猫と話をさせてくれ

ねぎ(ポン酢)

文字の大きさ
上 下
22 / 27
第三話

逢いたい時に猫はいない②

しおりを挟む
ガガガガガ

手を伸ばした俺の気をそらすように、何かが振動する鈍い音がどこからか聞こえた。

それはどこか遠くのようで、力強さはなかった。

ガガガガガ

ぼんやりしていた俺は、それがマナーモードにしていたスマホの音だと気づくのに、2度ほど瞬きをした。

「やべっ!」

我にかえって、スマホを探す。
確かスーツのポケットに入れたはずだ。

ベッドの上、無意識に脱ぎ捨てた上着をひっつかみ、取り出す。
画面の表示を見て、血の気が引いた。

「も、もしもし!」

「…寝てたのか?」

「いえ!大丈夫です!寝ていません!」

「…そうか。終業後に悪いな。」

冷や水を頭から被った俺は、ベッドの上で正座した。
鈍った脳に血液を送ろうと、心臓がフル稼働していた。

電話の相手は、職場の先輩だ。

俺の教育担当を任されたその人は、同期の担当の先輩達から気の毒がられる猛者だった。
散々、怖い話を聞かされた上、実際、その片鱗を生身で感じた俺は、ビビっていた。

何かへまをしたのだろうかと思ったが、明日のオンライン研修にグループ研修があったので、その接続確認だった。
カメラのない新入社員には貸し出しがあり、俺も借りた一人だった。

明日、研修前につければいいとほっぽっていたが、明日の研修担当らしい先輩の確認作業に付き合うために、渋々、パソコンを動かした。

これって、時間外労働だろ~等と頭の中で軽く愚痴りながら作業をする。
若干、手間取ったりもしたが、先輩の電話の指示もあり、無事、作業が終わった。

画面に先輩の姿が映される。
無表情に近い先輩の顔は、悪の秘密結社の司令官みたいに見えた。

音声やら明るさ、資料の見せ方や見え方を確認して、作業は終わった。

「ありがとう。終業後にすまなかったな。」

「いえいえ、私も感覚が掴めて良かったです。」

「そうか。」

「接続も、今日やって良かったです。明日、慌てるところでした。」

「…そうか、良かったな。」

「ありがとうございました!」

「いや、こっちこそ助かったよ。」

「それでは明日の研修、よろしくお願いします。」

「ああ、よろしく。」

先輩は相変わらず、何を考えてるのかわからない安定の低空飛行でそう言った。

だが、一瞬、迷ったように視線を斜め上に向けて、画面越しに俺を見据えた。

「ちゃんと食ったか?」

「はい?」

「飯だよ。」

「き、今日はまだです。」

「ちゃんと食えよ。今時、ネットで出前だってとれるんだからな。」

「…ありがとう、ございます…?」

「…それから、明日の研修の時は、背後に気を付けろよ。」

「背後?」

「遅くに悪かったな。今度、メシ代出すわ。ゆっくり休めよ。」

「はい。お疲れ様でした??」

「お疲れ様でした。」

先輩は淡々とそう言うと、ブチりと接続を切った。

背後に気を付けろ??

独り暮らしのアパートに、その言葉はないだろう。
じわじわと恐怖心が背中にまとわり着いてくる。

何?!
何があるの?!

何かいるのかよ~!!

意を決して振り向いた俺は、数回の瞬きの後、それが何を意味していたのか理解し、声にならない悲鳴を上げることになった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

書捨て4コマ的SS集〜思いつきで書く話

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:2

小さなうさぎ

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:1

異世界に落っこちたので、ひとまず露店をする事にした。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:54

星を旅するある兄弟の話

SF / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:2

ダイニングキッチン『最後に晩餐』

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:1

宇佐美くんと辰巳さん〜人生で一番大変だったある年越しの話

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:1

イラストから作った俳句の供養

現代文学 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:1

音のしない部屋〜怪談・不思議系短編集

ホラー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:3

雨に濡れた犬の匂い(SS短文集)

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:0

処理中です...