11 / 22
第十話
しおりを挟む血を流し過ぎ、傷も思ったより深かったヒイシは、怪我と傷からくる高熱のせいで二週間寝台から起き上がれなかった。
ジルベスタンという国にやって来てから、我ながらしょっちゅう寝込んでいるなとヒイシは変に感心してしまう。
寝込んでいる間に飛び交う思念で、国王が帰還したこと、国王の花嫁がヒイシと同じく離宮に住んでいること。今回の騒動の裏にあの時の外相事務次官関連の者達がいることなどがわかった。
わかったところで、ヒイシにはどうすることも出来はしないのだが。
熱が引き、傷が塞がっていくにつれて、寝台の上にばかりいるのが窮屈で仕方がなくなってくる。
そんな風に過ごしていた時、ようやく面会可能になったバズがヒイシの見舞いへとやって来た。そのわかりやすい表情に浮かぶ感情に苦笑したくなる。
「バズの所為ではないですよ。これはどこの国にもある王族の歪み、みたいなものなのです」
自分自身を責めていることがありありとわかるバズの表情と思念に、側にある椅子に座らせて頭を撫でる。
クシャリと顔を歪めて泣きそうになっているのを必死に堪えているバズの気持ちが落ち着くまで頭を撫で続ける。
花瓶に生けられている雪薔薇を見て、ヒイシは微笑む。
「毎日雪薔薇を一輪ずつ届けてくれていたのですよね。ありがとう。……バズのお父様が精魂込めて作られた花ですものね。美しいのは当然だわ」
表情を和らげ始めたバズは、不思議そうにヒイシを見つめる。
「わたし、ヒイシ様に雪薔薇を作ったのが父だとお話したことがありましたっけ?」
「ないわ。聞かなくてもわかるもの」
ヒイシは雪薔薇を花瓶から一輪手に取り、弄ぶ。
「父様から受け継いだ私の異能。『他者の心を見通す』だけだった父様とは違って、私は望んだことは『すべてを見通せる』。我が皇族の証とされる力。もっとも、今はもう私しかいないけれど」
バズが驚愕で思念などが固まっているのが伝わってくる。
仕方のないことだろう。一般庶民にはこういった異能の一族といった話は、まるで雲の上のような出来事であり、夢物語としてしか語り継がれてはいない。
けれどヒイシはバズが訪れてきたら話そうと密かに決意していた。
命の危険がある状況でも、構うことなくヒイシの元に駆け寄って背中を擦ってくれた感謝として、嘘偽りを口にしない誠実さしか返せるものはない。
長い時間沈黙が続く。
ようやく頭の回転が出来るようになったのか、バズが掠れた声でヒイシに問いかける。
「……人の心を見通すなんて、疲れませんか?」
ヒイシは思わず吹き出してしまう。
まず最初に口にする言葉が相手を気遣うものであることが、バズの性格そのものを物語っている。
バズは顔を真っ赤にし、慌てふためきながら必死に言葉を探す。
「え、えっとですね! そ、そんな色々なことが見えたり聞こえたりしていたら、疲れるのが人間なのではないかな? と思っただけでして!」
「生まれた時からのものですから疲れたりはしませんね。むしろ悪意や打算等がある人間がすぐに見分けられて良かったと思うぐらい。気味悪がって両親と祖父と乳母以外は近寄ってはこなかったけれど」
「……辛くはありませんでしたか?」
「……最初は苦しかったと思うのだけど、でも……いつの頃からか感じなくなってしまったわね」
辛いと感じる前に周囲で様々な出来事が重なり、自分自身の能力のことなど気に留めている暇はなかった。
雪薔薇と戯れている手に、バズの両手が重ねられる。
「バズ?」
バズは決意を固めたような綺麗な瞳でヒイシを見ていた。
ああ、いつ見てもこの子は綺麗だなと思う。
存在すべてが今まで接してきた人間とは別格に違うのだ。
「わたしはヒイシ様が望んで下さるのならばいつでもお側におります。だから……どうかもう死ぬことを願いにはしないで下さい」
雪薔薇に視線を移して、顔を俯いて髪で隠す。
今はバズといえども自分の顔を見られたくはなかった。
「………ありがとう」
声が掠れていた理由をバズは問いただすこともなく、優しく両手の力を込める。
それが尚更嬉しかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
98
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる