菜の花散華

了本 羊

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番外編

道化師《ピエロ》は菜の花の花束を抱えて歩く 8

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昼下がりの公園で、心結は菜月と千咲と一緒にレジャーシートに腰を降ろし、お弁当を食べていた。


ツツジの花が見事なことで知られる公園の中で、今心結達が居る場所は、特別料金を払って花々を静かに眺めることが出来る特等席だ。
 本当はお金を払わずとも良かったのだが、菜月の後見人であるジェイコブ氏曰く、


 「狭い世界でも有名人に人は群がりやすい」


という名目で、特別席を取ったのだ。
けれど、菜月と千咲の美貌を考えれば、確かにこのほうが良いのだろう、と心結は心中でジェイコブにお礼を述べた。






あの出会った日の当日にメールを送ってからというもの、心結は頻繁に菜月とメールや電話、ラインなどで近況を語り合い、こうしてどこかへ出掛けるのも数度目になる。


 「心結さんの作ったオムレツ、フワフワでとっても美味しいです!」


 笑顔で心結の作ったお弁当を食べる菜月は本当に可愛い。
 心結にとって、菜月は香恋以上に『妹のよう』と認識出来る存在へとなりつつあった。


 「長時間卵をかき混ぜて、空気をたくさん入れたんです。私は洋食系統ばかりが得意で、逆に菜月さんのような和食はあんまり作らないので尊敬します」


 心結が作ってきたお弁当は、オムレツやタラモサラダ、ウインナーとシメジのマヨネーズ炒め、カニクリームコロッケ、豚肉と牛肉と魚のミンチハンバーグ、具の豊富なサンドイッチ、ミニロールキャベツ、ホウレンソウのキッシュ、ラタトゥイユ等々。


 対して菜月の作ってきたお弁当は、具の豊富なオニギリ、ホイル包みの焼き魚、菜の花と野菜の炒めもの、出汁巻き卵、焼き鳥、里芋の煮っ転がし、鶏の竜田揚げ、ミニ茶碗蒸し、蕗の甘煮、柚子の大根煮。変わりどころは、アサリと菜の花の和風スパゲッティ、おせんべいの衣を使ったエビフライ。


 「・・・なっちゃん、何で菜の花がたくさん料理に使われているのか、訊いてもいい?」


 千咲は微妙な表情で、菜の花の炒めものを紙皿に移しながら口を開く。


 「え? だって、名前に「菜」が入っているから、プレゼントによく貰うんですよ。部屋にはたくさん飾ってあるし、料理にも回さないと消費しきれなくて」


ケロリと意に介していないかのように説明する菜月に、千咲はため息を吐き、心結はクスクスと笑う。


 「あ、心結さん。これ、お味噌汁もボトルに入れて作ってきたんですよ」


 笑顔で大きなボトルを差し出す菜月からそれを受け取ろうと心結が右手を伸ばし、それを受け取る。
が、受け取ってすぐ、ボトルは心結の手から滑り落ちてしまい、それをすかさず千咲がキャッチした。


 「あ、すみません!」
 「いいのよ。手は大丈夫?」
 「はい。・・・こういった時、握力があまりないことを綺麗に忘れているのが問題ですよね」


 苦笑する心結に、菜月はせっせと自分が作ったお弁当からおかずを紙皿にのせ、心結に差し出す。
その不器用でとても優しい気遣いに、思わず顔が綻び、菜月の頭を撫でる。
 千咲も苦笑しているのを見ると、菜月の癖のようなものらしい。








 三人で花を眺めて、お弁当を堪能した後、食後のデザートであるみたらし団子を口に運ぶ菜月に、心結は切り出した。


 「菜月さん、あのお話、お受けしようと思います」
 「ふぐっ」
 「何やってんのよ、なっちゃん。ほら、お茶」


 千咲に差し出されたお茶を受け取って飲み干した菜月は息を整え、心結を正面から見据える。


 「いいんですか?」
 「元々、最初からお受けしてもいいな、と思ってたんです。ただ時期を見ていただけで・・・」
 「ということは、そろそろ本格的にご姉妹の縁談が動き出す頃合いなわけね」
 「はい」


 心結の即答に、菜月と千咲が二人揃って苦い物を食したような表情になるのが、何故だか笑える。


 「決めたのなら、悔いなく、派手に壊してやるつもりでやんなさい」


 千咲の物騒な言葉に、心結の作ったプチシューを口の中に入れてリスのように頬張る菜月もウンウン、と頷く。何となく興味本位で膨れている菜月の頬をつつくと、首を振って嫌がられるのが可笑しく、心結はもう一つプチシューを菜月の口の中に入れる。


 「心結ちゃん、なっちゃんを甘やかさないの」






 心結は可笑しくて笑い声を上げた。
 数年振り以来の、大きな笑いだった。






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