
だが、多少利用価値のある子供というのも面倒な目に合う。
他者のものは欲しければ奪えばいいのだ。
だからタクミはよく人手に渡った。
タクミはそこで騒がず、求められる自分の仕事をした。
そうしながら状況を把握し、逃げるなら逃げる、相手を利用するなら利用する方法を考えていた。
だから集団の中で騙し合い憎み合いドロドロといがみ合う状況を、子供ながらにある程度把握していた。
いよいよ、となった時、タクミはどさくさに紛れて逃げた。
おそらく死んだ事になっていると思う。
それで良かった。
タクミは生きていたくなかったのだ。
自分を利用しようとする相手にも、騙そうとする相手にも、タクミは何も感じなかった。
ただただ、そんな中で生きているのが面倒だった。
騙すのも奪うのも生きる為に必要な事だ。
だがそれが面倒だった。
そうしなければ生きていけない事は理解していたが、だからこそ面倒だった。
騙し、奪い、殺し合う。
生きる為には当たり前の事だが、それはさらなる騙し合いであり殺し合いを生む。
利用価値が多少なりともあったタクミだからこそ、それをずっと見てきた。
生きる為に騙し、奪い、殺す。
そしてそれがさらなる騙し合い、奪い合い、殺し合いに繋がっていくのを見ていて、生きている限りずっとその繰り返しで、はじめは些細な事でもやがて周囲を巻き込む大事になり命の危険に晒されるのをずっと見てきたのだ。
生きている限りそれは終わらない。
それが生きる為に必要な事だからだ。
だったら、別に生きてなくても良くないか??
それがタクミの出した結論だった。
別に人を騙す事に、人から奪う事に、殺す事に抵抗がある訳ではない。
ただ、面倒だった。
そんな面倒な事をして生きる事が面倒だった。
だからタクミは逃げ出した。
ゆっくり安全に死ねる場所を探さしはじめた。
タクミがそこを訪れたのは本当に偶然だった。
廃墟や洞窟というものは危険だ。
雨風が防げて定住拠点にもできるような場所は、基本、誰かしらいると考えた方がいい。
もしくは誰もいないように見せて、誘い込んで捕まえる為の罠だと。
だから本当はその中に入りたくなかった。
しかしトチ狂った人類を滅ぼさんとするかのような強烈な台風の前ではそんな事も言っていられなかった。
死のうとしているのだから、そのまま自然に身を委ねるというのもありなのかもしれないが、それで死ねなかった時の方が大変だ。
負傷して下手に後遺症などを抱えて生きると言うのはこの世の中、無理がある。
タクミは誰にも邪魔されず、穏やかに静かな最期を迎えたいのだ。
そして確実にその命を終わらせたいのだ。
殺傷能力は高くとも、確実性のかける自然現象に身を任そうとは思わない。
第一、望んだ穏やかな死とはほど遠そうだ。
だから少しばかり危険を侵す事を承知で、その古びた遺跡のようなものの中に入っていった。
そこはどうも、かつて悪魔崇拝か何かが行われていた場所の様だった。
こういったところは、まだそれに齧りついているキチガイが残っている可能性がある。
だからタクミは奥への深入りを避け、その中でも見つかりにくそうな天井の空気穴の様な場所に潜り込んだ。
雨風が防げればいい。
だが空気穴となると風の侵入は防げない。
もう少し風が逃がせる窪みか何かはないかとその中を移動した。
しかし、遺跡というだけあって脆いものだ。
突然、足元が崩れたと思うと、タクミは下の空間へと落っこちてしまったのだった。
大きな音を立ててしまった事で、タクミは慌てた。
サッとその場を見渡し、人がいないか、その形跡はないか、どう隠れどう逃げるかを探る。
真っ暗なので意識を集中した。
けれど、風の流れる音はタクミが落ちてきた穴からするだけだった。
どういう事だろう?
他に出口や空気の通じているところがないのか?
物音はパラパラと落ちてきた穴から砂が落ちる微かな音だけ。
しばらくじっと固まっていたが、他に音はしなかった。
コツン……と大きめの石が穴から落ちる。
その反響音から、ここがやはり他に通じている穴のない小さな密室の様だと感じた。
タクミは目を開けた。
多少暗がりに目が慣れたが、どこにも通じていない密室は闇に閉ざされていた。
「?!」
その時、タクミは背後に何か大きなものの気配を感じた。
咄嗟に振り向いた。
だがそこには闇があるだけ。
耳を澄ますが、何も聞こえない。
聞こえるのは殺した自分の呼吸音と心音だけ。
だが、何かがいると毛穴の全てが逆立っていた。
『…………ニンゲンか…久しいな……。』
どこからともなくそう聞こえた。
バッと辺りを見渡すが、人の気配はない。
意味がわからなかった。
その声は囁くようでもあり、大声のようでもあった。
直接頭に響くような、この空間自体に響いているような、そんな声だった。
タクミは答えなかった。
何も言わず、ピクリとも動かず、状況を把握する事に専念した。
『……ふむ…待った甲斐あり、それなりの知性と冷静さ、理性を持ち合わせたニンゲンだな……。そして若い……。まだ生命力が強く残っている……。』
その奇妙な声と気配に、タクミはただじっとしていた。
相手がどう自分を騙そうとしているのか、どう襲おうとしているのか、見極めなければならなかった。
そんなタクミをそれはクツクツと笑う。
『この時代にしては珍しい……。足がかりにするには申し分ない……。これなら多少は満足のいく結果が得られよう……。』
「……誰だ。姿を表わせ。」
『なるほど。それは失礼した。……とくと見るがいい、我を。』
相手の気配はあれども、どこにいるのかすら掴めない。
こうなった以上、半ば諦めた。
このままでは埒が明かないと、タクミは声をかけた。
その声に、それは応えた。
ブワッと空間がほの明るくなった。
それと同時に、タクミは信じられないものを見た。
目の前に、見上げるほど大きな獣がいた。
そしてそれは知られた獣ではなかった。
鳥のような半身と獣のような半身を持つ、奇っ怪な生き物だった。
そして何より大きい。
言葉を話し、知的な存在にも思えた。
目の前で起きている事をにわかに信じられず、困惑するタクミを見て、それは薄く笑った。
『我はヴァプラ、名だたる大悪魔の一柱。そなたを見込んで、その魂と引き換えに一つだけ願いを叶えてやろう……。』
目の前のそれは、タクミにヴァプラと名乗った。
そして言った。
命と引き換えに一つだけ願いを叶えてやろうと……。
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