猫と話をさせてくれ

ねぎ(ポン酢)

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第一話

ロープと猫缶①

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 その日は特段、天気が良い訳でも悪い訳でもなかった。
気温はだいぶマシにはなったけれど、まだ暖かくなったとは、個人的には言えなかった。

 俺はフラりとダウンジャケットを羽織って、財布と鍵をポケットに突っ込んで、アパートを出た。
こんな時間だからなのか、目に見えない病魔を避けてなのか、はたまた、駅から20分も離れた住宅街だからか、外は妙に静かだった。

 駅から微妙に離れた場所にある、ホームセンターに向かう。
初めてこの街に来てホームセンターに行った時は、これから始まる新生活にワクワクしていたのに、妙なものだ。
特に何を思うわけでもなく、空を見上げる。
今日が、誰もが心踊るような晴天だったら、俺の心の中も少しは晴れただろうか?
人生を終わらせる買い物に向かう道中、意外にも何かを考え込むと言うより、空っぽだった。

 何も考えずに歩き続ける。
建物と建物の間に、目的地が見え始めた。

その時だった。


「おい、にいちゃん。ちょっと頼まれてくんな。」


突然、誰かに声をかけられた。

ビクッとした。
誰もいないと思っていたからだ。

慌てて辺りを窺うが、誰もいない。
さらにぎょっとしてキョロキョロするが、誰一人いない。

(え?!何?!何だ?!死ぬ前から幽霊?!)

ゾッとした。
いや、人間、本当に唐突に極度の恐怖に陥ると、固まるんだな。
頭では物凄く焦って逃げなきゃって考えてるのに、手足ってどうやって動かすのか忘れたみたいになんの。

つい今まで人生を終わらせる事を考えていたのに、得体の知れない何かに殺される事に恐怖していた。

「おいおい、何だよその、化け物にとりつかれたって顔は?下を見ろ!下を!」

恐怖で声も出ず固まっている俺を、半ばバカにするような声がまた聞こえた。

下?

そう言われ、俺は錆び付いたブリキ人形のように、ぐぎぎぎと首を下に向けた。

歩道横の、放置された駐車場のような草むらから、猫が顔を出していた。


猫?!


まてまて、これは猫だ。
喋る筈がない。

そう思おうとしていた俺の思考とは裏腹に、目の合った猫は、満足そうににやりとした。


「な?化け物じゃねえだろ?」


するんと草むらから這い出ると、そいつは俺の前に優雅に座って、しっぽでぱたんとアスファルトを叩いた。

何が常識なのか訳がわからなくなった俺の頭には、一言、

(十分、化け物じゃね?これ?)

と、妙に冷静なツッコミが浮かんだ。
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