ルサールカ

ねぎ(ポン酢)

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父と精霊の名の元に

ルサールカ②〜父と精霊の名の元に⑧

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しばらく行くと、不似合いな高級車が止まっていた。
乗れと言われ乗り込むと、ヘッドホンとかなりしっかりしたアイマスクを渡される。
少し笑ってしまった。
だが仕方がない。
おとなしくそれをつける。
手を前にと言われ差し出すと、手首にヒヤリとした金属管があった。
手錠をつけられたのだなと思ったが、おとなしくしていた。
ヘッドホンからは、音楽と共に感覚を狂わす音が流れている。
訓練施設で聴いた時はこんなもの本当に使うのかと思っていたが、どうやらメジャーなものらしい。
それに惑わされず、車の動きから頭の中で周辺地図と照らし合わせながら位置を探る。
窓から入り込む僅かな空気の流れが大体の速度を教えてくれた。

多分この辺りだ。

私は予測をつける。
車から降ろされると、目眩がしているように足元が覚束ない。
だがそれは隠そうとはせず、一度倒れ込みそうになる素振りを見せる。
彼らはこれで私がきちんと音に感覚を狂わされていると思うだろう。

「ほら、しっかりしな。兄ちゃん。」

太くてがっしりした腕に掴まれ、立ち上がらされる。
片腕で私を持ち上げた。
腕を掴まれた手の感触や握力から考えても、かなりガタイのいい男だ。
しかも持ち上げ方から考えて、私より背が高い。
かなりの大男だ。
これが出入り口にいるとなると、丸腰で今から入る扉を出るのは、陽動を起こさなければ難しい。
だが、建物の構造を知るには此処から先も覚えて置かなければならない。

私は大男から別の男に渡される。
支えるように手を貸してくれるが、胸脇に硬いものがある。
ホルスターの大きさや当たった感覚から、リボルバーの気がした。
マガジンで連射できる物が主流の中、拘ってリボルバーを使っているとなると、かなり厄介な相手だ。
そんな男がいる事に私は少なからず緊張した。
そして無意識に避けようとした。

「おっと。まだ一人で歩くにゃ、無理があるぜ、兄さん。」

「すみません……少し座りたいです……。後、目隠しはまだ取ったら駄目ですか?視界が戻れば少しは安定するかと……。」

しかし彼はさっと私を引き寄せた。
その動きでわかった。
これは私を手助けしてるんじゃない。
逃さない為に拘束しているのだと気づく。
なので、それに気づいていないフリをして彼を頼り、油断を誘った。

「……まぁ、もういいか。こんなにフラフラで、話がまともにできないのも困るしな。」

そう言って男は私を何かに座らせた。
椅子ではない。
何だ?
そう思っているうちにアイマスクが外される。
私は急に明るくなって顔を顰めた。
少しの間、目を閉じてからもう一度開ける。
建物の中は薄暗く、目はすぐに慣れた。
座らせれていたのは、注射針などの医療ゴミを捨てる専用のコンテナだ。
それがいくつか並んでいる。
目眩を落ち着かせるふりをして大体の数を数える。
そしてその意味を、悟られないよう頭の片隅で考えた。

「お?思ったより若いな?」

「……幼く見えるだけですよ。」

「ふ~ん?」

私の顔を覗き込む男の左頬は、火傷の跡なのか引っ連れていた。
歳は……おそらく「父さん」と同じぐらいだ。
だが、生きてきたのはずっとこちら側だろう。
そういう面構えと臭いがした。

「……物怖じしねぇな?」

「怖いものはだいたい見てきたので。」

「へぇ~?」

自分を見ても怯えない私を、男は面白そうに見つめる。
そしてニッと笑うとガシガシと頭を撫でられる。
びっくりしたが、まだ目眩が残っていたのでグラッと頭が揺れた。

「お?わりぃな?」

「……いえ。」

手錠されたままの手で口元を押さえる。
その冷たさがかえって気持ちいい。

「……手錠で頭を冷やすヤツは初めて見た。」

「どうせ外してもらえないんですから、どう使ってもいいでしょう。」

「外さないとは言ってないだろ?」

男はそう言って、私の手を乱暴に引っ張った。
そして鍵を外した。

「……良いんですか?」

「問題ない。ここを知ったからには、出る時は死体になってもらうからな。」

「そうなんですか?」

そう言われても平然としている私に、男は不満そうな顔をする。

「……本当、お前、物怖じしねぇな??」

「怖いものはだいたい知っているので。」

むしろ、この男は怖くなかった。
敵に回すと厄介な相手だとしか思わなかった。
男は私の顔をしばらく観察し、溜息をつく。

「チッ、勿体ねぇ……。」

「何がです?」

「こんな面白そうなヤツなのに、後で死体にしないとならないからな。」

「あ、そうなんですか。」

「あのな……。」

男は呆れていたが、私は話しながら周りを観察する。
建物に入ってまず階段を延々と降ろされた。
その際、ぐるぐる回るので少し感覚が鈍ったが、地下二階程度の深さだ。
そしてここは通路のようになっている。
換気口のファンが低く唸り、その音が低い位置を這っている。

「……観察は終わったか?坊や。」

そう言われ、男に目を向ける。
ニヤニヤ笑っているが、純粋に面白いと思っているようにも見えた。
私は彼を見据えて言った。

「クラブですか?」

「……どういう意味だ?」

「音楽と振動です。遠く聞こえますが、防音を考えれば、どこかのクラブの地下なのかと。」

「耳がいいんだな、坊や。」

「耳がいいというか……。」

そう聞かれ、自分でもどうしてそれが聞こえるのだろうと不思議に思う。
ただ、天井を見上げる。
そこから微かに、重低音が空気を振動させているのを感じていた。

「……自覚がねぇんだな。坊や。」

「何がです?」

「まぁいい。お前は気に入った。」

男はそう言って私を無理やり立たせた。
上の方で音がする。
足音?
男がグイッと私を引き寄せた。
そして耳元に囁く。

「やるなら入った部屋のドア、左端の角ばった方の男を狙え。ヤツのホルスターは左腰だ。」

「?!」

「……幸運をグッドラック。上手く死神の気を反らせ。お前にゃその力がある。」

「どういう意味……。」

彼の言葉に少なからず混乱する。
しかし私の声は上の方から聞こえる乱暴な足音と声にかき消された。

「おい?!真っ直ぐつれて来いと言われただろ?!」

「知るか。目眩が酷いらしくて座り込んじまったんだよ。」

ドアが開いた時、重低音の音楽が聴こえた。
やはりここはクラブの地下。
車の移動、そしてこの地下通路から考えて、そこがどの店なのか私は把握した。
そこを牛耳っているマフィアの名を思い浮かべる。
連れて行かれた先に出てくるのは、おそらく麻薬関連を任されているブギーマンだろう。
気が短いようだから、話し方や言葉は気を配って交渉した方がいい。
まぁ、殺すつもりでここに招いたようだから、はじめから私と交渉する気はないようだけれども。

彼に促され、私はクラブへと続く階段の下に引っ張られた。
そこで上から降りてきた黒服の男に引き渡される。
ぴっちり整えられた髪や服装から、マフィアの下っ端幹部兼クラブの従業員の一人だろうと推測出来た。

「何で手錠なんかを外してる?!」

「だってコイツ、マジでフラフラで吐こうとしやがるからよ。服を汚されたら適わねえ。」

「チッ。ボスに気に入られているからって勝手な真似しやがって……!!」

「別に俺は好きでここにいるんじゃねぇよ。お前らが後始末に怖気づくような腰抜けばかりだから、仕方なくいてやってるだけさ。」

そう言われ、黒服は忌々しそうに彼を睨み付けながらも何も言わなかった。
どうやら「後始末」は苦手なので、彼に任されているようだ。
気持ちが悪いフリをしながらちらりと彼を見る。
男は黒服を小馬鹿にしたように肩をすくめて見せた。

「……まあいい。終わった後の処理は頼むぞ。」

「面倒クセェなぁ。」

彼から乱暴に私を奪い取り、登れと命じる。
これが客人にする態度かと思うが、平気でこんな話をするんだ。
始末する人間だからどうでもいいと思っているのだろう。
もたもたと階段を登り始めると、黒服は早くしろと乱暴に急かす。
私の具合の悪さが演技なのか本当なのか、見極めもつかないようだ。
そう思うと、彼に比べれば本当、小物なのだろう。
だが、組織への侵食率は格段に高い。
ここからはさらに周囲に意識を配っていった方がいい。

階段を登り切ると、頑丈な鉄扉があった。
此処から先はマフィアの庭だ。
しかも私を殺すつもりで招いている。

彼を信じていいのだろうか?

ふと、そんな疑問が浮かんだ。
ここまで地下通路を案内来てくれた「後始末」担当の男は、完全にマフィアの人間でもないようだ。
かと言って味方ではない。
マフィア側の人間である事には変わりない。
ただ何が男の興味を引いたのかわからないが、彼は私を気に入ったらしかった。
だから少しだけヒントを私に与えた。
助けようとしている訳ではない。
単に面白がっているのだ。
事がひっちゃかめっちゃかになるのを期待している。
そういう意味でも、あの男はマフィアの味方でも私の味方でもない。

そんな事を考えているうちに扉が開く。
三半規管を狂わす音を聞かされた耳には耳障りな重低音が、開いた扉から重く腹に響いていた。
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