ルサールカ

ねぎ(ポン酢)

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父と精霊の名の元に

ルサールカ②〜父と精霊の名の元に⑨

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フロアには入らず廊下を進み、VIP用の階の更に上に進み、見るからにボスの居そうな扉の前まで来る。

私の前には男が一人、後ろに二人。
随分とVIP待遇だったなと、二度目のボディーチェックを受けながらそう思った。

確認が終わると、一人がドアをノックする。
内側にいた警備の男がドアを開け、私の顔を興味なさそうにチラ見した。

「……入れ。」

そう言われて部屋の中に足を踏み入れる。
ついてきていた三人はドア前で待機するようだ。
前に進みながらドア横に立つ男をチェックする。
私から見て左側の男は、確かに角ばった体型をしていた。

「やぁ、おかえり。」

部屋の奥のデスクにいる男、ブギーマンに向かって歩いていると、ひょこっと横から身なりのいい男が飛び出してきた。

驚いた。
心底驚いた。

色々訓練を受けてきた身だ。
大抵の場合、物陰に人がいても反射的に予測ができる。

なのにこの男の事は気づかなかった。
まるでテレポートで突然その場に現れたように感じ、予測出来ていなかった彼に思わず引いて身構える。

行く手を遮るように出てきた小柄な老紳士。

彼は某ハッカー集団が使うガイ・フォークス・マスクを地で行くようなにこやかな無表情で私を出迎えた。
しかし何故か彼を庇うように護衛の黒服がすぐに私と男の間に入る。

おかしな話だ。
こちらから近づいたのではなく、彼が不意をついて私の目の前に立ちふさがったのだから。

「おいおい、無粋な事をしないでおくれ。」

「しかし……っ?!」

この状況に、庇われた老紳士は陽気にそう言って黒服を窘める。
言われた黒服は困惑気味だ。
おそらく自分の職務を全うしただけなのだろう。
困ったように部屋の奥にいるブギーマンに目をやった。

「ブラウン様……。こちらにはお出にならないで下さいとあれほど……。」

豪華な革張りのデスクチェアーに座っていたブギーマンはため息をついて立ち上がった。
よくわからないが、ここでこの「ブラウン」と呼ばれた男が出てくる事は、ブギーマンにとっても想定外だったようだ。
苦虫を噛み潰しながら笑顔を作ったような顔をして、ブラウンを諌めている。
だがブギーマンよりも立場が上らしいブラウンは、そんな言葉などどこ吹く風、気にもせずにこにこと私を見つめていた。

「ははは。そう言うな、ブギー。久々のティンクルだ。じっとしていろという方が無理だろう?!」

ブラウンのその言葉に場がざわりと揺れた。
ブギーマンの顔は驚きに満ち、黒服たちは困惑している。

「ティンクル」とは何だ?

私は状況がわからず、成り行きを見守る。
ブギーマンがこちらに近づき、とにかくと言わんばかりに言葉を発した。

「ブラウン様、この者はその件でここに来たのではありません。こちらで確認いたしますので、奥でお待ちください。」

「どの件だろうとどうでもいいことだ。違うか?ブギーマン?」

「しかし……。」

「重要なのは、ティンクルが今ここにいるという事だ。」

どうやら「ティンクル」というのは私の事を指しているらしい。
ティンクルが何かはわからないが、殺すつもりで招いた若造が、彼らにとって意味のある「ティンクル」という何かだったという事だろう。

何かがおかしい。
そんな気がした。

ブギーマンは狼狽し、ブラウンは目を爛々と輝かせて笑っている。
その笑みは妙に威圧感があり心地悪かった。

見開いた眼。
何かクスリでもやっているのかとさえ思えた。
その目がグリンッとこちらを向いた。

「……押さえろ。」

ブラウンがそう一言告げると、黒服たちがサッと私の脇に回り込み、取り押さえようとしてくる。
見えていた事に乗るほど私も無力ではない。
拘束しようとする黒服の手を弾き返し、それ以上するならこちらもじっとしてはいないという意思を示す。

「……おとなしくしろ、わが子よ。」

「?!」

その攻防にブラウンが割って入った。
それは現れた時と同様、予測できなかった。
いきなり目の前に現れ、ガシッと頭を掴まれた。
そして見開かれた目がじっと私を見据える。

「……ッ?!」

動けなかった。
ブラウンの異様な眼力の前に、私は指一本、動かす事ができなかった。
体を鍛え、こういう場面での対処について何度も訓練を積んだというのに、まるでファンタジーの魔法にでもかかったようにピクリとも動けなかった。
焦りと緊張からじりりと汗が滲む。

「……ふん。ティンクルがフィクスに勝てるとでも?」

「何の……話だ……?!」

「喋れるか……。随分と潜在力はあるようだが、まだまだだな?」

何を言われているのか全くわからない。
しかしそんな事を考える暇もなく、動けなくなった私を黒服たちが拘束する。
膝立ちに取り押さえられたが、顔だけは頑とした意思を持って上げ、見下ろすブラウンを睨みつけた。

「……話が違う。私はルサルカの交渉に来ただけだ。ティンクルなんてモノは知らない。」

「私もその話は知らんよ。でもどうでもいい事だ。」

「私は良くない!!」

「いずれよくなるさ。……脱がせろ。」

「?!」

黒服たちが服を剥ごうとしてくる。
私はハッとして抵抗した。
体を見られる訳にはいかない。

何故なら私の体には……!!

「……おとなしくしろ。」

またもガシッとブラウンに頭を掴まれる。
黒服だけならどうにかできるが、ブラウンのよくわからない支配力により抵抗できなくなる。
上着を剥ぎ取られ、ワイシャツを乱暴に開かされた。
ボタンが千切れ、弾けたそれが顔に当たったのか、ブラウンが顔を顰めた。
しかし肌けた私の体に目を向けると、嬉しそうに無邪気に笑った。

「……MJ572……ああ!あの時の子らの一人か!!あれは確かに良いところまでいったのだ!!ドモヴォーイが邪魔さえしなければ!!」

「なっ?!」

ブラウンの言葉に絶句した。

あの時の子ら?
ドモヴォーイが邪魔をした?

何より「MJ572」……。

その数字の意味するところを知っている。
体中にある傷の意味を知っている。

サァーと血の気が引いた。

ぎりりと奥歯を噛みしめる。
でないとガチガチと音を立ててしまいそうだった。

どす黒い血と闇の混ざった臭いがする。
ぐるぐるとそれが自分にまとわりつき、地の底に突き落としていく。

ドモヴォーイに救われ築き上げてきた自分という存在。
それが音を立てて崩れ落ちて行く気がした。

わかっていた……。
だからあの資料を彼に託したのだ。

ルサルカは必ず私の過去と繋がる。

私だけじゃない。
彼の息子の事件を始めとする、多数の子どもを犠牲とした事件に、この件が絡んでいる。

ドモヴォーイははじめに言った。
「自分の過去を知る覚悟はあるか」と……。

けれどこんなに早い段階だとは思わなかった。

私は甘かったのかもしれない……。

その事実が現実として突きつけられた今、覚悟を決めていたはずなのに、自分を保てなかった。
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