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短編(1話完結)

ピーターパンには会わなかったけれど……。

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幼い頃、ピーターパンには会わなかったけれど、変なものには会った事がある。

記憶に残っている一番初めの怪奇体験。
夢だったのかなぁとも思うけれど、当時の事で他に憶えている夢はない。
そしてリアルにそのモノの姿を憶えている。
その音を憶えている。





それは私が保育園などに入る年齢よりも前。
まだ祖父母宅の離れに住んでいた時の話。

離れと言っても別に祖父母宅はお屋敷じゃない。
普通の平屋のお家で、離れっていうのはプレハブ小屋をちょっと立派にしたみたいな建物で、多分、両親が家を立てる資金が貯まるまで臨時で住む為のものだったのだと思う。
トイレはあったけどお風呂はなくて、祖父母の家に入りに行って、流しやコンロも1つあったけど台所って程でもないから、ご飯は三食、祖父母宅で食べる。
つまり、ホント寝るだけのプレハブ小屋にみたいなやつだったのだ。



ある夏の日の夜、私は二段ベットの下、網戸になっている窓の横で寝ていた。

時間はさほど遅くはなかったと思う。
私と上の兄弟が寝かされて、離れに親の姿がなかった事を考えると、恐らく22時~23時ぐらいだったのではないかと推測される。

一眠りした私はふと目を覚ました。
なんでかはわからない。
風があまりなくて暑かったのかもしれない。
上半身を起こしてぼんやりと網戸を見ていた。
網戸のすぐ外は生け垣になっていて、その他は何も見えなかった。

急に生け垣の葉がさやさやと音を立て始め、風に揺れた。
それがだんだん強くなって突風が吹くみたいにガサガサ鳴った。
その時、頭上を赤い光が点滅しながら通った。
それと同時に風も弱まり、また風のないなんの音もしなくなった。

何だったんだろう?
飛行機かな??

そんな事をぼんやり考えていた。
でもそのうち飽きて、寝ようと思って横になろうとした時、また生け垣の葉がガサガサ鳴り始めた。

今度のは風じゃない。
何かがプレハブ小屋と生け垣の間を無理に通ってる音だった。

子供というのは不思議なもので、その状況を怖いと思わない。
どう考えたって、そんな夜中に家と生け垣の間を無理に通ってくるものがあったなら、ヤバイもののはずなのに。
その時の幼い私は、ただ不思議に思って、それが姿を表すのをじっと待っていた。

そしてそれは現れた。

窓の外。
網戸の向こう。
プレハブの家と生け垣の間に、それは現れた。

傘おばけだった。

しかもただの傘おばけじゃない。
ブリキ(?)でできた傘おばけだった。
トタンなのか何なのか、左側に継ぎ目があって、ボルトで固定されていたのをよく覚えている。

それは窓いっぱいに見えるくらい大きかった。
金属製の傘おばけは、目がペンキで描かれたみたいに見えて、私はそれを不思議に思いながら見上げていた。

全く怖くなかった。
変なものがいる、と思ったくらいで感覚的には着ぐるみの何かくらいの感覚だった。

ぼーっとそれを見上げていると、それは言った。




「ウルトラマンはどこに行った?!」



はっきりとそう言った。
男の人っぽい声だった。

私は考えた。

普通に考えればウルトラマンなんている訳がないし、そんなものがどこに行ったと聞かれたってわかる訳がない。
しかしその時の私は一生懸命考えた。
何とかこの傘おばけの質問に答えて助けてあげなければと思ったのだ。
子供って純粋だよな、と今は思う。

そしてふと気づいた。

先程の突風はウルトラマンではなかったのだろうか?!
あの赤い点滅はカラータイマーではなかったのか?!

急にピコンッと自分の中で閃いて、物凄くテンションが上がった。
だって、傘おばけの質問に答えてあげられるし、自分はさっき、ウルトラマンが通ったのを目撃したのだと思うと、物凄くはしゃいでしまった。



「あっち!!あっちに行った!!」



私は嬉しくて、大きな声で答えた。
そしてその方向を指差す。




「ありがとう。」




傘おばけが言った。
ウルトラマンを追っている割に、律儀なおばけだった。

そしてまたガサガサ言わせながら、家と生け垣の間を抜けて行った。
体が大きい分、その隙間を移動するのが大変そうで、子供心にもそれはちょっと間抜けだなぁと思って見ていた。

今思うと、ウルトラマンを追っているのだから悪役だったのかもしれないが、その時の私は傘おばけを応援していて頑張ってね~!と思いながらカサカサ音が止むままで起きていた。
音が消えると、今日はいい事したなぁと物凄く満足して眠りについた。

次の日目覚めて一番始めにした事は、プレハブの家と生け垣の間を見に行く事だった。
見に行くと、正直、子供の私でも通るのが厳しい隙間だった。
よくここを力士みたいに大きい(力士は見た事はないが)ブリキの傘おばけが通れたなぁなんて考えていた。
そしてそれから数日は、またあの傘おばけが来ないだろうかと待っていたが、やがて忘れてしまった。




大人になって、ふとその事を思い出す。

正直言おう。
あれは怖い体験ではなかった。

物凄い楽しい体験だった。

子供だし、夢だったのかもしれない。
でもはっきりと覚えている。
あのツギハギのある金属製の傘おばけを。
生け垣の音を。
頭上を通り過ぎた赤い光の点滅を。

今はもう、あのプレハブの家も、祖父母の家もない。

それでも私の記憶の中に、それは今でも息づいているのだ。
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